19話 何度目でしょうか
落ち着いて落ち着いて。深呼吸深呼吸。
まずはイメージ。自分を守るイメージ。
自分を守る…自分をコレクションケースに入れる感じとかどうだろう。
下に厚めの台を作り、上は透明な保護ケース。うん、いいかも。
イメージはそのままに、そのイメージを形作るように、教えてもらった文字をマナで描く。
土台は…堅い土だから『粘土』、保護ケース部分は…傘の布のような感じだろうか。そうすると『布』にして『風』で弾けば防水仕様っぽくなるかな?
言葉にせずにマナでそれらの起動言語を並べて描き、最後にマナを通しながら口を開く。
『護りよ』
『水よ降れ』
私が起動言語を唱えるとそれに続いて、向かい側にいるメフィトーレスさんが別の起動言語を唱えた。
私の真上に大きな水の塊が現れ、重力のままに私に向かって落ちてくる。
しかし水は途中で何かにぶつかり、そこから前後左右に分かれて流れ落ちた。
ぱしゃりと地面に水が落ちる音が聞こえ、私を中心に円を描くようにぐるっと地面が濡れている。
もちろん、私自身は濡れていない。
「やった、成功です!」
両手をバンザイとあげて、やりましたよー!と少し離れた位置で私と向かい合うように立っているメフィトーレスさんに手を振った。
いい年してとか、子供っぽいとか、何を言われようが、こういうものは喜んだ者勝ちなのである。だからこそ! 気にせず! 全力で! 喜びを表現するに限るのだ。
「ふむ。変わった術式だな」
メフィトーレスさんが興味深そうにそう言いながら、私に近付いてくる。
そんなに変わってるのかな? と思ったが、この世界の常識なんて知らないので判断できない。
ああでも、元の世界の知識からイメージして、そこから言葉を選んで術式を組み上げたから、そういう面では変わっているのかもしれない。うん。
そうそう、普通は巫女以外にはマナは視えないので、術式も視る事は出来ない。
なのになぜ、メフィトーレスさんが私の組み上げた術式を視る事が出来たのか、という事だが、別に彼と私が結婚したという事ではない。拒否権はないらしいが、今すぐ結婚しろとも迫られてもいないので、何も進まず良いお友達…というより保護者と子供状態だろうか。もしくは仲の良い兄妹ポジション? まあ、結婚はしてみたいけど王様との結婚は大変そうだし、今のこの状態はこれで居心地がいいので文句はない。
いや、それはいい。それは置いておこう。そうじゃなくて、あれだ。
メフィトーレスさんがなぜ、私の術式やマナを視る事ができるようになったかという事だ。
何でも、この間のメフィトーレスさんの怪我を治すときに私が使った古代魔術が原因なのだそうだ。あれで私のマナの一部がメフィトーレスさんへと入り、そのまま彼の中に残っているらしい。
普通はそれだけで視えるようになるものでもないらしいが、何しろ私が“異世界から来た巫女”なので、そういう事もあるのかもしれないと彼は言っていた。
私がそれは大丈夫なんですかと慌てると、マナが見えるようになってからの弊害などはなく、むしろ敵の術式も見えるので前より的確に対処できるようになったと喜んでいたのだから、良しとしよう。
この場合、気にしたら負けだと思われる。すごい喜んでたし。うん。
「メフィトーレスさんならどういう術式にするんですか?」
「そうだな…、『炎』で水を蒸発させて、『変化』系で周囲に影響が出ないようにまとめる」
「な、なるほど」
どんなものが普通なのかと思っての問いだったのだが、水を蒸発させて変化はさせないとかどんな力技だよと……、それは普通なのだろうか?
考えてもわからず、うーんと首をひねる。
するとメフィトーレスさんが私の頭にポンと手を置いて口を開いた。
「魔術は発想が大事だ。変わっている事は悪い事ではない。だから、気にしなくていい」
今日は兜をかぶっているので表情は見えないが、とても優しいその声に、私は自然と笑顔になるのだ。
☆ ☆ ☆
そして今、私はなぜこんな場所にいるのだろうか。
「あの男が入れ込んでるっつーからどんな女かと思ったら、普通の面白味も無い女じゃねぇか。しかも細ぇし。髪の色は変わってるが、それにしたって趣味悪ぃなぁ…」
目の前で革張りのソファに座った、短い黒髪の男が私を上から下まで見ながらそう言った。
普通の面白味もない女とか、自覚はあるけど、元の世界でよく言われてたけど、やっぱり傷付く。
私が落ち込んで下を向くと舌打ちが聞こえ、男はつかつかと歩き、私の前で止まった。
慌てて顔をあげると、男のグレーの瞳と目があった。
「おまえ名前は」
「え?」
「名前だよ名前。あんだろ?」
「え、あ、かげ…」
まさか聞かれると思っていなかったので、慌てて名乗ろうとして踏みとどまった。
この世界の名前は、名字は後で名前が先、である。
「エアカゲ? 名前も変だな」
「ち、違います、スイナ・カゲウ、です」
慌てて修正するが、男は興味なさそうにへぇと相づちを打つだけでジロジロと私を見下ろしたまま動かない。
居心地の悪さについ目をそらす。
いや本当、なんで私はこんな場所にいるんだろう。
「……まあいいか。おいカチュ!」
「はい」
ジロジロと人の事を見ていた男は気が済んだのか、私の後ろにいた女の子に声をかけた。
何を隠そうこの水色の髪と目をした女の子が、メフィトーレスさんとの魔術訓練の後に部屋で休憩していた私を誘拐してきた犯人である。
…一年経たないうちに二回――召喚入れたら三回か――も誘拐されるとは思わなかった。何の当たり年だ。
「こいつをA-2に入れとけ」
「承知いたしました」
慇懃にそう男に一礼するとその女の子――カチュさんは私の前に立つと「失礼します」と言い、私を荷物のように肩に担ぎ上げた。
突然の事に慌てたが、慌てて動くと逆に私にもカチュさんにも危ないだろうと気付いて暴れるのは止めておいた。
そして、そんな事より、私よりも小さく細い身体のどこにそんな力があるのだろうかと驚いてしまう。
年齢はおそらく、10歳から13歳くらいなのではないだろうか。そんな女の子が、この世界の人たちに比べれば小柄な部類に含まれるとはいえ、それでもそれなりの重さ――この前まで寝込んでいた分減ってはいても――のある大人な私を担ぎ上げたのだ。
これで驚かない方が間違っていると思う。無理をしてる様子も辛そうな様子もないので、単に力持ちなだけなのかもしれないが、それにしたって驚いた。
探知魔術はかけてあると言っていたからすぐに助けに……来てくれるのだろうか? 魔術師にとって巫女は重要らしいから、その点で考えると探してくれる気もするし、それなりに仲良くなれた気もしている。だから、と考えかけて、帰りたい先があのお城になっている事に気付いた。
まだ半年も経っていないのに…、でもリリスレイアの人たちはみんな親切だったからなぁと納得し、ひとりで頷く。
教会の方はまあ、市橋嬢と鳴海嬢がどうしてるか気にはなるけれど、二人とも巫女を落第した訳ではないのだから、大丈夫だろう。そして、落第した私は教会から追い出される予定だったのだから、良く考えなくても探してたりしないんだろうなぁと、気付かなくていい事にも気付いて、そっちは少しへこんだ。
驚いたり納得したりへこんだり、我ながら忙しい。
そんな色々考えて浮き沈みする私に気付いてない事はないだろうが、彼女は特に反応することもなく。
淡々と私をA-2と呼ばれた場所まで、文字通り運んで行った。
汗ひとつかかずにそれを成し遂げたカチュさんに、これがファンタジーの王道の小さいのに力持ち少女か! と内心こっそり感動していたのは内緒である。
1月18日 誤字修正しました
小さい女の子が大きなハンマーとか斧とか振り回すのは、ある種のロマンですよね。