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「あたしがそれを知ったのは、九件目の被害があった時よ」
不機嫌そうに、彼女は語りだした。
「その時点で、もしやって予感があったから、自分なりに調査していたのよ。そして十件目で店との関わりがあることを知った時……あの女が犯人だと確信したわ!」
もはやその頃には、恨み言というより、自らの見事な調査や推理の武勇伝を語る如き調子になっていた。子供っぽいながらも眉を吊り上げた凛々しい顔つきで立ち上がり、虚空を見上げて自らを賞賛するように拳を振り上げている。
がたんっと椅子が倒れ、クエストは呆気に取られたまま少女の顔を見上げるだけで沈黙する。しばし、静寂の時が流れてから……ミストは椅子を立てて、座り直した。どこか紅潮した顔で咳払いをして、続ける。
「まあ、つまりあの女が犯人なんだから、復讐ついでにとっ捕まえて店を奪還、さらに巷を騒がす事件の犯人を捕らえたことで店の宣伝にもなって大儲け出来る、って思ったわけよ」
「お前もそういう類かっ」
「なによぅ。店を奪われたんだから、これくらいの見返りは考えて当然でしょ」
クエストの指摘に不満そうな顔で口を尖らせてくる。こういうところは店主と似ていると思わなくもないが、言ったら怒られるだろうと思い黙っておいた。変わりに別の言葉を口にする。
「ってことは、あの空間転移とか謎の熱線とかは、お前の仕業だったのか?」
「元々、あそこにある魔道書の大半はあたしの物なんだから、それくらいどうってことないわ」
悪びれることもなく、ミストはあっさりと頷いた。もっともこれを悪と思わないのは、彼女にしてみれば当然かもしれないが。
しかし結果としてその攻撃は失敗に終わり、ネイジに正体を感付かれ、警戒心を与えたことで再び真っ向から攻撃することが難しくなってしまった。そこでミストは、店主が再度犯行に及ぼうとしたところを捕まえると思い至ったらしいのだが――
魔本堂を見張り、ネイジが犯行に及ぶため外出するのを待っていると、出てきたのはクエストだった。それが丁度、本の配達を任された時だろう。ミストは大量の荷を抱えて街中へ向かうクエストを見るや天才的な閃きを得て、一時的に標的をそちらへ切り替えたらしい。
「そこで本を配り回っているのを見て、あんたがあの女の手下で実行犯だっていう閃きが、紛れもなく正しいものだと確信したわけよ」
「するなっ!」
抗議に声を張り上げる。しかしミストは犯罪者の言い訳になど耳を貸さないといった様子で、ついっと顔を背けていた。
クエストはその態度に激しい不満を覚えるが……ここで張り合っても意味がないと悟り、彼女の推測を一切認めない姿勢は崩さぬままだが、ひとまず言葉を引っ込めた。そして代わりに、もっと根本から疑問を呈する。
「そもそも、だ――店長が犯人っていうのは、間違ってないのか? 俺からしてみれば、お前の恨みついでに決め付けてるだけにも思えるが」
実際、ネイジが犯人だと言い切るに至った部分には、なんの説明も加えられていない。失踪事件の被害者が魔本堂で本を購入していたというのは事実だが、そこから店主へ結びつけるのは私怨が過ぎるだろう。
だがミストは全く引かず、むしろわざわざ話すまでもないほど当然のことを問われ、改めて説明するのを面倒臭がるように肩をすくめた。半眼を向けながら、すっかり冷え切った紅茶を一息に飲み干し、言ってくる。
「手口から見て間違いないわよ。言ったでしょ? あたしは魔道書に閉じ込められた、って。あんた、あの女から魔道書を使って脅されたことはない?」
「魔道書? ……そうか、『人食書』!」
ネイジは度々、人を食らうという恐るべき魔道書を気軽に出しては、お仕置きという脅しをちらつかせていた。ミストが閉じ込められたという魔道書が同じく『人食書』だとするなら、同様に町の人々に本をけしかけ、食らっていくことで、失踪事件が出来上がる。
さらに彼女は、自らが知り得る確固たる証拠として、こんな話をしてきた。
「あの女があたしの経営方針に口出ししてきた、って話もしたわよね。それがまさに――今回の失踪事件そのものなのよ。つまりは本の配達に見せかけて『人食書』をけしかけて、食わせることで完全な空き家を作り出し、金品を奪うっていうね」
「それのどこが経営だ!?」
言うまでもなく、まるっきり犯罪だ。無論のことミストもそれを承知しているようで、弟子の愚行を嘆くため息と共に肩を落とした。
「あたしも同じことを言って、それを止めようとしたわ。そしたら……まあ、こうなったのよ」
「…………」
沈痛な面持ちで目を伏せる少女と一緒に、クエストも沈黙する。
コンパティ書店を壊滅させたネイジの所業を思い出せば、彼女が口にした恐るべき残虐な謀略も、さほど強く疑う余地がないと思えてしまうことを、クエストは否定しなかった。残忍で非人道的な思考回路を持つ彼女ならやりかねない、と。
それでも頭の片隅が否定の意志を見せ続けるのは――少なくともネイジは、過度な復讐や激情に対して本能のまま従った極悪な言動を取ることこそあるものの、姿無き襲撃者に怯えるか弱さを見せ、雇人であるクエストを心配する血の通った人間らしい一面を持ち合わせていると知ったからに他ならなかった。
だが、心中で真偽の判断をせめぎ合わせるクエストに対し、ミストは全てを見透かすように――心中だけでなく、過去の事象までも見透かす瞳で唐突に、『あること』を問いかけてくる。
「あんた、あの女から魔道書を渡されたんじゃない? これを持っていれば安全だとか言って」
この発言に、クエストは思わず息を呑んで目を丸くした。この少女が知りえるはずのないことだ。そして同時に、ネイジを犯人だとする彼女の説を否定する大きな要因だった。
クエストは鋭さを増した少女の視線に言い知れぬ恐怖、自分が今まさに奈落へ突き落とされようとする類の恐怖を感じながら、それでも尋ね返さずにはいられなかった。
「どうしてそれを? ……いや、そもそもこれがあれば相手を欺けると言われたんだ。それが、どうしてなんの効力も発揮されていないんだ?」
まさかなんらかの欠損があったのではないか、クエストは懐に入れっ放しだった魔道書を取り出した。なんら破損した様子は見えないが――ミストがそれを引き寄せて、指先で表題を叩く。『幻惑の魔道書』。
彼女が告げる。冷徹に。
「これはね、持っている人物を、誰か別の人物に見せかける魔道書なのよ」
「別の人物に見せかける……?」
聞き返しながら、しかしクエストはもはや、それがどういった意味であるかを理解していた。絶望の淵に落ちていく感覚を体感する。自分の臓器が口から吐き出されるような、浮遊感というよりも落下感を覚え眩暈のする中、ミストは情け容赦も無くトドメを刺すように続けてきた。
「この魔道書が映し出す人物は、ネイジ。つまりあんたは――あの女の身代わりにされていたってことね」
曰く。ミストからはずっと、クエストがネイジの姿に見えていたらしい。彼女はそれを看破した上で攻撃してきたのだ。どちらにせよ捕まえるのだから、と。
証拠としてミストが魔道書を受け取ると、確かにその姿が見慣れた店主のものに変化した。幻影だろうと復讐相手の姿を模すのは気に食わないらしく、即座に放り捨てていたが。
「…………」
「……どうやら、あんたはその馬鹿のせいで利用されていただけみたいね」
愕然として俯き、黙するクエストの姿を見つめながら、ミストは少なくともこの男がネイジによる非道な策に自ら望んで力を貸していたわけではない、と悟ったようだった。
そしてまだショックと、それでも微かに残る、真偽を疑う葛藤の中で苦悩する彼に向かって、身を乗り出しながら話を持ちかける。
悪魔の姿を浮かび上がらせるネイジの影に心中を脅かされている今のクエストには、今までにないほど正義感溢れる真摯な顔で真っ直ぐに見つめてくる少女の言葉ですら、深淵へ誘う悪魔の囁きに聞こえてしまったが……
「あの女の悪事を憎むのなら、協力して。あたしは師匠として、あの女の愚行を止めたいの」
「…………俺も、店長には聞きたいことがある」
半信半疑――いや、もはやミストの話への信用が大半を占めながら、クエストはあくまでも真実を確かめるという名目を冠しながら、承諾した。




