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50 日高見の息吹 1

 千方一行は多賀城(たがじょう)を立ち、東山道(とうさんどう)を北上した。

 そして、平泉から西に入り、衣川(ころもがわ)を目指した。


 川沿いに辿(たど)って行くと北股川(きたまたがわ)南股川(みなみまたがわ)が合流する地点に至る。

 この合流地点より下流を衣川(ころもがわ)と呼び、それがその儘、この辺りの地名と成っている。

 そして、合流地点の向こうは三方を山に囲まれた盆地となっている。


 北股川(きたまたがわ)の川辺に五~六人の人影が()った。


「迎えが、あれに来ております」


 人影の在る方向を指差して、古能代(このしろ)が千方に言った。


何故(なにゆえ)、我等が来ることを知っておるのか?」


「大殿が陸奥守(むつのかみ)様への便りに書き添えて下さったようです」


古能代(このしろ)が答える。


陸奥守(むつのかみ)様が使いを出して下さったとしても、いつ来るか迄は分かるまい」


「常に見張りを出しております」


「そうか…… 。はいっつ!」


と声を出した千方が、馬の腹を蹴り、人影の有る方に向って駆け出した。


 古能代(このしろ)が続き、夜叉丸(やしゃまる)秋天丸(しゅてんまる)が続く。朝鳥は一番後ろからのんびりと後を追った。


 男達の傍まで近付くと、千方は手綱(たづな)を思い切り引いた。少し前立(まえだち)になって馬が(いなな)く。

 古能代(このしろ)夜叉丸(やしゃまる)秋天丸(しゅてんまる)(くつわ)を並べて馬を止めた。


古能代(このしろ)殿、お(なつ)かしゅう御座る」


 三十を少し過ぎた年頃の(いか)つい顔をした男が、古能代(このしろ)の傍に馬を寄せて来て言った。坂東の(つわもの)と殆ど変わらぬ風体(ふうてい)をしている。


 顔は(いか)ついが、澄んだ目をしている。


「おお、雄熊(おぐま)殿。立派になって…… 見違えたぞ」


 普段余り表情を変えない古能代(このしろ)が、懐かしさを表して言った。


「今は安倍忠頼(あべのただより)と名乗っております」


「アベ ノ タダヨリ…… そうか。ああ、こちらが、(さきの)鎮守府将軍(ちんじゅふしょうぐん)様のご子息、六郎様だ」


「千方じゃ。世話を掛ける」


「良うお()で下されました。山中の()び住まいでは御座いますが、ゆるりとご逗留下さいませ」


 川を舟で渡り、山裾(やますそ)を回り込んだ辺りに、竪穴式住居たてあなしきじゅうきょの村落が広がり、その中心に掘立(ほったて)式の舘が有った。


 塀は無い代わりに、舘の周りは木々に囲まれている。郷人(さとびと)や郎等風の男達が、一行に気付くと慌てて道を避け頭を下げる。


 忠頼(ただより)を先頭に千方一行、後ろから忠頼(ただより)の郎等達が続いて舘の敷地に走り込んで行く。


「今帰ったぞ! 古能代(このしろ)殿が着かれた。日高丸(ひだかまる)! 高巳丸(たかみまる)! おるか?」


 馬から飛び降りた忠頼(ただより)が奥に向って声を掛けると、(わらべ)が二人走り出て来た。


 しかし、年少の(わらべ)は見知らぬ者達を見て、後から出て来た()の後ろに隠れ、袖の端を掴んだまま少し顔を出して覗いている。年上の童は、突っ立ったまま古能代(このしろ)の顔をまじまじと見ている。


日高丸(ひだかまる)! 忘れたか(てて)を……」


 忠頼が(ただより)そう言って古能代(このしろ)の肩を押し、前へ突き出した。


(てて)~っ!」


 そう叫ぶなり、日高丸(ひだかまる)が走って来て、そのまま古能代(このしろ)の胸に飛び付いた。その様子を見ていた下の高巳丸(たかみまる)だが、やはり事態が呑み込めないらしく、驚いたように日高丸(ひだかまる)の行動を見ているだけだった。


 無理も無い。古能代(このしろ)がここを離れ下野(しもつけ)に帰った頃は、物心すら付いていなかったのだから。


高巳(たかみ)(なれ)は覚えておらんだろうが、あの方が、(なれ)(てて)様です。さ、行きなさい」


 そう言って母に押し出された高巳丸(たかみまる)は恐る恐る二~三歩前に歩き、立ち止まって忠頼(ただより)の顔を見た。


「ふふ、はっはっは」


 忠頼(ただより)高巳丸(たかみまる)に近寄ってひょいと抱き上げ、古能代(このしろ)の空いている左腕に預けた。

 高巳丸(たかみまる)は間近に古能代(このしろ)の顔を見詰め、やがて嬉しそうに笑った。


「変わり無いか?」


 古能代(このしろ)()に言った。


「お帰りなさいませ。見ての通り(つつが)無く過ごしております」


 女は少し顔を赤らめ、頭を下げた。地味目だが、蝦夷(えみし)の女にしては華奢で清楚な感じを持った女だ。坂東辺りで見掛けても人目を惹くような品の良い蓬色(よもぎいろ)の小袖を身に着けている。


 上の日高丸(ひだかまる)は母似で目鼻立ちは小さく、下の高巳丸(たかみまる)古能代(このしろ)似で、しっかりとした(あご)と濃い眉を持っている。


「さ、古能代(このしろ)殿は対屋(たいのや)で、姉上と子らとで寛がれよ。御曹司(おんぞうし)は吾が接待申し上げるゆえ」


「お舘様に、まずはご挨拶せねば……」


「良い、良い。父上は今出掛けておる。戻ったら後で声を掛けるゆえ、まずは、姉上と子らと過ごされるが良い」


古能代(このしろ)。せっかくのご厚意じゃ。そう致すが良い」


 そう千方が言った。


「はっ。ではお言葉に甘えて、そうさせて頂きます」


 古能代(このしろ)が千方に向って頭を下げた。


 忠頼(ただより)案内(あない)されて部屋に通ると、正面の席には、狩衣(かりぎぬ)を着た六十年配の野性的な面構(つらがま)えをした男が座っており、下座(しもざ)には十数人の直垂(ひたたれ)姿の男達が両側に分かれて居並んでいる。


 上座(かみざ)の男の顔は、()み上げから(あご)、鼻の下まで濃い(ひげ)で覆われており、目も鋭い。


「父で御座る」


 (てのひら)を上に、正面に向けて手を伸ばした忠頼が言った。


「え? お父上はお出掛けと、先程……」


 千方が怪訝(けげん)そうな顔で忠頼(ただより)を見る。


「久し振りのことゆえ、古能代(このしろ)殿には、まず、姉上や子らとゆるりとして貰えとの父からの指示が御座いました。折を見て、父が戻ったと、のちほど伝えに参るつもりです」


「お気遣い(かたじけな)い。古能代(このしろ)に代わり御礼申し上げます」


「いえ、古能代(このしろ)殿は身内ゆえ、御曹司(おんぞうし)にそう仰られては、(かえ)って恐縮致します」


 千方一行が入って行くと、正面の男は立ち上がって上座を降り、右側に並ぶ郎等達の前に席を移した。それに伴って、左側の席に並んで居た数人の郎等達も、千方一行の後ろを通り、右側の席に移動する。


「ふ~ん」


 朝鳥がそう声を出した。


 千方が当主と向かい合うように席に着き、その後ろに他の者達が坐る。


「このような山里までようお()で下されました。安倍都留儀(あべのつるぎ)と申します」


 両の(こぶし)を床に突き、軽く頭を下げた。目の鋭さを消し、柔和な表情を作っている。


藤原秀郷(ふしわらのひでさと)が六男、六郎・千方と申します。こたびは、古能代(このしろ)に着いて参りご厄介をお掛けすることと相成(あいな)りまして……」


「何の、我が家の婿(むこ)古能代(このしろ)主筋(しゅすじ)に当たる、(さきの)鎮守府将軍(ちんじゅふしょうぐん)様のご子息にご来訪頂けるとは、光栄に御座います。(ろく)なお持て成しも出来ませぬが、どうかごゆるりとご滞在下さいませ」


「お世話をお掛け致す。しかし、陸奥(むつ)とは良き所に御座いますな。山は深く水は清く、荒々しさと優しさを同時に感じるような、何とも心を洗われる景色です」


「ほんの僅かな夏の間だけの景色に御座います。冬ともなれば、雪に埋もれて只ひっそりと春を待つのみ。人もけものも、神々の怒りを買わぬよう、只ひっそりと息を潜めて、生かされていることに感謝して過ごしております」


「我等より、神に近いところに住んでおいでのようですね」


「そうかも知れませぬ。人の力などと言うものが、いかに小さいものであるかと言うことに付いては、或いは、大和(やまと)の方々より分かっているのかも知れませぬな」


「しかし、この舘を始め、人里の景色は坂東と何ら変わらぬのには驚きました」


「左様で御座いますか? ほんの片田舎で御座いますよ。手前は坂東には行ったことは御座いません。多賀城(たがじょう)くらいで御座いますかな、行ったのは……」


「一度お()で下さい。兄・千常もきっと歓迎致すことと思います。古能代(このしろ)達の住む(さと)にもご案内したいものです。古能代(このしろ)も近々郷長(さとおさ)と成る筈ですので」


「いえ、手前はもう遠くまで旅したいとは思いません。ですが、ここにおる忠頼(ただより)には、坂東も都も見させてやりたいとは思うております」


 千方と都留儀(つるぎ)がそんな会話をしている時、郎等がひとり慌ただしく表れ、縁に膝を突き、頭を下げた。


「騒がしい、何事か?」


 都留儀(つるぎ)が言った。


「はっ。狐支紀(こしき)が五十名ほどを率いて久利化施(くりかし)村を襲ったとのことに御座います」


忠頼(ただより)!」


「はっ」


()ぐに参れ! 出来れば生きて捕えよ。それから、もし古能代(このしろ)が気付いても同行させてはならぬぞ、良いな」


「はっ。それは心得ております。帰られて早々に姉上にご心配をお掛けしとうは御座いませぬゆえ、行くと言っても断ります」


「うん。ならば急げ」


「はっ。かような仕儀にて失礼致す」


 千方に挨拶し、郎等達を連れて忠頼(ただより)は出て行った。


「五十名の賊を捕えるには、少なくとも百五十は必要と思いますが、そのような人数、直ぐに揃えられるので御座いますか?」


 驚いた表情で千方が尋ねた。


「いや、既に近くにおる兵共が賊の捕縛に当たっておると思いますので、それほどの人数は必要有りません。それよりも、飛んだお騒がせを致しまして申し訳御座いませぬ」


「いえ、何かと大変のようで…… 

 あ、我が郎等達をご紹介しておきます。これにおるのが日下部朝鳥(くさかべのあさどり)。父、兄、麿と仕えてくれております」


日下部朝鳥(くさかべのあさどり)に御座います」


「それに、大きい方が小山武規(こやまたけのり)隣が広表智通(ひろおもてともみち)。宜しくお願い致します」


 都留儀(つるぎ)が頷いたが、夜叉丸(やしゃまる)秋天丸(しゅてんまる)はきょとんとしている。


「あははは。いや、申し訳御座いません。いえ、この二人、元は夜叉丸(やしゃまる)秋天丸(しゅてんまる)と申しまして、実は、古能代(このしろ)と同じ郷の者に御座います。元服を機会に我が郎等と致しました。


 普段は幼名で呼んでおりますので、前触れも無く己の名を呼ばれてもピンと来ないようで御座います。今、(さと)に住まいおりますこともあって、名を付けて以来そう呼んだのは、初めてのことに御座いますゆえ」


「ふっ、ふぁっはっは、左様か。祖真紀そまき(さと)の者か…… お取立て頂いたということか、良かったのう」


「よ、宜しくお願い致します。ヒロオモテの…… え~」


 秋天丸(しゅてんまる)は、()ぐには思い出せない様子。


「ははは。良い良い。夜叉丸(やしゃまる)秋天丸(しゅてんまる)であったな。ここでは、それで参ろうぞ。だが、坂東ではそうも行かんであろうから、己の名くらいは覚えておけよ」


「恐れ入ります」


 秋天丸(しゅてんまる)は、ばつが悪そうに言った。


夜叉丸(やしゃまる)に御座います。宜しくお願い致します」


 この度ばかりは、夜叉丸(やしゃまる)の方が要領が良かったようである。


「お舘様。先程の騒ぎのことに御座いますが、野盗で御座いますか?」


 朝鳥が都留儀(つるぎ)に尋ねた。


「いや、ことを荒立てようとする者達がおりましての。一部の者は説得に応じたのですが、狐支紀(こしき)と申す者が応じずにおりました。

 久利化施(くりかし)村の(おさ)が我等の説得に応じたのを、裏切りと受け取って襲ったので御座いましょう。


 放っては置けませぬ。

 騒ぎが拡大すれば鎮守府(ちんじゅふ)が介入して来ることになります。そうしとうは御座いません。納めるべき物を納め、騒ぎを起こさぬ限りに於いて、奥六郡(おくろくぐん)を我等自身の手で治めることを認められている訳ですから、何としてもその状況を崩す訳には行きませぬ。

 騒ぎを起こす者は断固討つしかないのです」


()(ほど)……」

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