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2-9

 不機嫌そうに鼻息を荒くしながら、歩きにくそうに帰っていく男をため息と共に見送る。彼が見えなくなった頃にようやく店の扉を閉めると、施錠して、再び椅子に戻ろうとしながら、クエストはもう一度嘆息した。

「魔道書で指を切るなんて、なにをやってるんだか」

 男の身に起きた事件を、やはりクエストはまだ正しく認識出来ていないようだったが。

「まあ変な魔法が発動するよりマシってところか。むしろその変な魔法のせいで切ったのかもしれないけど――」

 と――呆れながら冗談めかして呟いていると。

 なんらの考えもなく自分の口から出てきた言葉に、クエストはふと、思い出すものを感じて立ち止まった。

 以前、同じような会話をした記憶がある。自分が呟いた言葉も、恐らくはその記憶に起因していたのだろう。あれはほんの数日前、ルードと初めて遭遇した日。本で斬り合う子供に注意をして、あえなく返り討ちにあった時……

「そうか、あの魔道書があれば!」

 閃くと、クエストはレジから書棚の方角へと足の向きを変えた。全身が痛むことも忘れ、急ぎその群れの中へ飛び込んでいく。

 魔本堂は、無数にある古びた書棚、その中にぎっしりと詰め込まれたおぞましい力を秘める魔道書、そして床に積まれている不穏な邪悪の片鱗を感じる内容が書き込まれた草稿の束のような書物まで含めて、大まかな分類以外は細かく区別されているわけではなく、言ってしまえば粗雑な配置だ。その中から目的の本を見つけ出そうとすれば、本来ならば途方もない時間がかかってしまうだろうが――

 クエストは迷うことなく店内を駆け、目的の魔道書があると思われる書棚へ辿り着いた。

「日頃から掃除やら、店長からの気紛れに読みたくなった本を見つけて来いって命令やらで、よく走り回らされてるからな……」

 この場にはいない店主への、そしてこの場に存在していれば言うことの出来ない皮肉に苦笑する。今や恐らく店主よりも、この店の本の配置には詳しくなっているだろう。

 それは実際、皮肉なものだったが――役に立つのであれば、この際なんでもよかった。

 書棚の中の、恐らくこの辺りに詰め込まれていたはずだという場所を探っていく。数冊、本を抜いては表紙を見て戻すという作業を繰り返すと……それはあっさりと見つかった。

 他の魔道書に比べれば薄いが、紙の質はそれなりに良いのだろう。軽く力を入れただけで大きくしなるそれは、表紙だけを見れば学校の教科書を思わせた。ただし、表題は全く違う。

「これがあれば少なくとも、あの魔道書に関してはどうとでもなるはずだけど――」

 しかし。目的の魔道書を見つけ、対抗策を得た高揚感に浸る暇もなく、クエストの頭には不安が巣食っていた。

 破壊手段はルードが想定している策に過ぎないだろう。彼がこの状況で、みすみす手の届く場所に魔道書を置いておくとは思えない。

「けど、手の届かない場所に置かれたら対抗手段なんて……」

 所在のわからぬ魔道書を、どう破壊すればいいのか。クエストはそれに答えが出せずにいた。

 今しがた見つけた対抗策を手にしながら、なんらかの全く違う、ルードの思惑を全て打ち砕くような魔道書が存在しないかと考えを巡らせる。

 果てしなく、おぞましい力を秘める魔道書。ぐるりと見渡すだけでも疲労を覚えるほど広大な店内に、これだけの蔵書があるのなら、その中にはルードなど問題にしないほどの邪悪さと狡猾さを持った書が存在するはずだ、と。

 しかし――見果てぬ店の先までを見渡してから、クエストは嘆息に肩をすくめた。

「見つけたところで、起動方法がわからないしな……」

 特殊な文字で書かれた魔道書は、それに精通していなければ中身を理解することも叶わない。今から学ぶでは遅すぎる。その師も存在していない。

 クエストは否応なく心底から溢れ出ようとする諦めの感情を必死に抑え付けながら、それでも口惜しさに奥歯を噛み締め視線を落とした。

 どこに目を向けたところで、この膨大な蔵書を持つ魔本堂内において魔道書から逃れる術はない。

 下げた視線の先、その足元ですら、書は存在していた。

 それは平積みにされた草稿の上に、無造作に置かれた質の悪い紙。いかにも粗雑で、上手くいかない八つ当たりのように丸められた、魔道の文字が綴られている一枚の紙だった――

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