21話 ひとりになりました
圧倒的だった。
小さなカチュさんが斧を一振りする度に、男たちの腕や足や首が飛ぶ。
見知らぬ男たちの半分以上が部屋のそこらに転がり、物言わぬ姿となっていた。
それでも心が折れる事はなく、カチュさんに向かって武器を構え、とびかかっていく。
『行け』
赤髪の男――赤髪さんが魔術で炎を呼び出し、それがカチュさんへと襲い掛かる。
しかし彼女はその炎を斧の風圧で斬り消し、そのまま後ろから自分を狙う金髪の男――金髪さんの剣を弾いた。
金髪さんはそれを予測していたようで、その弾かれた勢いで私の側に着地する。
カチュさんがしまったという顔をしたが、彼女が動く前に赤髪さんとまだ生きているその男の仲間たちが次々に斬りかかっていき、彼女はそれをさばかねばならず、こちらへはすぐに来れない。
「手を」
あまりの殺気に腰が抜けてその場にへたり込んでいた私に、金髪さんの手を差し伸べる。
金髪さんの手と顔を見比べて、おそるおそる手を乗せると、そのまま強く引き上げられた。
男の手が腰に回されたと思ったら、そのまま担ぎ上げられる。
「――っ!!」
『行かせるか!』
カチュさんが強く言いこちらへ向くと、赤髪さんも叫びカチュさんを足止めすべく斬りかかった。
しかしその剣はカチュさんに届く事はなく。
「――逃がしません」
『嘘だろっ!?』
金髪さんと私のすぐ後ろにカチュさんが現れ、私たちに向けて斧を振り下ろす。
間一髪で金髪さんの剣が斧を受け流す事に成功し、そのまま間合いを取ろうとするが、カチュさんはさらに追い打ちをかけるように斧で斬りかかってくる。
何度か受け流したが、私の目の前――金髪さんの後ろは壁になり、金髪さんが舌打ちをする。
『クソッ』
カチュさんが私たちに向けてゆっくりと斧を構え、斧の先で突くように襲い掛かってきた。
赤髪さんたちが助けに来るが、間に合うかどうか。
『熔かせ 護れ 変化はしない』
カチュさんの斧が金髪さんに当たる瞬間、私の魔術は形になり、カチュさんの赤銅色の大きな斧はドロリと溶け、私たちを避けるように床に落ちた。
咄嗟に思いついたのが『炎』で斧を熔かし、『風』で液体となった金属をはじき、『変化』で熱を防ぐものだった。まさかメフィトーレスさんの言っていた力技な術式を使う日が来るとは思わなかったが、聞いておいてよかった。間に合ってよかったと、私はホッと息をはいた。
その私の後ろで斧を熔かされたカチュさんの――私を誘拐した時も、黒髪の男に一礼した時も、男たちを殺す時も、今まで一度として動かなかった――その表情が驚きに歪んだ。
「――っぁ!!」
そこに赤髪さんたちの剣が届き、カチュさんは小さな悲鳴を残して崩れ落ちる。
私は咄嗟にカチュさんの方を振り向き、そして彼女と目が合った。彼女の口が小さく動くのが見えた。
「えっ、何これ!?」
彼女の口が何かの言葉を作り終えると同時に私の身体が光り、そして―――
☆ ☆ ☆
目の前に青く大きな空が見えた。
そよそよと吹く風が気持ちよく、私は花畑の中に仰向けに転がっていた。
さっきまで屋敷の中で戦闘が繰り広げられていて、その中に居たはずだったのに、これはどうした事かと私は起き上がり、辺りを見回した。
この花畑は小さな丘の上にあるようで、眼下には小さな港町があり、その向こうには青い海が広がっていた。
街の出入り口らしき場所には人の列があり、船の浮かぶ港には白いカモメのような鳥が飛んでいるのが見える。
まさか夢? と自分の頬を思い切りつねるが、ちゃんと痛い。
自分を見下ろすと、リリスレイアからずっと着ている緑色のワンピースが見え、その所々に煤がついている。スンスンとにおいをかぐと、焦げ臭い。
つまり、夢ではない。
という事は、最後のカチュさんの口の動き。あれが魔術か何かで、その結果、私一人がここに飛ばされた…という認識で間違いないだろう。
転移魔法というものだろうか。
そう考えれば、色々と納得がいくのだ。
リリスレイアから誘拐された時もカチュさんの存在に気付いた瞬間、すでに私は黒髪の男のいるあの部屋に居たのだし、赤髪さんや金髪さんたちが部屋に来た時もどこからともなく私の目の前に現れた。金髪さんが私を抱えた時もあの距離を一瞬で詰めて斬りかかってきたのも、転移魔法っぽい何かの術を使ったからなのだろう。
そうだ、斬りかかってきたのだ。
部屋を用意されていたから私は害される心配はないと思っていたが、金髪さんに抱えられた時に向けられた物はたしかに殺意であり、彼女は私ごと金髪さんを斬ろうとしていた。
今更ながらに震えが走り、その危険を回避するために魔術を使った結果、赤髪さんたちにカチュさんは串刺しにされたのだと気付いて、同時に血や肉の焼ける臭いや死んだ男たちの斬られた腕や足を思い出し、吐き気が起こる。
抑えきれずにその場で嘔吐くが、幸いにも夕飯を食べていなかったからか、胃液しか出てこなかった。口の中が嫌な酸味に占められるが、口をゆすぐにも……ああ、そうか。
『水よ』
手で器を作り、その上に魔術で水を出す。
それで口をゆすぐと、酸味も薄まり、少しだけすっきりする。
私はふぅと息をはき、改めて丘の下に見える街に目をやった。
教会の窓から見えていた景色でも、リリスレイアの城から見えた景色でも、レイリィ大草原へ行く時に見えた景色でも、どれでもない。はじめて見る街だ。
リリスレイアは大陸中央と言っていたから、海に近いここはリリスレイアからは遠いのだろう。
ただ、その間にあのカチュさんと黒髪男の居た屋敷があり、あそこは夜だったのにここは昼だ。
リリスレイアを誘拐された時が昼であったから、転移の間に時間が経過したりしていないのであれば、ここはリリスレイアやあの屋敷の場所からは一番遠い場所にある…という事になる。
メフィトーレスさんがかけてくれている探知魔術が今もかかっているかはわからないが、かかっていたとしても転移魔術というのは聞いたことがないし、使っているのもカチュさん以外では見たことがないので、探して来てくれるとしても、かなり時間がかかるだろう。
つまり、どうにかして自力でリリスレイアまで戻るか、見つけてくれるまで生き延びるかしなければならない。
戻れたら教えてもらおうとか考えてる場合じゃなかったよ! まさかこんなに急に必要になるとは思わなかったよ!
この世界の常識を知らない事もそうだが、そもそも無一文である。
物を売ろうにも売れるような物どころか、今着ている服以外は何も持っていない。困った。
街の入り口の行列はきっと、検問のようなものだろう。
そこを通るにはおそらく身分証とか入国料とか、そういう物が必要なのではないかと思われる。
リリスレイアか教会に連絡付けてもらえば…とも思ったのだが、それを言っても聞いてもらえない可能性の方が高い。むしろ、それによって不審人物として捕まるのではないだろうか。それはちょっと怖い。止めよう。
幸いにも魔術が使えるのでそれでなんとか……あああああ、だめか!
たしか、巫女以外は媒体なしにはマナは扱えないのだから、媒体を持っていない私が魔術を使えば巫女というのがばれてしまい、知らない魔術師に追われる事になりそうだ。メフィトーレスさんが何度も言ってたから、そこは間違いないだろう。魔術師こわい。いや、私も魔術師ですけどね。
せめて私が男だったらよかったのにと切実に思った。
曲がりなりにも女という性別なので、適当にその辺で野宿とかするのも危ない。
起きてる時は魔術が使えるからともかくとして、寝てる間に襲われたら間違いなく抵抗できないのだから。
まあ、男であっても追いはぎにあう可能性はあるから、どっちにしろ危ないか。そうか。そうだな。
とりあえず方針を決めよう。
まずは街だ。街に入って情報を集めない事には、どうやってリリスレイアへ帰ればいいかわからない。
その街に入る為に、必要な物を聞くとしても……若い子ならともかく30前後の大人がそんな常識っぽい事を聞くのって「私は不審人物ですウフフ」とか自白するようなものに思える。
並んでる人に聞くのも…良い人だったらともかく、そういう人ばかりではないのだし、そうだ。使用言語が違っていたらどうしよう。
予想通り、リリスレイアの裏側にある街だったとしたら、国どころか陸地続きではないかもしれず、そうすると言語も違う可能性が高い。せめてリリスレイアと同じ大陸なら、覚えた言語が大陸共通語だったので、なんとかなるのだけれども。
どう入るかは置いといて、次に必要なのはお金か。
売る物がないし、稼ぐにも伝手がない。
売れそうなものを集めるにも、そもそもどんなものが売れるのかわからないしなぁ。
その辺に生えてる植物とか適当に摘んだって、それがただの草だったら誰も欲しがるまい。
そうするとやっぱり魔術になるのである。それしかない。
媒体があればいいんだけど、普通は杖って言ってたから、木の枝とかを拾って魔術で削ればなんとか杖に……見えても専門家とかいたらバレルか。
いやでも専門家がいなければ、割となんとかなるのではないだろうか。
というか、それ以外の方法が思いつかない。
少し不安ではあるものの、その時はその時だと自分に言い聞かせて、私は行動を開始したのだ。
一段落ついたので、次は21話までの登場人物紹介というか、一覧というか、そういうのを挟みます。
スイナ視点で判明してる事と、リーグルレイトで噂になってる事を書くくらいなので、読み飛ばしても問題ありません。ハイ。