2 体育館裏に呼び出されました。
騎士が剣の柄に手をかける。
ああ、ここで殺されてしまうのかな?
だいたい、ちょっと肩が当たったくらいで殺されないといけないの?
ムカムカと怒りが湧いてくる。
どうせ無礼打ちで死ぬのなら、言いたいことを言って死のう。
キッと、殿下を睨み付ける。
「貴族ってちょっと若い娘がぶつかったぐらいで、地面に押さえつけるんですね! 心が狭いですね」
「……。だ、そうだエバン」
殿下が護衛の騎士をみてニヤリと笑う。
「貴様、平民のくせに生意気な」
騎士が剣を抜こうとする。
何を思ったか殿下がすっと手を伸ばすと、私のあごを掴んで顔をあげた。
「こ、こわくなんてないんですからね!」
「それにしては声が震えてるが」
ふっと鼻でわらう。
この人って、ひとが怯えてるのを見て楽しんでる! 性格わるっ。
「学園の中は生徒は平等だからな。ちゃんと前を見て歩け!」
殿下は、鷹揚に言うと去って行かれた。
去って行く殿下を見ながら、私は腰が抜けて動けなかった。
こわかった…
それから、私は学園で貴族を見ると避け隠れる生活をしている。
君子危うきに近寄らず! だ。
命あってのものだねなのだ。
***
入学して学園にも慣れたころ、公爵令嬢イザベラ様にサロンに呼び出された。
高位貴族は自分のサロンが持てるのだ。
先日、殿下とぶつかったヤツかしら?
前世で言うと体育館の裏に来い!ってやつだ。
イザベラ様と取り巻きに囲まれて、「平民のくせに殿下にぶつかるなんて生意気よ!」っていじめられるヤツだ。
ああ、胃が痛い。行きたくない。
しかし、貴族の呼び出し。平民がバックレる訳にはいかない。
おそるおそるサロンに入ると、予想に反してイザベラ様がお一人でお茶を嗜んでいらした。
日本人には懐かしい黒髪、真珠のような肌、赤い唇、深い湖のような瞳、深窓の令嬢というのはこの人のことを言うのだ。
イザベラ様はじっと私をみるとこう言った。
「貴女転生者でしょう? どうして攻略しないの?」
「へっ?」
イザベラ様によると、この世界は乙女ゲームの世界だそうだ。
攻略対象は、
俺様(王子)、脳筋(騎士)、ヤンデレ(伯爵家)、チャラ男(商人)、ショタ(公爵家弟)、枯専(魔法薬教授)。
そして、隠れキャラに魔王だそうだ……
この世界、魔王がいるのか…。
そして、ヒロインが平民なのに魔力チートで入ってきた奨学生。それが私だという……。
上から目線の俺様男はえらそうで大嫌いだ。いわゆるモラハラ男だ。
ちなみに、俺様のキメ台詞は「俺がルールだ」だそうだ。
脳筋騎士 背景に炎が描かれるのだ。たぶん、お笑い枠だ。熱い男だ。
ヤツを攻略するためには剣を鍛え、体力を上げ、ヤツに勝たねばならぬ。
なぜ、乙女ゲームで攻略対象を物理で落とさねばならないのだろう??
そもそもスポ根系熱い男は生理的に受け付けない。
ヤンデレは2次元ではアリでも現実に監禁されたりしたくない。束縛も嫌だ。
私は自由を愛する女なのだ。
チャラい男は嫌いだ。
ヒロインに「初めて本気の恋を知ったよ」なんて、ほざく。
今までの彼女にあやまれえええ~!!!
ショタでもない。13と言えば中学生だ。精神年齢アラサーには犯罪としか思えない。
枯専でもない。年上の渋いオジサマは好きだが、さすがに還暦越えは守備範囲外、特大場外ホームランだ。
「そうねえ。わたくしのお薦めはショタか枯専だけど、守備範囲外というのなら、脳筋騎士はいかがかしら?」
イザベラ様はそっと頬に手をやって首を傾げながらそういった。
イザベラ様、あざとい。
「彼とのデートは健全よ、デートは一緒に筋トレか、二人で仲良く野外デートよ。ちょっとモンスターとの遭遇率が高いけどね」
いやいや、それはデートとはいわないよね?
わたしは文系なのだ。おたくなのだ。ひっそりと生きるのだ。
スプラッターものが苦手な私に魔物退治はできないのだ。
究極の選択だ。全員事故物件だ。
なぜこの中から誰か一人を選ばないと行けないのだろう??
何かの罰ゲームだろうか?
「そう、あなた、知らないのですね。……誰も攻略しない場合、この世界は滅亡します」
キリリとイザベラ様は宣言した。
「え、えっ、えええええ!?」
驚愕の事実に、私はぽかんと大口を開けてイザベラ様を見つめた。
「まあ、淑女が大口を開けるものではありませんよ」
イザベラ様は扇で口元を隠してくすくすと笑った。
「落ち着きなさい。誰かと相思相愛にならずとも、最悪友情ENDさえ迎えれば、滅亡しません」
「いやいや、そもそも何で滅亡するんですか!? たかが学園の恋愛ぐらいで!」
「知らないわよ。そういうものなのよ」
「貴女、隕石が落ちたり、台風が来たり、事故に遭ったりするのと同じよ。人生は理不尽なの。
悪いことをしてなくても、ある日風が吹いて落ちた看板が頭に当たったりするでしょ?
なぜ? なんてないの。たまたま。強いていえば、バタフライエフェクトよ。風が吹けば桶屋が儲かる的なヤツよ。きっと貴女が誰も攻略しないと巡り巡って魔王が復活するの。訳はないの、そういうものなの」
「魔王が復活するとこの世界は火の海、焼野原、魔賊による殺戮が起こるわ。貴女もご家族も無事とはいえないでしょう」
このゲームでは誰の好感度も一定以上にならない場合、一番好感度の低いキャラが暴走して魔王の封印を解くのだ。
いやいや、恋愛が上手く行かないくらいで闇落ちするなよ。
高校生くらいで人生悲観するな。
自棄になって魔王の封印解くな。せめて盗んだ馬車で走り出すくらいで止めて欲しい。
しかも、枯専以外、全員婚約者がいる。
ちなみに枯専教授の奥様はすでに他界されたそうだ。合掌。
略奪愛なんてゲスのすることだ。
「ちなみに、殿下は反抗的な態度をとると興味を持たれるから注意してね」
「えええええ、すでにやらかしちゃったよ」
さて、皆さん、誰を攻略しますか?
とりあえず、これで完結です。
続きを思いついたら、続きを書きます。
読んでくださってありがとうございます。