第76話 本戦が始まるようです
「マスターおそーい!」
「す、すまない」
俺が宿に帰ってきた頃には既に十二時を回っていた。
「何してた……?」
ミルが俺に迫り、問い詰めてきた。
「もしかしてそういう事を……やだ!いけない子!私はそんな子に育てた覚えはありません!」
「ちょっと女神は黙っていなさい!」
「はーい、すいませんでしたー」
クソ女神め……。お前本当は全部見えてただろ。女神の寵愛とかで見えるとか言ってたしな。
知っててそんな事言うとは、何を考えてんのかよくわからん。まあわざわざ聞こうとも思わんがな。
「エルシャさんとは何もなかったよ。ただちょっと話に華が咲いてな、時間を忘れていただけだ」
「そう。ならいい」
ミルは納得してくれたか。嘘をつくのは心苦しいが、エルシャさんの個人的な事を喋る訳にもいかないからな。
「主様?どうされたのですか?先程から少しぼーっとされてますが……。お疲れ様のようでしたらお休みになった方がいいですよ」
「そうだな。レンの言う通りだ。今日は少し疲れたりし、眠ることにするよ」
「じゃ、じゃあ、わたしが寝床の準備してきます!」
「よろしく頼むよリン」
「は、はい!」
リンはベッドメイキングをしにいった。俺はそれが終わるまでぼーっとしているつもりだった。
しかし、ジュリが俺の思考を読んだようで何があったか察してしまったらしく、ジュリから念話が飛んできた。
『え、えっと……エルシャさんだったっけ?大丈夫?』
『お前はナチュラルに思考を読んでくるよな……。まあいいんだが。俺の事は心配するな。大丈夫だ。ちょっとエルシャさんには悪いと思ってるがな』
『大丈夫ならいいのだけれど、本当に苦しくなったら頼っていいのよ?』
『……その時が来たら頼らせてもらうことにするよ』
そこまで言ってリンのベッドメイキングが終わった。俺はそのまま皆におやすみと一言かけてから眠りについた。
◇◆◇◆◇
俺はまた制服の冬服に身を包み、隣にいる女子高生と一緒に歩いている。
ああ。またこの夢だ。……だけど今までと少し違う。
いつもは二人の間にぎこちないが暖かい何があるところから始まっていた。だけど今は不安でいっぱいなところから始まっている。
これはいつも見ている夢の少し前の出来事だ。
俺は不安で仕方がなかったがある事がきっかけで俺達の間に変化が訪れるのだ。
彼女は俺に笑いかけてある言葉を言ってくれた。それは俺が聞きたかった言葉であり、彼女が待ち望んだ結果でもあった。
今、隣にいる彼女が俺の方を見て言葉を紡ぐ。
「私もずっと好きだった」
俺はその言葉にどれだけ救われたか分からなかった。好きと聞いて嬉しかったし、未来が明るくなった気がした。
そこで初めて俺と彼女との間に"恋"という暖かい繋がりができたのだ。
しかし、それはすぐに潰える事になる。
例の交差点。それが目の前に迫ってくる。嫌だとどれだけ拒んでもやっぱり無駄な足掻きでしかなかった。
そして彼女は俺の身代わりとなり死にゆく。ひどい喪失感に襲われるのは今までと変わらなかったが、今回は彼女に好きと言ってもらった後であったから余計に酷かった。
俺はあと何回この夢を見続けねばならないのだろう。あと何回彼女を死なせないといけないのだろう。あと何回……涙すればいいのだろう……。
もしも知ってる奴がいるのなら教えてくれ。俺はもうこんな辛い事は嫌なんだ。彼女を死なせるのは嫌なんだ。
お願いだから俺をここから救ってくれ!
そして、俺の願いが通じたかのように暖かな光に包まれ、目が覚めるのだった。
◇◆◇◆◇
「あ、起きた?おはよー」
「ああ、おはよう」
俺より先に起きていたのは女神だけだった。俺は体を起こしてから、女神に挨拶をした。
そんな俺を見て女神はいきなりあたふたし始めた。
「ど、どうしたの!?どこか痛いの!?」
「はい?」
「だって涙が!」
俺は言われて初めて気づいた。ずっと涙が出ていたことを。
あんな夢を見るからだ。恐らくエルシャさんに告白されたのがきっかけだろうな……。いや、エルシャさんは何も悪くないんだがな。
俺は出てきていた涙を拭き取って、いつも通りに振る舞う。
「とても恐ろしい夢を見てしまったからな!それはもう涙がちょちょぎれるほどのな!」
「えー!心配して損した!」
「そもそも俺がお前に心配される筋合いないし」
「むー!なにそれ!酷くない?」
「いや、いつも通りにだろ」
「それが酷いって言ってるの!」
「ところで今何時だ?」
「いきなり話変えてきた!……今はちょうど日が昇ってきたしだいたい六時頃じゃない?」
ツッコミしてからちゃんと答えてくれるところはまあまあ好きだぞ。だがその良いところをその他がぶち壊しにしてるんだかな。
「六時か。ちょっと早めに起きたな。まあいいか。皆が起きるまでぼーっとしていよう。たまにはそんな時間も必要だ」
「じゃあ私もー」
俺と女神は一緒に昇ってくる朝日を眺めながらぼーっとしていた。
朝日が完全に昇った頃、隣にいたのは女神だけでなく眠っていた皆も一緒だった。
ぼーっとしすぎて皆が起きたの気付かなかった。
「みんなー。ぼーっとタイムは終了だ。そろそろ武道会の準備を始めとけー」
「「「「「「はーい」」」」」」
「シロは俺の頭の上でいいか?」
「ニャン」
それからしばらくして武道会の準備も終わり、会場に向かう。
今日は昨日よりも人がごった返しており、出店の数も増えているように思えた。
「今日は人多いな。本戦の影響か?」
「だろうねー。それに今年の武道会は何と凄いことになってるしね」
「「「「「それって私(あたし)のこと?」」」」」
ここでハモっていくとかなかなかない事だと思う。
「少なからずあなた達も含まれてると思うよー」
「少なからずって言うかほとんどだろ……」
「まあまあ、とりあえずそれだけ注目されてるってこと」
確かに昨日司会の人もそんな感じのこと言ってたし、期待されてんのかな?
とりあえず何事も無ければいいんだけど。
俺は切実にそんな事を思いながら、会場へ入っていった。
女神と別れ、控え室に。もうそろそろ始まるようだ。
「選手の皆さんはリング上に上がっておいてください」
案内人のような人がそう言ったの控え室にいた全員がリング上へ移動した。
「お前らぁ!!ついに本戦開始だぁ!!」
「「「わあぁぁぁああ!!」」」
「初めに選手の皆様にはリング上で数字の書いてある球を引いてもらいます!!数字は一から十六までありその数字によって対戦相手が決まるぞ!!対戦形式はトーナメント戦!!最後まで勝ち残った奴が優勝だぁ!!」
ふむトーナメント戦か。だいたい分かっていたが最初から強い奴には当たりたくないなあ。
「それでは選手の皆さんは球を引いてください!!」
選手の皆が次々に引いていく。そして俺も球を手に取った。その球に書かれていた数字は1だった。