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クエストは全く理解の追いつかないうちに、ここで話しても埒が明かないとして、裏路地の黴臭い夜気に晒され続けることを嫌う少女によって、強引にネイジの家の中へと連れ戻された。内部は相変わらず爆発――間違いなくこの少女の魔法によるものだろう――によって発生した黒煙の臭いが漂っていたが、彼女にとってはその方がマシだったらしい。
その根源である二階の寝室はやはり無残に破壊され尽くされたままだが、炎をあげてはいないようだった。少女が自ら消火したのだという話を、クエストは食卓で、向かいに座る当の少女から聞かされた。
彼女は食料庫から無断で拝借してきたパンやら紅茶やらを口にしながら、言ってくる。「悪の手下に覚えてほしくはないけど」と前置きしてから。
「ひとまず名乗っておくわ。私はミスト。あんたの言った通り魔法使いで――あの女の師匠よ」
「店長の、師匠!?」
それは以前に聞いたことがあった。店主は昔、とある魔法使いに弟子入りすることで魔法を学んだのだ、と。
それがどれほど昔のことかはわからないが、相手がこんな子供だとは思わなかった……いや、恐るべき魔女は禁断の秘術によって外見を自由に変えることも可能だと言われている、というのを本で読んだことがある。その類かもしれない。
なにしろあの、悪辣で狡猾な魔女の師匠なのだ。見た目通りの幼さで尋常ならざる才気に溢れ、異様な粗暴さを獲得した幼女か、死を拒み悠久の時を生き長らえる秘儀を体得し、他者を見下すことに長ける悪魔めいた老女かの、どちらかだろう。
「……今あんた、失礼なこと考えたでしょ」
「……いいえ、別に」
魔法じみた勘の鋭さで睨みやって来る少女――ミストから逃れるため、目を逸らす。クエストはさらなる追求を受ける前にと、話題を変えることにした。ネイジから聞いた話を思い出すついでに、ふと気付いたことがある。
「そういえば店長、師匠のことは頑なに話すまいとしてたな」
「ふん、当然よ。そんなことをして、うっかり秘密がバレたら大変だもの」
話のすり替えは十分に効果を得たらしい。ミストの怒りはすぐに矛先を変え、なんらかの恨みを吐き捨てるようにしながら、ネイジの食料を食らっていく。
だが問題は彼女がたった今ほのめかした、なんらかの恨みだった。当然、クエストはその内容について知るはずもなく「秘密って?」と問い返すと、ミストの方はなんの抵抗をするでもなく、あっさりと言い放った。
「あの女……店を乗っ取るために、私を魔道書の中に閉じ込めたのよ!」
「魔道書の中に!?」
ミストが怨嗟と激昂を込めて、ずだんっ、と食卓に手を叩き付ける。カップが危うく揺れるほどの威力を出したせいか手の平を痛めたらしく、しばし両手を抱いて身体を丸めていたが。
やがて顔を上げると、まだ少し涙が滲む瞳で、彼女は怒りのままに語り始めた。
「あたしは元々、弟子から月謝を取って生計を立てていたのよ。だけど信用してくれる人は少なくて、ついてきたのは気色悪い好色家と、悪意と野心の塊……これじゃ別の商売を始めた方がいいって思うのも当然でしょ?」
どうやらルードとネイジのことらしい。実際、あの二人に付け狙われたのではまともな生活どころではないだろう。そのうちの一人に雇われている身で言える話ではなく、クエストは曖昧に頷くしかなかったが。
ミストはその曖昧さを無視して完全なる同意と見なしたらしく「やっぱりそう思うでしょ!」と身を乗り出してきた。そして再び怒りを湧き上がらせ、食卓を叩く。今度は痛くないよう、握り拳で。
「だけどあの女、バイトとしてなら雇ってやるって言ってあげたのに、あたしの経営方針に口出しした挙句、魔法まで……!」
そうして先ほどの、魔道書の中に閉じ込められた、という話に繋がるのだろう。
店主は自分の商才を根拠なく過信している節が過分に見られるため、そうした衝突は避けなれなかったかもしれない。そしてあの極悪な殲滅志向を持つ思考回路によって邪魔者を排除しようと考えたのであれば、あながち信じがたい出来事だとも言い切れない。
しかし聞くところ、ミストも流石に魔法使いの師匠である意地があり、またネイジの使った魔道書は『書食書』――これも元々はミストが運搬用に開発したものらしい――を基に作られたものであったため、魔法の特性をおおむね理解し、無抵抗に封じられ続けるのを防ぐことが出来たようだった。
そして内部から魔法を用い、抵抗を続けることで、本来ならば内から開くことの出来ない脱出路を強引にこじ開け、再び外界へ戻ることに成功した。
彼女が言うには、それが遂に達成されたのはごく最近のことで――そこでネイジに恨みを晴らさんとしている時に聞こえてきたのが、例の失踪事件だった。




