20話 考える事がたくさんありました
今更なのですが、この話には含まれませんが、今後、予告なしで残酷描写やらボーイズラブ描写やらガールズラブ描写やらが入る可能性があります。
そういうのが苦手な方は、ご注意ください。ハイ。
「ではこちらで。お食事は朝夕2食お持ちします。何かありましたらそこのベルでお呼びください」
カチュさんは私を部屋の中の椅子の上に降ろすと、ぺこりと頭を下げる。
彼女が外へ出て扉が閉まると、耳慣れたカチャリという鍵のかかる音がした。
耳慣れるほど鍵をかけられている現状に物申したい気分ではあるが、誰に言えばいいのかわからない。この世界には女神さまとやらがいるらしいから、女神さまに言えばいいのだろうか。しかしどうやって? 祈れば直訴も届くかな。ううむ。
そんな考えても仕方ない事でいつまでも時間を使うのはもったいない事に気付き、頭をふって考えをどこかへ追いやる。さて、と部屋を見回しながらこれからの事を考えた。
今回の誘拐の目的はわからないが、朝夕の2回ご飯を食べさせてくれると言うし、何かあったらテーブルの上のベルを鳴らせば来てくれるらしい。外には出してくれないようだが、とりあえずは死ぬような目には合わないだろう。たぶん。
という事は、しばらくはこの部屋で過ごす事になるのだからと、私は点検をする事に決めた。
まずは今私が座っているソファ。何で出来ているのかわからないが、もふもふとした手触りが癖になりそうなくらいに気持ち良い。肘掛部分は木で出来ているが、それでもこのもふもふ感はあれだ。前の世界で流行ってたあのアレ。ダメになるクッション? ダメ人間になる…だったっけ? あの感触に近い弾力の上にもふもふとした毛皮のカバーをかけてある感じである。
この幸せの感触は慣れてしまうともう駄目な気がする。気がするが、この魅力的過ぎる誘惑には逆らえなかった。ソファの上にごろごろと転がって感触を楽しむ。ああ、幸せ…。
…て、点検しようと決めたのに何で最初から躓いているのだ!
危ない危ない。危うく敵の罠にはまるところであった。
…30分くらい転がっていたが、誰も見てないのでセーフだろう。
誘惑を振り切り気合を入れるために両手で自分の頬をパンパンと軽くたたき、いつまでも座っているとまた誘惑に負けてしまいそうなので、立ち上がる。
「ええと、テーブルの上にベルとタオルとお菓子?」
口に出して指しながらチェックしていく。
ソファの前にある木製っぽいテーブルの上に、カチュさんが言っていたベルと何か植物の蔓で編まれた籠が2つあり、片方には白いタオルが数枚、もう片方には包み紙に1個ずつ包まれている小さなお菓子――試しに1個食べてみると奉天(ウメバチとも呼ばれている、カリントウを飴で包んであるお菓子)のようだった――が山と盛ってあった。
好きなお菓子なので、これは嬉しい。そしておいしい。
お菓子をもぐもぐと口の中で転がしながら、他も同じようにチェックしていく。
部屋へ入って右側にクローゼット、左側に低い棚。クローゼットには寝間着っぽいワンピースと外にも着ていけそうなワンピース……種類は違えどワンピースだらけではあったが、それが数着入っている。
棚の方にはブラシや木製のコップと歯ブラシ、それから下着が数着分、入っていた。
つまり、この誘拐はそこそこ前から考えられていたという事で間違いないだろう。ワンピースも下着も、あつらえた様に私のサイズにぴったりだ。
心当たりなんてない…と言い切れないのが悲しい異世界人ではあるが、まあ、これも置いておこう。理由なんてそのうちわかるだろう。たぶん。
部屋の奥に普通のベッドがあり、天蓋のついてないものも存在したのかと思わず頷いてしまった。
教会でもリリスレイアのお城でも、かなりの好待遇だったんだなぁと気付き、どれだけ期待されていたのかと今更ながらに冷や汗が出る。
そのベッドの向こう側に扉が2つあり、何だろうかと開けて見てみる。
片方はトイレのようで、陶器製の……日本の公衆トイレとそっくりな形の洋式タイプのものがあった。仕様は汲み取り式の――ぼっとん便所と呼ばれるアレ――ものではあるが、その底は新幹線や飛行機のトイレのように板っぽいものがあり、横にボタンがあったのでそれを試しに押してみるとそこから下へと落ちるようになっているようだ。ついでにどういう仕組みなのか、少しであるが水も流れる。
もう片方の扉を開けると、そこは日本の一般家庭くらいの広さのお風呂場であった。
小さな子供なら余裕で横になれる、大人でも座って足を余裕で伸ばせる大きさの湯船。それと同じくらいの広さの洗い場。
蛇口はなく、ボタンのようなものはあるので、それを押すと何かしらあるのかもしれないが、万が一、お風呂ではない機能とかであった場合には責任をとれないので押すに押せない。
あとで食事の時に来てくれるだろうから、その時に聞いてみようと心のメモ帳にメモをする。
残りは窓。
はめ殺しになっていて、押しても引いてもずらそうとしても動かない。
生成り色のレースと厚手で緑色をした格子模様のカーテンがひけるようになっていた。
ここから脱出とかは無理そうである。脱出する気は今のところないが。
一通り点検したので、ベッドの上――ソファの上に座ると動くのが嫌になりそうだったので――に腰を下ろす。
なんていうか、この部屋。ビジネスホテルのようである。それも少し高めのお値段の。ここにテレビと冷蔵庫と鏡とお茶がついていれば完璧だろう。
そのまま後ろに倒れて、ベッドの上に仰向けになって天井を見上げる。
ひょっとしなくても、私たちと同じ世界…それも日本出身の誰かが作ったとかではないだろうかと思ってしまう。トイレに奉天のようなお菓子にお風呂場の形。それからこの部屋の名前も“えーつー”というらしいが、つまりは“A-2”という事なのだろう。
実際、あり得なくはない。
今、私や教会にいる市橋嬢や鳴海嬢とて、召喚されてこの世界へ来たのであるし、召喚術があってそれが失敗するとはルーイ・ルーたち教会の面々は思ってないようであったのだから。しかも、今回呼ばれた私たち3人とも、日本から召喚されたのだから、かなりの確率だと思われる。
もしもその人たちが残した文献とか資料とか日記とか、何かあれば元の世界へ帰れるかもしれない。それでもやっぱり帰れないという結論になる可能性もあるが、探してみる価値はありそうだ。
…まあ、この軟禁続きの生活をなんとかできて、一人で生活していける術を身に着けたらという前提付きではあるが。
物語の主人公とかだったら自力でなんとか脱出しようとするのだろう。
私にも一応、魔術という手段があるのでたぶん脱出しようと思えばできるのだろうが、その後が――脱出できたとしてもそこから先どうすればいいのかわからないので、私は踏みとどまっていた。この家? 屋敷? のある場所だってわかっていない。リリスレイアの中なのか、違う国なのか。
そもそも、お財布はリリスレイアのお城に置いたままだし……あ、貨幣そのものが違うか。そうするとどちらにしろ一文無しであるのだし、貨幣感覚もわからないから、何かを売るにしてもだまし取られる可能性が高い。買うにしても価値を知らないから、ぼったくられてもわからないだろうしなぁ。
だいぶこの世界に馴染んだと思っていたが、肝心の生活に必要な常識を全く学んでいなかった事に気付いて落ち込んだ。それはそうか。よく考えたらほぼずっと軟禁状態で常に保護者っぽい誰かが側に居たのだし、買い物に街に出かけたことないし、そもそも知り合いもあまりいない。
いや、気付けてよかったんだよ! うん。ここから出て帰る事ができたら、教えてもらおう。
☆ ☆ ☆
ドンっという何かが爆発するような音に驚いて目を開いた。
見回すと部屋はすでに暗くなっている。いつの間にか寝ていたらしい。
はめごろしの窓からわずかに月明かりが照らすのみである。
ベッドから起き上がり、窓の外を覗くと下の方で何かが夜でもわかるくらいに燃えるように赤い色が見えた。
一瞬、火事かとも思ったが、煙は出ていない。何だろうか。
虫眼鏡…というよりは望遠鏡だろうか。
たしか凹凸レンズの組み合わせで大きく見えるんだったはずだから、レンズ代わりになりそうなのは『水』が無難だろうか。明るさは…あれだけ赤く光っていたらわかるから、いらないだろうか。いや、でも他の物も見えるなら見えた方がいいだろう。今は夜だから、月の光? 『光』はいいとして、月はどういう文字だったっけ…。『光』だけでもなんとかなるかな。
とりあえずやってみよう。
文字を組み合わせてマナで描き、そこにマナを通して――
『見通せ』
はめ殺しの窓の中の一枚に向かって起動言語を唱えると、その窓だけが望遠鏡のレンズのように遠くのものがすぐ近くにあるように見えた。覗き見る方向によっては見たい場所の位置調整はできたが、見える大きさの調整はできない。望遠鏡のように大きさを調整できるようにしたいから、今度研究してみよう。
少し大きすぎる気もするが、赤い光の位置はよく見えるようになったので、何だろうかとジッと見る。
木造の小屋?のドアの前に誰か人が居て、赤い光はその人から出ていた。
その誰かの顔はよく見えないが、赤い光は…もしかしてマナだろうか。それも、火属性。
教会で感じ取れるようになって以降、意識すればマナは視える。が、ここまで明るく光るマナは初めてだった。
なぜそんなにも明るく光るのかと思って、窓にへばり付いてよく見ようと思った時、最初よりも大きな轟音が聞こえ、同時に建物が大きく揺れた。
「わわっ」
突然の大きな揺れに、私はバランスが取れず、その場に転んでしまう。
頭はぶつけずに済んだが、お尻を強く打ってしまい、ちょっと涙が出た。痛い。
揺れが収まるまでその場を動かずジッとして、揺れが止まったのを確認してから立ち上がる。
さっきの窓からもう一度赤い光のあった位置を視ようと思ったが、すでに光は消えていて、人らしき影も見えなくなっていた。
何だったのかなと思って首を傾げた時、コンコンコンと三回、ノックする音が聞こえた。
そして、ノブが回されガチャガチャとドアが揺れる。カチュさんが鍵をかけて以来――寝ている間に誰かが来ていたら別だが――誰もこの部屋には来ていないし、鍵を開けてもらった覚えもない。
という事は、今あのドアの外にいるのは、カチュさんやあの男の仲間の誰かという事はないだろう。
その外にいる人も、味方とは限らない。
私は慌てて隠れる場所を探したが、隠れる前にドアが爆発するように弾けた。破片はこちらに跳んでくる前に燃えて炭になり、飛び散った火の粉が家具を燃やし始める。
そのはじけたドアの位置から見た事のない人たちが入ってきた。彼らは何かを探すように部屋を見回し、そして窓の前に居た私にすぐに気が付いた。
彼らの中のひとり――赤い髪にオレンジ色の瞳をした男の人が私の前に来る。
『巫女か? 我々と共に来て欲しい』
起動言語? 『あなた』はわかるがフィスは何だろうか。『私たちと』はわかる。ミリレイは聞いた覚えがあるが…忘れた。『来い』はわかる。ヴィースは『願い《ヴィース》』だったはずだから、「私たちと来て欲しい」でいいのだろうか。
でもその前のフィスがわからない。私が何なのだろうか。
「…ど、どちらさまですか?」
空気読めよとか言われても、わからないものはわからない。ので、素直に聞いみる。
赤い髪の男はすぐ横に居た金髪の男と何か話すと、金髪の男が私の方に一歩踏み出した。
「あなたは巫女ですか?」
「い、一応は巫女らしいです」
おお、起動言語以外も話せるのか!よかった。
これで話が通じる……と思う。
金髪の男は私の返事に嬉しそうににっこり微笑んだ。
「それはよかった。私たちと一緒に来てほしい、です」
起動言語の解読は合っていたらしい。
フィスは『巫女』か。なるほど。
…という事は彼らも魔術師だったりするのだろうか?
モテちゃって困るわぁとか一度言ってみたいセリフではあったが、こういうモテは嬉しくない。
むしろ困る。超困る。
名前でからかわれ、存在感ないねーって言われていた頃が懐かしい。
あれだね、影が薄くて平凡で普通がいいね。目立たないし、平和でいいわ。本当に。
いやまあ、巫女じゃなくなったら私なんて取り柄がなくなるから、むしろ丁度良い? いや、やっぱり困る。うん。
「原初のマナの髪をしたあなた、私たちと来てください。言葉は通じてますか?」
返事をしない私に、金髪の男がもう一度言った。
少し困ったような表情が誰かを思い出させるが、今はそういう場合ではないので考えるのを止める。
私は金髪の男の黒い目を見て、口を開いた。
「言葉はわかります。あなたたちは魔術師ですか?」
「いいえ、違います」
「私は帰りたい。でも、あなた達のところではないのはたしかです」
「そうですか。…しかし、我々はあなたに来て欲しい」
「嫌と言えば引いてくれますか?」
私の質問に金髪の男は一瞬固まり、そして赤い髪の男に何かを話す。
赤い髪の男は私の目の前まで来ると屈みこみ、私の視線と高さを合わせた。
「ここ、居たい?」
「いいえ」
「ここ、逃げる、来い」
「なぜ?」
「いつか、帰す。今、来い」
カタコトではあるが真面目に話す赤い髪の男に、敵意のようなものは感じない。
いつか帰すの“いつか”が、いつなのかはわからないが、嘘をついて騙そうとしている気配もない。
ここに居ても帰してくれるかわからないし、それなら“いつか”であっても帰してくれるという彼らを信じてついて行くべきだろうか。ここで軟禁されてても何にもならないし。
「本当に帰してくれますか?」
「約束、守る。だから今、来い」
約束してくれるならと私が頷こうとした時、部屋に突風が起きた。
同時に彼が私の前から飛び退き、入れ替わる様に水色の彼女――カチュさんが出現したのだ。
どこからと聞かれると困るのだが、本当にどこから現れたのだろうか…。
「彼女を連れて行かれるのは困ります」
彼女はそう言うと、私を庇うように大きな斧を構えた。彼女の体格からすれば不釣り合いなくらいに大きな、可憐な少女が持つのには似合わない、赤銅色の両手斧。
それを片手で持つカチュさんは、やっぱり力持ちなんだなぁと関係があるようでない事を考えた。
現実逃避であるのは自覚しているが、正直に言って何が何だかわからないのだから、そのくらいは勘弁してもらいたい。
男たちとカチュさんは殺気を隠さず武器を構え合い、今にも火蓋が落とされそうな空気の中。
初めて感じた殺気に動揺しながらも、どうすればこの状況を脱することができるかと、私は必死に考えていた。
1月19日 起動言語のルビの一部を間違えていたので修正しました
1月19日 誤字修正しました
カチュさんの突然の出現はそのまま、メフィトーレスの元からスイナを誘拐できた理由だったりします。
あと、サブタイトルを考えるのにも時間がかかるようになってきました。
ボーイズラブ要素とかガールズラブ要素注意のアレは、設定にそれが組み込まれてるのが複数キャラ存在していて、裏側で行動を起こしてるのも何人かいるので、何かの拍子に本編に出てくる可能性があるので、保険のような感じで使ってます。




