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異世界に転生したので楽しく過ごすようです  作者: 十六夜 九十九
第11章 過去そして護るべきもの
199/204

第189話 過去その三、のようです

 今回は主人公が異世界に来るまでの話です。

 彼の記憶は少女達だけでなく、その記憶を見ていた者達にも深い悲しみを与えた。


 涙を流すもの。俯いて顔を上げないもの。悔しそうにするもの。


 それぞれがそれぞれの悲しみを表現していた。


「あぁああぁああああああああ」


 思い出したくもない記憶を掘り起こされている彼は、精神崩壊の手前であった。


 心身へのストレスと、自分自身への恨みが混在しており、今はもう叫ぶ事しか許されていない。


「あいつの過去は見てられるもんじゃない。あいつ報われねぇよ。あんなの辛すぎる」


「彼には僕達が感じる辛さの何倍もの辛い思いをしてるはずなんだ」


「彼が大切な人の命について過剰になる理由が分かった気がするよ。彼の様な体験をしていたら私だって、大切な人ほど遠避けてしまうかもしれない」


 彼と関わりがあった、タクマ、サトシ、ミクトリアの三人は彼の過酷な体験の辛さや悲しみに共感していた。


 例えそれが彼のやるせない気持ちのほんの一部でしかないとしても。


「"櫻井(さくらい) 愛美(まなみ)"、ね……。やっぱりあれは私だったみたい。お父さんとお母さん元気そうで良かったわ」


 転生前の彼と出会っていたジュリはポツリと誰にも聞こえないようにそう呟いた。


 そして、彼の記憶に転機が訪れる。



◇◆◇◆◇



 詩織が死んだ。


 その事実が俺の心を壊す。


 詩織が居ないとダメなんだと自覚したその時に。詩織と一緒に居たいと思ったその時に。


 俺の夢を潰すかのように、詩織が目の前から居なくなる。


 繋いだ手が離れていく様な、掬った水がこぼれる様な、そんな喪失感が心を埋め尽くす。


 学校に行く事を止め、部屋に引きこもり、自らの命を捨てようとした事もあった。


 詩織を殺した車の運転手を恨んで、殺したくて仕方が無い時もあった。


 皆が俺の心配をする。


 辛かっただろうと。苦しかっただろうと。寂しくなっただろうと。


 だが、そんなの口先だけの軽いものにしか感じなかった。


 俺が感じた、辛さ、苦しさ、寂しさ、喪失感、恐怖、絶望。そんなものが他人に分かるはずがない。


 ある時、詩織の両親が俺を訪ねて来た事があった。


 俺を見るなり、お前のせいで詩織は死んだのだと鬼の形相で言われた。


 お前が居るから八年前も女子高生が死に、今回も詩織が死んだのだと。


 娘を殺した殺人鬼、娘を返せと。


 俺はそれを聞いてその場から崩れ落ちた。


 俺が居たから詩織は死んだ。


 死んだ原因は俺にある。


 詩織を死なせたのは俺。


 俺の存在が詩織を殺した。


 そう考えた後から記憶がない。


 俺はその場で叫び声を上げたのだという。自分を見失っており、受け答えも何もまともに出来なくなっていたらしい。


 一頻り叫んだ後は虚空を見つめて、ごめんなさいと繰り返し言うだけの人間になったらしい。


 母さんは詩織の両親の頬を叩いたと後から聞いた。殺したのはうちの息子ではなく、危険運転をしたあの車の運転手だと。


 あんた達はうちの息子を殺すのかと。


 その時の俺は既に心を壊した、ただの人形と化していたようだった。


 詩織の両親も分かっていた。悪いのはあの運転手だ。だが、行き場のない怒りが俺を追い詰める結果になっただけなのだ。ここにいる誰も悪いやつはいなかった。


 後日、俺は病院で目を覚ました。精神科の病院だ。


 あまりのショックに気を失い、一部記憶の喪失が見られたらしいが生活に支障はないと診断された。


 失った記憶は、気を失う前の数時間。


 詩織が死んだ事を忘れる事が出来たらどれだけいいだろうと思った。


 だが、神は忘れる事を許さなかった。


 八年前のあの事と加えて、詩織が死んだその時の事が夢として出てくるようになった。


 決まって詩織が死ぬ前のあの幸せな時間から始まるのだ。


 深い絶望に心が壊され、悲しみに頬を濡らす日々が続いた。


 そして詩織が死んで十年。


 たまにあるフラッシュバックのせいで会社で働く事が出来ず、フリーターとしてアルバイトをする日々。


 高校も中退しており学歴なんて中卒だ。


 俺の人生は悪夢だと言っても良かった。


 自分の生活費すらまともに稼げず、親と一緒に暮らす日々。


 フラッシュバックで偶に発狂する時があり、バイトも何回か辞めた。


 そして、ある日の朝から昼過ぎのアルバイトを終え、歩いて帰宅をしていた時だった。


 あの公園の前を通っていると、ボールが転がってきた。


 俺も詩織とこの公園でよく遊んだなと思い出し、胸が苦しくなった。


 だからなのか向かいから、車が来ていることなんて全く気にもとめていなかった。


 ボールが転がって来た時に一緒にボールを追いかける男の子がいたのだ。


 車との距離や車の速度からその男の子が跳ねられるのは、もはや分かりきった事だった。


 瞬間的に、俺の脳に様々な記憶が蘇る。


 ちょうど今撥ねられそうになっている男の子と同じ年齢位の時に助けて貰った事。


 その人と同じ年齢になっても、詩織に命を救って貰った事。


 そして俺は考えた。


 今度は俺の番じゃないのかと。二人の人が守ってくれたこの命を今こそ擲つと来たのではないのかと。


 俺は自然と体を動かしていた。


 間に合うかはギリギリだった。


 車の方は男の子に気付いたが、既に遅かった。今から減速しても殆ど意味がない。


 俺は走った。ただ男の子を救う為だけに。


 結果、俺は男の子を救う事は出来た。


 突き飛ばすには時間が足りなかったから、男の子を庇う様な形で車に撥ねられたのだ。


 強い衝撃に全身が崩壊するのではないのかと思い、男の子を庇って倒れた為に、コンクリートで頭を強く打った。


「えっ……?」


 男の子の惚けたような声がうっすらと聞こえた。


「無事……か?」


「お、おじさん?」


「おじ……さん……か……。俺も……歳……とった……な……」


「おじさん、血がっ!」


「子供が……気に……する……な……。俺は……大丈夫……だから……」


 俺は既に男の子がどこにいるのか分からなかった。


 瞬間的に助からないなと思った。


 寒かった。痛かった。苦しかった。


 でもそれ以上に、男の子を救えた事が嬉しかった。


 今まで二人の人に救ってもらえた命の意味がようやく分かった気がした。


 櫻井さんが俺を庇って、助けてくれたこの命。


 詩織が命を張って守ってくれたこの命。


 こんな使い方しか出来なかったけれど、二人は許してくれるだろうか。


「しお……り……。ようや……く……ふっき……れた……き……が……」


「おじさん……? どうしたの? おじさんっ!!」


 男の子には辛い思いをさせてしまうだろう。それこそ俺がこの子と同じ年齢だった時よりも遥かに辛い思いを。


 一言謝ってやりたかったがもう声も出せない。


 気も遠くなった。


 詩織に会えたらいいなと想ったその瞬間、俺は死んだ。


 そして俺は自分を女神と自称する奴に出会い、異世界を旅する事になったのだ。



◇◆◇◆◇



「おのれおのれおのれええぇぇええ!!!」


 彼の記憶を見せられた堕女神は、彼に向かって怒りを顕にする。


 その彼自身、強制的に掘り出された記憶に自分を見失っている。


「ニンゲン風情が! いつまでもこの不愉快なものを見せるな!」


 そして彼にかけた、記憶の迷宮(メモリーラビリンス)を解いた。


「「「…………」」」


 彼の記憶を見た全てのものは黙るしかなかった。


 普段見てた、陽気な彼の姿からは想像も出来ない過去だった。


 最後には晴れやかな気持ちを抱いていたがそれでも彼の過去は教皇が語ったそれと遜色がないと、皆が感じていた。


 尚も自分の見失ったままの彼。


 それもそのはずだ。彼の記憶を見た者全てが同じ気持ちを抱く。


 今、宙に浮いている堕女神の正体を知ったから。


 彼女こそ、彼が大切に想っていた詩織という女性なのだ。


 どういう経緯で女神になったのかは知らない。


 だが、堕女神になる前のあの口癖は確かに彼女のものだった。


 皆がそれぞれ、彼に想いを募らせる。


「あの子は誰かが護ってあげないといつも危険と隣り合わせのようね」


「主様を護る役目は私達が引き継ぎます」


「あの女神に頼まれた」


「マスターにはもう苦しい想いをして欲しくないのー!」


「わたしの好きな人はこんなのじゃ終わらないって信じてますっ!」


「そうよ。いつものあの感じじゃないと調子が狂っちゃうし、元に戻って貰わないと」


「お父さんの想いを間近で見てきたから……。あの人を助けてあげたい」


 少女達は立ち上がる。


「そこの堕女神! よく聞きなさい!」


 ジュリが未だに頭を抱えている女神に宣言する。


「あんたを元に戻して、意地でも彼の――マモルの笑顔を取り戻してやるわ!」


 そう言ったジュリの横に少女達が並ぶ。


「あんただけがマモルを独占する事はこの私達が許さない! 覚悟する事ね!」


 少女達は恐怖も後悔も何も無く、圧倒的な力を持つ堕女神と対峙する。


 余計事を考えるのをやめた少女達にあったのは、一点の曇もない、嫉妬だけ。


 純粋な嫉妬は時に絶大な力となる。


 今の少女達に恐るものなど何もなかったのだ。


 少女達は彼への想いを力に変え、彼に愛された女性に恨み辛みを言う為に戦いをする。

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