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2-4

 長身痩躯の美青年。その顔は間違いなく今朝見たものと同じ、ルードだった。ただし身体には鎧ではなく、吟遊詩人を思わせる若草色を貴重とした服とマントをまとっている。

「貴様、性懲りもなく!」

 彼の姿を見た瞬間、ネイジは叫ぶと同時に『人食書』を取り出しながら、椅子を蹴倒し立ち上がっていた。異常に慣れた動作で留め金を外し、それをルードへ向かって解き放とうとする。

 男は慌てて手を挙げると、飄々とした口調ながらも懸命に彼女をなだめた。

「相変わらず手荒だなぁ、君は。だけど待ってくれ、なにも僕は怒らせるために君の命令を無視したわけじゃないよ。今朝、プレゼントを渡し忘れていてね」

 そう言うと、小さな箱を取り出す。魔道書ほどの大きさか。プレゼントと言うだけあって、綺麗なリボンまで付けられている。

 店主はそれを差し出されたところで攻撃的な意志を失うことはなかったが、それでも卑しい性根のためか、なにかが貰えるということに反対したりもしなかった。

 とはいえ過去、何度もネイジを罠にはめようとしているらしいルードのこと、彼女も警戒を怠ることはなく、手渡ししようと近付くルードを制して、二人の間にいたクエストを仲介に立たせた。要するに毒見役ということだろう。

 ルードには歩かせず、クエストの方から歩み寄ってプレゼントを受け取る。それを店主のもとへ持っていこうとするが、その前に中身を確認するように命じた。……ついでに、これは警戒心ではなく単なる嫌がらせ、あるいは憂さ晴らしの目的で、「包装は出来る限り乱雑に破り捨てろ」という指示も加わる。

 クエストはなんとなく引け目を感じながらも、逆らったら『人食書』が向けられるのは自分だと悟り、店主の命令に従った。当のルードはなんら気にした様子もなく、好青年然とした笑顔を浮かべていたが。

 中から出てきたのは――大きさから見た印象と同じく、本だった。ただし魔本堂が主立って並べている古めかしい魔道書とは大きさ以外に類似点の見出せない、鮮やかで薄ピンク色の表紙をした、いかにも真新しい本。

 『魔法使いの弟子の愛の物語』という表題を読み上げたところで、ルードは得意げにプレゼントの解説を始めた。

「これは僕の自筆さ。君が本屋を開いていると聞いて、それならそれに見合うようにと、君への想いを本にして詰め込んだんだ」

「うわあ」

 引き気味の声を上げたのは、本を持っているクエスト。思わず手放したくなるが、近くに置き場がなかったのでやむなく摘んだまま。

 そしてその『想い』とやらが向けられているらしいネイジは、またかと呆れて頭を抱える。

「相変わらず、直接的に回りくどいことを……」

「気に入ってもらえて嬉しいよ」

「誰が気に入るか!」

 譲る気なく即座に言い返すと、改めて『人食書』を、気色悪い贈り物を持ってきたルードへ向かって突き出した。

「やはり貴様も食わせておく必要がありそうだな」

「そう焦らなくても、今日はこれで失礼するよ。本当にこれを贈るためだけに来たんだからね」

 彼は実際、満足感と余裕の笑みを見せながら、さっさと踵を返した。

 背中越しにネイジへ手を振り「この恋愛物語を読んだら、きっと僕への愛に目覚めてくれると思うよ」と言い残して去っていく。

 店主はさらなる怒り、そして忌々しさと不快感を露にした犬歯を剥き出す顔でそれを送り出して、彼の閉じていった扉を改めて強く閉め直して厳重に鍵をかけるようバイトに命じた。

 クエストがそれを終えて彼女のもとへ歩み寄ると、店主はいかにも不機嫌な態度で椅子に深く腰掛けて、背もたれに身体を預けていた。

 とりあえずクエストは、摘むように持っていた『魔法使いの弟子の愛の物語』とやらをレジカウンターの上に手放した。

「これ……どうしますか? たぶん、店長とあの人の恋愛小説だと思いますけど」

 とても中を読む気にはならないが、尋ねる。店主もその点については同じだったに違いない。しかしこのおぞましい本に対する行動は、クエストの予想していたものとは全く違っていた。

 彼女は口を不機嫌に吊り下げながら、嘲るように鼻息を鳴らして、書棚の方を顎で示した。

「そうか。ならば、恋愛本の棚に置いておけ」

「売るんですか!?」

 信じがたく、思わず声を上げる。店主はうるさそうに耳を塞いでから、当然だと頷いた。

「どんな本でも、本は本だ。捨てるわけにはいかん」

「それには同意しますけど、そうじゃなくて……」

「あいつのことだ、どうせ読んだ者を虜にする精神支配の魔法でも仕掛けてあるんだろう。誰が読むか、そんなもの」

 反論しかけるクエストの言葉に先んじて、本に対する行動の最も一般的なものを即座に否定する。もっともクエストも、自分と自分を付け回す者との恋愛物語など、読むべきだとは言えなかったが。

 ネイジは触れるのも視界に入れるのも嫌がるようにそっぽを向きながら、しかしそれでも、下卑た笑みを浮かべたようだった。独りごちる彼女の声が、卑しい笑い声と共に聞こえてくる。

「こんなものでも、買う者がいれば金になる。その点では、あいつも良いことをしたと言えるかもしれんな」

「…………」

 ……クエストは色々なことを諦めて、恋愛本の棚へ向かった。

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