06 若き討伐人と猫な司教
朝日を受ける皇都の町を見下ろしながら、街道を上っていくと、行く先を遮るようにそそり立つ尖塔が見えてくる。
第四階層と第三階層を隔てるように立つその荘厳な建築物こそ、ベスティア教会である。
さらに進んでいくと、緑の葉を付ける木立の向こうに、馬鹿でかい木製の扉が見えてきた。
巨大な教会である。クルトーで見た大教会よりも一回り大きい。
が、よく見てみると、その壁面には、およそ教会には似つかわしくない、魔物らしきレリーフが彫り込まれている。
魔物を相手にする討伐人の登録を行う特別な教会ということだろう。
木立の間を抜け、木製の扉の前まで来た俺は足を止めた。
果たして、勝手に入ってもいいものだろうか。
ふと後ろを歩いていたイリスを見てみるが、スリカの横で手綱を握った彼女は、俺に視線を合わせてくれなかった。
彼女にもどうすればいいのか分からない、ということか。はて、どうしたものか。
キョロキョロと辺りを見回すと、教会の壁際で白いローブを着、白いフードを被る人の背中が見えた。
どうやら掃除をしていたらしきその人に近づいて声を掛ける。
「す、すみません」
鼻歌を歌いながら、箒で落ち葉を掃いていたその人は、ビクンと体を震わせて硬直していた。
「ニャ!」
ローブの人物は、突然叫びながら振り向くと、箒を俺に向けて、剣の様に構えていた。
「ニャ、何者!」
身長は、幼い子供くらい。その人は人では無かった。
見開かれ、怒りを讃えた大きな瞳の黒目は縦に長く、真っ白な産毛に覆われたふっくらとした頬からは、長い髭が左右三本づつ、ピンと飛び出していた。
「狼藉を働くつもりなら、容赦無く大声を出します」
「狼藉なんて……。ただ討伐人登録しに来ただけなんですが」
悪意が無いことを表現するため、俺は何も握っていない両手を彼女? に見せた。
「ほんとに?」
相変わらず震える箒の先を俺に向けたまま、彼女は一歩、すり足で間合いを詰める。
「ほんとにです。登録ってどうすればいいのか分からなくて」
「ほんとに?」
震えながら繰り返す彼女に俺は深く頷く。
「ほんとに」
やっと信じてくれたのか、彼女は箒を支えにしてその場にへなへなとしゃがみこんでしまった。
* * *
「実はあたしも今日が初出勤でね」
落ち着きを取り戻した彼女は箒を担ぎ、胸を張って俺達の前を歩いていた。
「スペンディア・ダロの大教会からやっと皇都に来の。ダロ族から司教になったのは私が初めてなんだよ」
石造りの階段を昇った彼女は扉に手を掛ける。
「新入りの仕事は、第四階層側の掃除だっていわれたんだけど」
重厚な木製の扉が、軋み音をたてて開かれていく。
「第四階層の住人はみんな"けだもの"だって言われてさ。話し掛けられただけで身ぐるみ剥がされるって」
明るい外から暗い教会内に案内され、しばらく視界がはっきりとしない。
前を歩く彼女と俺とイリスの足音、そしてスリカのペタペタとした足音が空間に反響している。それだけからも、この空間が想像以上に広い事が分かる。
「コーネリアス・コンコルディア司教。外のご奉仕は終わりましたか?」
暗闇から女性の声が聞こえた。前を歩く彼女、コーネリアスが姿勢を正して答える。
「ベル大司教様。討伐人登録の希望者を案内しました」
次第に目が暗闇に慣れてくる。
コーネリアスの前には、白いローブに赤いフードを被った女性が立っていた。
「あら、こんな朝早くに珍しいわね。討伐人はみんな朝が弱いと思っていました」
広大な空間は、礼拝堂らしい。
静謐な空間に、天井近くのステンドグラスから光の帯が差し込んでいる。
「どうぞこちらに」
ベル大司教と呼ばれた女性は、上品に頭を下げると、ローブの裾を翻して歩き始めた。
「ベル大司教様は、討伐人の登録が出来る決定者の一人なのです」
コーネリアスはまるで自分の事の様に胸を張り、丸い鼻を擦る。
「コーネリアス・コンコルディア司教、奉仕作業に戻りなさい」
ベルの言葉にペロリと舌を出したコーネリアスは、パタパタと足音を立てて、扉の方に走っていった。
「さて、討伐人登録をされたいとの事ですが」
前を歩くベルは、礼拝堂奥の祭壇の前で立ち止まる。
振り向いた彼女の全身にステンドグラスを透過した虹色の光が降り注いでいた。
彼女は、祭壇から、一抱え程の大きさの壺を床に降ろした。
「特別な事は必要ありません。この聖櫃の中から、腕輪を取り出し、身につけて頂くだけで結構です」
何の変哲もない、金属製の壺。しかし、中を覗き見た俺は息を呑んだ。
壺の中には、水が貯められており、その水の中には、紫色の炎が揺らめいて見えていた。
水面の下、燃え盛る紫色の炎の向こうに、ベルが言っていた腕輪らしき物が微かに見える。
炎の色から見てベネディクトの炎に間違いない。
「どうかしましたか?」
手を差し入れる事を躊躇していた俺の顔を、ベルが笑顔を浮かべながら覗きこむ。
覚悟を決めた俺は、目を閉じて、壺に手を入れた。
ヒンヤリとした水の感覚だけが手を覆っていく。
広げた手の先に細長い金属の感触があったので、それを握り、一気に壺から引き出した。
取り出した銀色の金属の輪は、腕輪と言うには少し大き過ぎる。
「それを腕に通しなさい」
ベルの言葉に従い、俺は恐る恐る、金属の輪に右手を通した。
その途端、白く輝いた輪は、俺の右手首にちょうどの大きさまで縮まっていた。
どういう仕組みなのだろうか。
右手首に収まった腕輪を触ってみる。繋ぎ目が見えない金属の輪は、絶妙な大きさで手首に巻き付き、いくら引っ張っても腕から抜けない。
力一杯腕輪を引っ張る俺の横では、イリスが同じように壺に手を入れていた。
「二人とも栄光旅団希望なのね」
ベルは、右手首に巻き付いた腕輪を触るイリスと俺を見ながら言う。
何故、栄光旅団希望と分かったのだろう。
腕輪から視線を上げてベルを見る。
「腕輪の色で討伐人の情報が分かるの」
ベルはまるで小さな子供に教えるようにかみ砕いて、その仕組みについて話してくれた。
討伐人はみな、教会から腕輪を与えられている。
腕輪には簡単な魔法が掛けられていて、討伐した魔物の種類や数を記憶している。
腕輪の記録は教会でしか読み取る事が出来ない。
一般的な討伐人は"白磁色"、つまり白色。栄光旅団希望者は"艶銀色"、つまり銀色。そして勇者となるべき者は"王金色"、金色となる。
「あ、それとね」
一通り説明を終えた彼女は、細くしなやかな指を自らの顎に当てて笑顔を見せる。
「腕輪を外すためには枢機卿委員会の承諾を取るか」
彼女の整った笑顔の口角が異様に上がり、黄金色の瞳がステンドグラスの光を受けて赤く染まる。
「魔物に喰われた時だけだからね」
ようするに死んだ時ということか。
壺の中の炎、枢機卿、といろいろ尋ねたい事はあるが、彼女の不気味な笑顔には、いかなる質問も受け付けないという意思を感じた。
笑顔にもいろんな種類がある。
この人の笑顔には、何というか、生気が感じられない。例えるなら、珍しい昆虫を見つけてそれを踏み潰す子供のよう。
「まあ、その腕輪は第三階層民の証明みたいな役割もあるわけ」
俺とイリスの顔を眺めた彼女は、もう一度、ふふっと笑い、背を向ける。
「さあ、行きましょうか、若き討伐人さん」
ベル大司教は来たときと別の扉に向かって歩き出した。
俺はスリカの手綱を握るイリスの横に並んだ。
「さっきの壺なんだけど」
前を歩くベル大司教に聞こえないよう、イリスのフードに顔を寄せる。
イリスは、突然近寄られた事に、あからさまな不快感を瞳に浮かべながらも、コクリと頷く。
「中にさ、こう、炎みたいなの見えた?」
「水しか見えなかったけど。大丈夫?」
イリスは、いつもの蔑む瞳を容赦なく俺に向けていた。
やはり、俺にだけ見えていたらしい。ということは、あの炎はベネディクトの炎で間違いだろう。
昨日の木箱といい、さっきの壺といい、教団の運営にベネディクトが関わっていることは間違いなさそうである。
扉の前でベル大司教が歩みを止めた。
「さあ、自ら扉を開いて行きなさい」
ステンドグラスの光を背負った彼女の表情は影になって読み取る事ができない。
俺は、彼女の前に出ると、豪華に装飾された扉の取っ手を握った。
「名も無き若き討伐人に祝福を」
彼女の声に押されるように、その重たい扉を開いていく。
あまりにも眩しい光に、俺は思わず目を細めた。
* * *
「あ、来た来た!」
半分程扉を開き、外に顔を出すと、女性の声とともに、扉が勝手に開かれた。
「あら、お兄さん達、栄光旅団なの! 朝早くに来たかいあったわ」
やたらと露出が激しい服を来たお姉さんだった。
金属製の胸当ては、胸部への攻撃によるダメージを軽減するためにはあまりにも小さい。
やけになれなれしいが、いったい何者なのだろう。
警戒し、後ずさる俺に、お姉さんは、満面の笑みで腰まである金色の髪をかきあげた。
「あ、驚かしてごめんね。私、皇都最大手討伐隊『ルノア』のマネージャーしてるの。はいこれ」
防具からはみ出した胸の谷間を強調しながら、彼女は俺に紙切れを渡した。
『ようこそ! 皇都最大登録人数を誇る討伐隊ルノア』
『初心者から熟練者まで。当討伐隊お手伝い娘が手取り足取りあなたの討伐をサポート。高級リゾートホテルを改造した宿舎。室内訓練所、専用武具販売所、各種魔法書図書館、マッサージルーム完備』
『今なら、栄光旅団来都直前キャンペーン中につき、銀輪の初心者には、豪華初期討伐人セットを進呈!』
「なんですか、これ」
俺はチラシから顔を上げてお姉さんを見る。
「討伐隊よ。討伐人になったのなら、やっぱいい討伐隊に入らないとね」
片目を閉じたお姉さんは、戸惑う俺にペンを持たせた。
「ここに名前書いてくれるだけでいいから、ね」
両手で俺の手を握ったお姉さんは、思いの他力強くチラシの下部にペン先を誘導する。
「ちょっと待った!」
突然、俺と金髪のお姉さんの間に、亜麻色の髪の女性が割り込む。
「契約内容を聞かせないのは規約違反でしょ」
金髪の女性は、ちっと舌打ちをする。
「『ルノア』さんは確かに最大手だけど、命を預ける討伐隊はやっぱり実力で選ばなきゃ」
やたらとボディーラインを強調するベストとミニスカートを履いた亜麻色の髪の女性は、チラシを俺の目の前に差し出しす。
『討伐隊は実績で選べ! 討伐実績ナンバー1。本格実力派討伐集団『カルディア』』
『中央教区依頼受注第一位!』
『討伐人が選ぶ"入りたい討伐隊"第一位!』
『運搬業界が選ぶ"一緒にいると安心できる討伐隊"第一位!』
「今なら、入隊料も割引きしちゃうからね。なんなら後払いでもいいし」
ミニスカートの女性は、チラシの上で踊る文字に隠れるように小さく書かれた『入隊規約』を指差す。
あまりに文字が小さく、俺はチラシに顔を近づける。
『入隊料二十ウルム。月額隊費二ウルム。若しくは、依頼達成金の二十パーセント。専用宿舎、健康診断、武具通販制あり(施設利用購入には別途料金必要)』
お金の単位がよく分からないが、今俺が持っているのは、村を出る時にリグレットから貰った銀色の硬貨十枚のみである。
後払いにしてもらえると助かるが…… はたしてこの入隊料が高いのか安いのか。
満面の笑みを浮かべる美女二人に言い寄られた俺は、腕を組んでしばらく考える。
どちらにせよ、これから命を預ける討伐隊である。入隊料を含め、福利厚生についてもしっかり考えなくては……
きっぱりと断る事を決断した瞬間、とてつもない力で首が締め付けられていた。
呼吸が止まり、慌てて首を締め付ける物に手を掛ける。
まさに丸太のような筋肉質の腕が俺の首を締め付けていた。息の出来ない俺は、白い腕輪が巻かれたその腕を何度もひっかく事しかできなかった。
「悪いな、こいつらはうちで予約済みだ」
背後から野太い男性の声が聞こえた。聞き覚えのある声だった。…… あまりいい思い出ではないけれど。
首に巻き付く腕から力が抜け、しゃがみこんだ俺はゴホゴホと咳を繰り返す。 見上げた先には、無精髭を生やした男性の顔が霞んで見えた。
やっぱり。
確か、ドルメンと言ったか。皇都の市場で俺達にからんで来た男性その人だった。
「ちょっとドルメン、討伐隊の勧誘にも暗黙の了解ってのがあってね」
金髪の女性が巨大な胸を押し上げるように腕を組み、ドルメンに睨みを効かせている。
「あんたとこみたいなパッと出の討伐隊は、ほら」
亜麻色の髪の女性が、口を尖らせながら、背後を指差した。
二人に絡まれてよく見えていなかったが、ベスティア教会から伸びる道添いには、討伐隊申し込み用のテント型のブースが並んでいる。それぞれのブースから勧誘人らしき人々が順番待ちをしているように、手にチラシを持ってこちらを見ていた。どうやら暗黙の了解とは、新人に声を掛ける順番のようだ。
「細かい事をグジグジとうるせえなあ」
真っ黒な短髪を掻きむしったドルメンは、一人頷くと、金髪の女性に笑顔を見せる。
「討伐隊最大手の『ルノア』さん。あんたら、毎晩毎晩観測局の奴らと……」
「わあー、もういいわよ」
金髪の女性は、両手を振り、ドルメンの言葉を遮るように叫び声を出す。
「実力派と噂の『カルディア』さん。討伐人の間では『入った事を後悔した討伐隊でもナンバー』……」
「はいはいはい。勝手にしなさいよ」
亜麻色の髪の女性は両手を振りながら俺達に背を向けて立ち去る。
ルノアとカルディアの勧誘人が立ち去り、続く勧誘人がチラシを持って俺達の方に歩き出していた。が、こちらに近づこうとした、彼等は、俺とリスの前に仁王立ちし、睨みをきかすドルメンに恐れをなして、すごすごとそれぞれのブースに戻っていった。
「さてと」
ドルメンは言いながら、お尻についた埃を払って立ち上がった俺を見下ろしていた。
薄手の革でできた鎧の上からも、異様に盛り上がった鍛え抜かれた筋肉が見える。身長も俺より頭一つ分程高い。
「まあ、ついてこいよ」
うらやましげな勧誘人達の視線の中、ドルメンはズカズカと歩きはじめていた。
なんだか勝手に討伐隊を決められてしまったが、これでよかったのだろうか。 だいたい、イリスはどう思っているのか。
背後を振り返ろうとした俺のすぐ横を、いつも通りの冷めた表情をしたイリスが、スリカの手綱を握り通りすぎていった。
「もう少し慎重に選んだ方が」
俺は通り過ぎるイリスの肩に手を掛けて言った。
足を止めたイリスは、フードの下の瞳を俺に向け、ため息をついた。
「くだらない。私は魔物を倒せればどこでもいい」
「でもさ……」
入隊料やら、なんやらお金がからんでくるのなら、いろんな隊の事を勉強して、口コミ情報なんかも。
「そんなにあの女の人達が気になるなら、一人で行きなさい」
蔑む瞳をまた前に向けた彼女は、肩に置かれた俺の手を振り払い、ドルメンの後を歩き出す。
「なんだよ、それ。…… もういいよ」
随分ひどい勘違いをされているようである。
そりゃ、ちょっと見入ってはしまったけど。
まあ、ドルメンは無茶苦茶強引な男ではあるが、クルトーからの街道で見た彼の討伐人としての実力は確かな物だと思う。
いや、そう思いたい。
荷物を肩にかけ直した俺は、ドルメンの馬鹿でかい背中を目指して駆け出した。
* * *
「よう、ドルメン。新しい武器入ったぜ」
人気の無い通りで話し掛けてきたのは、大きな木箱を抱えた男性だった。彼は、木箱を通りの端におくと、眩しそうに目を細めた。
男性が置いた木箱から、剣の柄らしきものが幾本も飛び出て見えた。
おそらく武器屋なのだろう。
「ほら、前から欲しがってただろ、カリバーン工房製の大剣だぜ」
男性は木箱から金色の金属で装飾された柄を抜いて見せた。
柄に施された装飾も見事だが、朝日を反射する一片の曇りもない白銀の両刃体に目を奪われる。
「俺がしばらく武器持てねえの知ってるだろうが」
舌打ちをしたドルメンは、クスクス笑う武器屋を睨み付けて歩き続ける。
「ドルメンさん」
やはり聞いておかなければいけないだろう。
足を止めた俺に、ドルメンは頭の後ろで腕を組みながら振り向く。
「どうして俺達を誘ったのですか」
教会前でのやり取りから、昨日の市場の件で逆恨みされただけだとは思えなかった。だいたい恨んでいるのならば自分の討伐隊に加えようとはしないだろう。
「今、俺が武器を持てない理由が分かるか?」
質問したはずが質問で返答された。
そんな理由など知るはずもない。
俺は首を振った。
「だろうな。実はな、貴様らが悪徳商人に騙されていたかわいそうな俺を見て見ぬ振りして逃げてしまったせいで、ちょっぴり暴れちまってな。お上からこっぴどく叱られて、武器不所持十日の刑に処されているわけだ」
どう見ても普通の商人が、たちの悪い客に絡まれているようにしか見えなかったが。
「でだ。エース討伐人である俺が武器を持てないとならば、弱小討伐隊である『ジュノ』としては、もう死活問題なわけ。分かる?」
ドルメンがエース討伐人であるかどうかは知らないが、討伐隊が困っている状況は理解できる。
俺は渋々頷く。
「だから、俺の代わりに討伐人をだな」
さも当然という表情をしたドルメンはウンウンと頷いている。
そのあたりがよく分からない。
ドルメンの代わりになるような討伐人ならば、もっと出来そうな人を選べばいいのに。
よりによって初心者丸出しの俺や、小柄なイリスを選ぶ理由が分からない。
更に質問をしようとした矢先、俺の声は女性の怒鳴り声に掻き消された。
「ゴルアー! ドルメン! あんた仕事ほっぽり出して何してやがる!」
ドルメンの背後には、腰に手を当てた女性が仁王立ちしていた。
赤みがかったウェーブの長髪。釣り上がった瞳。タンクトップから出た日に焼けた腕には男勝りの筋肉。そして、身長はドルメンと同じかそれ以上。
「あんたが仕事もしないでフラフラと出ていったせいでみんな大迷惑だよ」
耳元で大声を出されたドルメンは、両耳を手で押さえながら女性に振り向く。
「ちょっと待ってくれってレビア。これはリサから頼まれて」
「やかましい! あんたのしでかした悪魔の様な所業のせいで、いたいけなルキアはもう…… うぅ……」
レビアと呼ばれた女性は、泣き声を上げながら、その場にしゃがみ込んでしまった。
「だから、リサに頼まれて、新人勧誘しに来たんだって。信じてくれって」
「新人?」
ドルメンの言葉に反応したレビアは、即座に顔を上げる。
「そう。ほら、二人も」
二人のやり取りに呆気に取られていた俺とイリスは、レビアに頭を下げた。
「銀輪二人だぜ。驚け」
胸を張るドルメンを押しのけたレビアは、俺達の顔を眺める。
その瞳に涙の跡は全くなかった。
ドルメンもドルメンだが、この人もこの人らしい。
「やっと、やっとまともな人が来てくれたんだね」
レビアは俺の顔を、大きな手で撫でながら言う。
「そう、ってそれどういう意味じゃ」
「こっちは女の子か。随分若いね。ルキアといい、ドルメン、あんたやっぱり」
イリスの顔をまじまじと眺めていたレビアは、また目を吊り上げてドルメンを睨み付ける。
「はいはい。どうせ俺は変態野郎ですよ。仕事に戻るんで、あとはよろしく」
吐き捨てるように言ったドルメンは、レビアと俺達を置いて、通りを歩き出した。
「ドルメンがあんなだからびっくりしたでしょ」
レビアは、去っていくドルメンの背中に舌を出した後、ウェーブの髪を揺らして振り返り、笑顔を見せた。
「私は、レビア。討伐隊ジュノの討伐人。よろしくね」
差し出された彼女の腕には銀色の腕輪がはめられていた。彼女も栄光旅団志望なのだろう。
「俺はアルフレッドです。こっちは」
レビアの大きな手を握り返し、イリスを振り返る。
「イリスです」
イリスも握手に応じ、ぺこりと頭を下げて言った。
「よろしくね。じゃあ隊長に挨拶しに行こうか」
轍の刻まれた道路に、家の屋根を超えた光が差し込み始める。
ある人は、眩しい太陽を見上げ。ある人は、木陰に腰を下ろして歯を磨く。
煉瓦造りの家の窓を開けて、深呼吸する人。辺りに漂い始める朝ご飯の香り。
そして、魔物を討伐する者達が、朝の静寂を破るように大声で笑い声を振り撒いている。
討伐人達が暮らす町。
いつもとなんら変わりの無い一日の始まりである。
そういえば……
「ドルメンさんの言ってた仕事って何なのですか」
確か武器を使えない彼は、魔物の討伐には行けないはずである。
前を歩くレビアは足を止めずに、やっと聞こえる位の小声で答えてくれた。
「ラッキースケベ防止装置の作成」
…… 討伐人。それは、どうやらただ魔物を討伐するだけの簡単なお仕事ではないらしい。