見守ろう
デグランは箱の中のピンとタイをじっと見つめた後、笑顔になった。
「……こんな素晴らしいものを用意してくれるなんて……。嬉しいよ、ナタリーお嬢さん。本当は気軽にこんな高級なもの、受け取れないと思う。でもナタリーお嬢さんが俺のためにこれを選んでくれたと思うと……。いいのかな。図々しくも受け取ってしまって」
「ええ。デグランが受け取ってくれないと、困ります。私が使うものではないですから。父親や……イエール先生にでもプレゼントするしかなくなります。もしくは」「ストップ!」
デグランは慌てて私が話すのを止めさせ「俺がこれはもらうから!」と焦って答える。でもすぐに落ち着いて御礼の言葉を伝えてくれた。その上で……。
「早速だけど、つけさせてもらうよ」
「ええ、ぜひ。つけ方は分かりますか?」
そこでデグランが私の隣に来て、上衣を脱ぎシャツの袖口を確認することになった。
「形状からすると、コンバーチブルカフスなので問題なくつけられます。こうやって、こうしてつけますよ」
そんな感じでまずは袖のカフスをつけてみた。
想像通り、デグランに合う!
「次はタイのピンですね。体を少し、こちらへ向けていただいていいですか」
返事をしたデグランが上半身をこちらへ向けてくれたので、すばやくピンをタイに飾ろうとしたが……。デグランとの距離がとても近く、思わずドキドキしてしまう。
「……!」
石鹸ではない香りがする。もしかして香水……?
思わず動きを止めたので、デグランも気が付いたようだ。
「あ、飲食店をやっていると、香水なんてつけられないだろう? だから普段、香水をつけることはない。でも貴族は香水をたのしむと聞いていたから、一応つけてみたけど……。つけ慣れないから、つけすぎたかな?」
「いえ、ほのかに香っているので、丁度いいですよ。つけ慣れていないのに、うまくつけることができていると思います」
香水はつけ慣れないと、つけ過ぎになりがち。特に体温により、香りが立つ前。香りが薄いと感じ、ついつけ過ぎることもある。でもデグランはちゃんと香水屋で話を聞いたようだ。つけ過ぎを気にしているくらいなのだから。
再び手を動かし、ピンをとめると、デグランはとても嬉しそうな表情をしている。香水の付け方を褒められたこと。カフスとピンを贈られ、それを身に着けたこと。この二つの出来事を喜んでいる――と伝わって来た。
「今、鏡を取り出しますね」
手鏡を鞄から取り出し、デグランに渡そうとした時。
馬車が少し大きく揺れた。その瞬間、私の手から離れ、鏡が落ちそうになった。咄嗟に手をのばし、手鏡を掴もうとして、私自身が座席から転がり落ちそうになっている!
「しまった!」と目をキュッとつむった。
だが体が対面の座席に激突していることはない。
代わりに……デグランの腕に抱きかかえられている。しかもデグランは右腕で私を抱きかかえ、左手では奇跡的に手鏡をキャッチしていた。
「セーフだな。ビックリした……」
「あ、ありがとうございます……!」
改めて椅子に座り直したが。
心臓が早鐘を打っている。
デグランは運動神経がいいと思う。しかも腕は、やはりしっかり筋肉がついていた。逞しくて、その胸に身を寄せたくなる……。
な、何を考えているのかしら、私は!
「俺の中では最高級だが、世の中的にはそこそこのタイが、このピンのおかげでとんでもなく上質なものに思える」
手鏡を見て喜びの声をあげるデグランのおかげで、現実に戻る。
「市井で暮らしていることは知っているはずなので、十分頑張ったことは伝わると思います。大丈夫ですよ。それにデグラン様、衣装も大切ですが、一番は中身ですから。どんなに着飾っても、中身が腐った人間ではダメですよね」
「それはそうだな。うん。見た目はナタリーお嬢さんのおかげで完璧。あとは……まあ、俺の場合、変に取り繕っても、な。このままの性格で、何か策を巡らすとか苦手だし」
「デグラン様はありのままでいいですよ。自然体のデグラン様が私も大好きですから」
そこで馬車が一度止まった。どうやら公爵邸の入口となる門に到着し、門番と御者が話しをしているようだ。門番が馬車の中を覗きに来て、デグランが手を振る。私の方を不思議そうに見たが、男性が女性を同伴して屋敷を訪問するのは別におかしなことではない。むしろパートナー同伴がこの世界では当たり前。そのまま門の通過を許される。
同時に。
門番から母屋に連絡が行き、ポートランド公爵家の人々は、エントランスホールに集結しているはずだ。それを想像すると、なんだか私が彼らに会うわけではないが、緊張してくる。
さすがのデグランも無口になり、じっと考え込むようにして宙を眺めていた。
ここはもう余計なことは言わず、見守ろう。
お読みいただき、ありがとうございます!
【お知らせ】
以下作品が完結しました。一気読み派の読者様。
ページ下部にイラストリンクバナーがございます。
どうぞ~!
【表紙&挿絵は 蕗野冬 先生描き下ろし】
『運命の相手は私ではありません!~だから断る~』
https://ncode.syosetu.com/n5618iq/
気づけば読んでいた小説の世界に転生していた。
しかも名前すら作中に登場しない、呪いを解くことを生業とする、解呪師シャーリーなる人物に。さらにヒロインが解くはずの皇太子の呪いを、ひょんなことから解いてしまい、彼から熱烈プロポーズを受ける事態に!
この世界は、ヒロインと皇太子のハッピーエンドが正解。モブの私と皇太子が結ばれるなんて、小説の世界を正しく導こうとする見えざる抑止力、ストーリーの強制力で、私は消されてしまう!
そこで前世知識を総動員し、皇太子を全力で回避しようとするが……。














