逃げろ
2人が去った後に気付く。
「小野善鬼の師匠って言ったら・・・。」
「伊藤弥五郎、です。」
善鬼はガックリときている。
「あの野郎、無茶な修業ばかりさせやかって。でもあんだけ修業しても勝てねぇ。はぁ。」
伊藤弥五郎。伊藤一刀齋。一刀流の流祖である。剣聖とも呼ばれる人物だ。強さがまったくわからなかった。
「強いとは思うたが有名な方なのか?」
「確か東国の人だったか。大谷刑部殿の家中にいたような。」
侍達は人物評定に移ったようだ。野口冬長や六角義治は近畿周辺で活動した人だ。時代が違う人もいる。知らなくて当然なのか。
去り際に老人が投げた袋を見る。中には数枚のカードと銀貨が入っていた。
「ちょっ!!これ!!」
大事な物のはずだ。それを人に渡すなんて。追い掛けて返そうにも、今からは無理だ。周辺では未だに戦いの音が聞こえている。そう、ここは戦場なのだ。フラりと歩ける老人が異常なのだ。
透は気付いていなかったが、戦場でなかった場所が戦場になったのには理由があった。片方が負け、追撃が始まっていたのだ。
「また!また負けた。このままでは滅ぶ!せめて塁壁が完成するまでは時を稼がねば!!」
戦っていたのはセリヌ王国・ガマー王国・ペザン王国連合軍と魔物の軍勢。人の軍勢は負け続け、大陸の8割を失っていた。残る国は大小併せて11国。滅んだ国は100近い。侵攻を受けているガマー王国を守るための戦いであった。
連合軍2万対魔物15万。陣地を築いて守りを固めていたのだが、1月も持たずに敗北した。いや、1月も持たせたというべきか。
他の国、他の前線でも負け続けている。名将、勇将、知将と詠われた者達は既に戦死している。ゆえに各国の出した答えは防壁であった。魔物を防ぐ防壁を作り、人はその内側で生活する。いずれは防壁も壊されるだろう。だから防壁の内側にまた防壁を作る。それを繰り返す。そして時を稼いで・・・、時を稼いでどうするというのか。
それはまだ決まっていなかった。
「後方で陣地を築いているはずだ!!そこまで逃げれば!!」
男の背には3本の矢が刺さっている。そして追撃してくる敵もいる。従う家臣はいない。敗走の最中ではぐれた。草むらに飛び込む。そこには男達がいた。
「落武者か。逃げられよ。」
その姿から敗者だとわかる。侍にとって追い首は美学に反する。ましてや敵でないのなら戦う理由がなかった。
「助けてくれ!!」
金属鎧の男が叫ぶ。
「死ぬわけにはいかんのだ!!生きて帰り、家族を!家臣を!領民を守らねばならん!!俺の死に場所はここではないのだ!!」
侍達は透を見る。だが、すぐに敵が現れた。大きな黒犬、いや狼だった。
「守れ!!」
透の命令は簡単だ。いや、判断のバリエーションがそれしかないのか。
命懸けの逃走が始まる。




