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ep.14「ジャーナリストの矜持」

 脱出から、まだ数時間しか経っていなかった。


 ジンの手がシートの下に伸び、予備のスパナを掴んだ。

 陸も即座にキーボードから手を離し、モニターの光を最小限に絞る。


 スライドドアの向こうに立つ男──くたびれたジャケットに煙草の匂い。右腕には、黒く塗装された小型ドローンを無造作に抱えている。


「よぉ。派手な花火のおかげで、面白いパレードが見れたぜ」


 男はニヤリと笑い、吸いかけの煙草を携帯灰皿に押し込んだ。


「お前は……誰じゃ」


 陸が鋭く問い詰める。背後で巴が息を呑む気配がした。


「真壁章吾。しがないフリージャーナリストさ」


 男は名乗りながら、車内のモニター群を物珍しそうに覗き込んだ。


「……もっとも、あんたらのやってる『歴史の密猟』に比べりゃ、俺の追いかけてる特ダネなんて可愛いモンだがな」


 陸の脳裏に、数日前の記憶が蘇った。

 クラヴィスの検索網で絶体絶命に陥った際、突如としてダミー記事やデマ情報で検索結果を埋め尽くし、追跡を撹乱した「謎の第三者」。あれはSEO汚染──検索エンジンの仕組みを知り尽くした人間の手口だった。そしてたった今、陸のシステムに割り込んできた通信の手口も、同じ「情報を埋めて隠す」流儀だ。


「……あんたか。あんたが、あの時俺を助けた『ポイズン・マスター』か」


 真壁は肩をすくめた。


「助けた? 買い被るなよ、小僧。警察に嗅ぎ回られて、俺が何年もかけて追ってきた土地買収の特ダネを潰されたくなかっただけだ。お前が捕まったら芋づる式に現場が荒らされる。それが面倒だっただけの話だ」


 悪びれもしない言葉だが、その目は笑っていなかった。

 ジャーナリスト特有の、常に相手の嘘を見抜こうとする鋭い目だ。


「……ジン。入れてやれ」


「おい、正気か、陸?」


「こいつが敵なら、とっくに通報しとる。それに、ファラデー・ケージの中で話した方が互いに安全じゃ」


 ジンが渋々スライドドアを広げ、真壁が車内に乗り込んだ。

 並んだモニター、冷却クレードルの上で翡翠色に明滅する石板、そして泥だらけの巴。真壁は一通り見回してから、二列目シートの端に腰を下ろした。


 その瞬間、コトダマの勾玉が微かに瑠璃色に揺らいだ。


「……む?」


 小さな呟き。だが真壁の堅い声にかき消され、誰も気づかなかった。


「……ずいぶんな秘密基地だな。で、このしゃべる石ころは何だ?」


 コトダマの勾玉が、ピクリと琥珀色に変わった。


「しゃべる石ころ……! 心外ですのう! わしは由緒正しき古代の管理システムですぞ!」


「ハッ。AIが方言で怒るのか。世も末だな」


 真壁は欠片も動じない。陸は内心で「こいつ、度胸だけは確かじゃ」と認めた。



―――



「本題に入ろう。あんた、何を追っとるんじゃ」


 陸が切り出した。


「古墳の周りの、不自然な土地の動きだ」


 真壁はショルダーバッグのジッパーを開け、クリアファイルの束を取り出した。中には黄ばんだコピー用紙、登記簿謄本とうきぼとうほんの写し、手書きのメモがぎっしり詰まっている。


「もう七年になる。全国の古墳──特に大型の前方後円墳の周辺で、ダミー会社による土地買収が進んでいる。太陽光パネル事業、福祉施設計画、観光開発……名目はバラバラだが、法人登記を辿ると全部同じ場所に行き着く」


 真壁が一枚の紙を差し出した。赤と青のボールペンで何重にも線が引かれ、紙が擦り切れるほど書き込まれた手書きの相関図だ。矢印と丸印で結ばれた企業名が、蜘蛛の巣のように広がっている。七年分の執念が、一枚の紙に凝縮されていた。


「最終的な出資元は、ロンドンに本社を置く財団法人だ。名前だけは慈善事業をやっているが、実態は──」


「クラヴィス」


 陸が低く呟いた。


 真壁の目が一瞬だけ見開かれた。


「……知っているのか。その名前を」


「知っとる。というより、俺たちはそいつらに追われとる側じゃ」


 陸はモニターを操作し、これまでにハッキングで抜き取ったクラヴィスのデータ──ノード座標、資金移動のログ、暗号化された指令文書の断片──を画面に並べた。


「見てみぃ。あんたの土地買収マップと、俺のデータを重ねるぞ」


 陸が指を滑らせると、モニター上に二つのレイヤーが重なった。


 真壁の地図上の赤丸(買収済み土地)と、陸のデータが示す古代ネットワークのノード位置。


 一つ、二つ、三つ──重なる点が増えていく。


「……嘘だろ」


 真壁が呟いた。ジャーナリストの冷静さが、初めてわずかに揺らいだ。


「岡山の作山古墳。兵庫の五色塚古墳。大阪の百舌鳥古墳群……七年追って見えなかったパズルのピースが、全部埋まりやがった」


 巴がタブレットを操作し、考古学データベースの地図を呼び出した。


「あの……これ、買収が集中している場所があります。奈良県桜井市。箸墓古墳はしはかこふんの周辺です」


 画面上で、桜井市一帯が濃い赤に染まっている。他の古墳周辺とは比較にならない密度だ。


「箸墓……」


 陸の声が低くなった。


「マスター」


 コトダマの光が、深い翡翠色に変わった。普段の軽い調子が消え、重みのある声が車内に響く。


「箸墓古墳は、このネットワーク全体の──最上位の階層じゃ。現代の言葉で申しますと、『ルートディレクトリ』。すべてのノードを統括する、大元の座ですけん」


「ルートディレクトリ……」


 巴が息を呑んだ。


「つまり、あの古墳を押さえた奴が──」


「ネットワーク全体の管理者権限を握れる。十六万基すべてのノードを、自由に操れるようになるっちゅうことじゃ」


 陸が巴の言葉を引き継いだ。


「ていうか待て」


 真壁が額に手を当てた。


「十六万基って……お前、日本中の古墳がサーバーだって言ってるのか?」


「ああ」


「……ハハ。俺が記事にしたらキチガイ扱いだな」


 真壁は目を伏せ、一拍の間をおいて、顔を上げた。


「だが──そういう記事を書くために、俺は記者になったんだ」


 その一言に、飾り気のない矢のような重さがあった。

 新聞社を追われ、大手メディアから干され、ネットの片隅で細々と記事を書き続けてきた男の、七年分の矜持だった。


 車内にしばしの沈黙が流れた。



―――



「で、どうする。一緒に来るか」


 陸が訊いた。


 真壁は首を横に振った。


「いや。俺は俺のやり方で動く」


 真壁はスマートフォンを取り出し、暗号化メッセンジャーのQRコードを表示した。


「これで連絡を取れ。それ以外の手段は使うな。メール、電話、SMS──全部筒抜けだと思え」


 陸がコードを読み取り、テスト送信する。真壁の端末が短く震えた。


「情報は共有する。だが、行動は別だ。俺が一緒にいると、お前たちの足が遅くなる。俺はハッキングはできん。ドローンだって、今抱えとるのは取材用の古い機体で、お前たちみたいな細工には向かねえ。だが──」


 真壁はジャケットの内ポケットからICレコーダーを取り出し、回転させた。


「──裏取りなら、誰にも負けない自信がある。箸墓の周辺で動いている連中の顔と名前、俺が洗い出す。お前たちはお前たちのやり方で、あのサーバーの中身を調べろ」


「……わかった」


 陸が頷いた。


 真壁はスライドドアに手をかけ、半身を外に出したところで振り返った。


「一つだけ聞いておく。お前、その情報を最終的にどうする気だ?」


「……まだ決めとらん」


「そうか。──俺の答えは決まってる。書く。何があっても、書く。それが記者の仕事だ」


 ドアが閉まり、真壁の気配が夜の闇に溶けた。

 エンジン音もなく、足音だけが遠ざかっていく。


 車内に、煙草の残り香だけが漂っていた。


「マスター」


 コトダマが小さく呼びかけた。光が警告を示す琥珀色に変わっている。


「あの男の体内に、微弱ですが……わしの知る古い技術に似た信号を検知しましたけん」


「……何?」


「まだ断定はできませんが、何か埋め込まれとる可能性がありますのう。古代技術で強化された、小さな発信器のようなものです」


 陸は閉じたドアの先を見つめた。

 真壁章吾。味方なのか、利用されているだけなのか。あるいはその両方か。


「なあ、陸」


 ジンが運転席からバックミラー越しに陸を見た。


「あのオッサン、信用してええんかや?」


「信用はしとらん。だが、あいつの目は本物じゃ」


 陸はモニターに視線を戻した。画面には、箸墓古墳の航空写真が映し出されている。

 日本最古にして最大級の前方後円墳。宮内庁が管理する、立ち入り禁止の巨大な墳墓。


「箸墓か……。ルートディレクトリに辿り着くのは、ここからが本番じゃな」


 巴がタブレットを膝に置き、静かに口を開いた。


「筑紫さん。箸墓古墳は宮内庁の管轄で、一般人は立ち入り禁止です。周濠があるから物理的にも近づけない。ドローンを飛ばしただけで警察庁の警備部が飛んできます。富雄丸山とは比べものにならないレベルのアクセス制限ですよ」


「知っとる。だからこそ──」


 陸は唇の端を持ち上げた。


「──ハードウェアの専門家が要ったんじゃ」


 巴は一瞬目を見開き、それから小さく笑った。


「……めちゃくちゃ言いますね」


 初めて聞く、関西のイントネーション。

 その声に、ジンが「おっ」と短く声を上げた。


 黒いワンボックスが、夜の山道を静かに動き出した。

 ヘッドライトを落としたまま、暗峠の向こう──奈良盆地の深部へ。



―――

【次回予告】

超古代ネットワークの「最上位サーバー」──箸墓古墳。

宮内庁の管理下に置かれた、立ち入り禁止の巨大な墳墓に眠るルートディレクトリへのアクセスを目指し、陸と巴は独自のアプローチを模索する。

「武器ではない。あの剣は、蛇行する波形を持った『アンテナ』なんです」

蛇行剣の真の姿が明らかになる時、物語は新たな階層へ。


次回、ep.15「マスターキーの共鳴」

―――


―――

【用語・補足解説】


※物語を読むだけなら飛ばして大丈夫です。気になった用語があれば参照してください。


◆ ジャーナリストの矜持タイトル

 「矜持きょうじ」とは、自分の能力や仕事に対する誇り、プライドのこと。真壁が新聞社を追われてもなお「真実を書く」という記者の誇りを捨てなかったことを表しています。


◆ ダミー会社ペーパーカンパニー

 実際にはほとんど事業活動をしていない、名前だけの会社のこと。真壁が追っていたクラヴィスは、このダミー会社をいくつも作り、それぞれ別の名目(太陽光発電、福祉施設など)で古墳周辺の土地を買い占めていました。本当の目的を隠すための偽装です。


登記簿謄本とうきぼとうほん

 土地や建物の持ち主、取引の履歴などを記録した公的な書類。法務局で誰でも取得できます。真壁はこれを丹念に調べることで、表向きは無関係に見える複数の会社が、実は同じ出資元クラヴィスから資金を得ていることを突き止めました。


◆ ファラデー・ケージ

 外部の電波を遮断する金属の囲い。ジンの車にはこれが仕込まれているため、車内での会話や通信が外部に漏れません。真壁を車内に招き入れたのは、盗聴を防ぐためでもあります。


箸墓古墳はしはかこふん

 奈良県桜井市にある全長約280メートルの巨大な前方後円墳。日本最古の大型前方後円墳とされ、「ヤマト王権」の成立と深く関わる極めて重要な遺跡です。宮内庁が「大市墓おおいちのはか」として管理しており、研究者でも自由に立ち入ることはできません。


◆ ルートディレクトリ

 コンピュータのファイルシステムで、すべてのフォルダやファイルの「大元」にあたる最上位の場所のこと。ここにアクセスできれば、システム全体を管理できます。本作では、箸墓古墳が超古代ネットワーク全体を統括する「大元のサーバー」にあたります。


◆ マスターキー(物理認証トークン)

 システム全体のすべての権限を解錠するための「親鍵」のこと。本作では、富雄丸山古墳で発見された「蛇行剣」が、超古代ネットワークの最上位ノード(箸墓古墳)にアクセスするためのマスターキーであることが示唆されています。


◆ ノード(Node)

 ネットワーク上の「拠点」や「中継点」のこと。コンピュータの世界ではサーバーやルーターがノード。本作では、古墳ひとつひとつが超古代ネットワークのノード(=サーバー)として機能していると描いています。十六万基=十六万のノードです。


◆ 筒抜け

 「筒抜け」=壁に穴が開いているように、会話や通信が外部に漏れて聞こえてしまうこと。真壁が「メール・電話・SMSは全部筒抜けだと思え」と言ったのは、クラヴィスがそれらを傍受していると考えた方が安全、という意味です。


◆ 裏取り(うらどり)

 ジャーナリスト用語で、取材で得た情報が本当かどうか、別の筋から証拠や証言を集めて確かめること。真壁は「ハッキングはできないが、人間を相手にした裏取り(誰が何をしているか)は誰にも負けない」と言っています。


◆ 暗号化メッセンジャー

 メッセージの内容を暗号化し、送信者と受信者以外は読めないようにする通信アプリのこと。Signalシグナルなどが有名です。真壁は「普通のメールや電話は筒抜けだから、連絡はこのアプリだけにしろ」と陸に渡しました。


周濠しゅうぼう

 古墳の周りをぐるりと囲む堀(水堀や空堀)のこと。箸墓古墳には周濠があり、物理的に近づくこと自体が難しいため、富雄丸山古墳とは違う「アクセス制限」があると巴が説明しています。

―――


※本作はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは関係ありません。

※遺跡・古墳の無断立ち入りや発掘は法律で禁止されています。見学の際は管理者の指示とマナーを守ってください。


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