第61話 俺を『帰還させた者』の記録を開いたら、四百年前の俺たち十一人の後ろに十二人目が立っていました
《第十一帰還点 現管理者》
《登録名――アレン・クロフォードを帰還させた者》
表示された文字を眺めながら、俺はしばらく考えた。
考えても分からなかった。
「……誰?」
「それを我らが聞きたい」
ラグナが即座に返した。
トーマは何度目か分からない深いため息をつき、椅子へ体を預ける。
「お前、自分が誰かに帰還させられた記憶は?」
「ないよー」
「じゃあ、四百年前にこの森へ来るより前は?」
「普通にある」
俺は少し昔を思い出した。
《最初の家》を建てる以前にも旅をしていた。
町に滞在したこともあるし、森で野宿したこともある。今みたいに学生生活をしていたわけではないが、ある日突然この世界へ現れて、それ以前の記憶が全部ない、というわけではない。
「だから、『実は四百年前に異世界から帰還した直後でした』みたいな記憶はないね」
「お前の場合、本当にありそうだから笑えないんだよ」
「ひどくない?」
「世界最大企業も世界滅亡災厄も、お前が『冗談だった』って言ったあと実在したからな」
それを言われると弱い。
セレスは俺たちの会話には加わらず、表示をじっと見つめていた。
「登録日は、私たちがこの土地へ到着した日なのですね?」
「はい」
エルシアが答える。
「正確には、アレンが『ここにしよう』と決めた時刻とほぼ一致します」
俺が思い出せない数分間。
森を歩いていた。
家を建てる場所を探していた。
そして次の記憶では、もうこの土地へ決めていた。
その空白と同じ時間に、第十一帰還点では俺に関係する管理者登録が行われている。
「でも、おかしい」
ユノアが映像通信の向こうから言った。
彼女は第七帰還点から戻ったあとも、検査区画に留まっている。
何千年もの時間差があるらしい以上、すぐ自由に歩き回らせるわけにはいかない。それでも拘束されているわけではなく、今は毛布を肩へ掛けたまま、温かい飲み物を両手で持っていた。
「十一番に管理者は置かない」
「さっきも言ってたね」
「うん。もし管理者を登録したら、十一番はその人の帰還点になっちゃうから」
第一から第十まで。
それぞれには帰還者が割り当てられていた。
だが第十一だけは違う。
帰る場所そのものを失った人間のため、誰にも属さない場所として空けておく。
だからこそ、
《アレン・クロフォードを帰還させた者》
などという管理者がいること自体、本来あり得ないらしい。
「エルシア。その名前、本当に人名なの?」
俺の問いに、彼女は少し考えた。
「私もそこを疑っています」
古代文字。
俺には意味が直接分かるが、それは現代語へ一対一で翻訳されているとは限らない。
例えば《帰還点》。
俺にはそう理解できる。
しかし本来の単語には、
戻る場所。
迎える場所。
失われた位置へ復帰する場所。
そういった複数の意味が重なっているらしい。
「《アレン・クロフォードを帰還させた者》も、便宜上そう訳されているだけかもしれません」
「じゃあ原文は?」
エルシアが表示を切り替えた。
見たことのない古代文字。
でも俺には読める。
《アレン・クロフォード》
その次。
少し変わった単語がある。
「……帰る方向を与えた者?」
口にすると、ユノアが顔を上げた。
「それ」
「知ってる?」
「昔の言葉」
ユノアは少し考えてから、翻訳術式で近い意味を探す。
「家へ連れて帰った人、とは違う」
「じゃあ?」
「迷った人に、『あっちだよ』って教える人」
トーマが眉を寄せた。
「案内人?」
「近い」
ユノアが頷く。
つまり俺をどこかから物理的に連れ帰った人物とは限らない。
俺が迷っていた時。
進むべき方向を示した存在。
それが、第十一帰還点では管理者として登録されている。
「少し安心したねー」
俺が言うと、セレスがこちらを見る。
「何がです?」
「知らないうちに誰かに運ばれてきたわけじゃなさそう」
「安心する基準が低すぎませんか?」
トーマの言うことも分かる。
ただ、問題はまだ残る。
俺は何に迷っていたのか。
そして誰が、
《ここ》
を教えたのか。
「元記録を見られない?」
俺が尋ねると、エルシアはすぐに解析を始めた。
「管理者情報から、登録処理まで遡ります」
表示が切り替わる。
四百年前。
俺たちが森へ入った日。
第十一帰還点は、地下深くでほぼ休眠状態にあった。
それでも完全停止していたわけではない。
ごく弱い魔力で、周辺を観測し続けていた。
《外部生命反応検出》
十一。
俺と十人。
《帰還適性照合》
《対象十名――該当なし》
「十人は普通だったみたいだね」
「普通という言い方は引っかかりますが」
カレンが苦笑する。
続いて。
《対象一名――既存帰還情報との類似を確認》
俺だった。
トーマがすぐ反応する。
「待て。既存?」
「俺もそこ気になった」
俺たちがこの森へ来たのは、その時が初めてだったはずだ。
それなのに古代装置の中には、俺と似た何かの情報がすでに存在していた。
エルシアが詳細を開く。
《照合対象――アレン・クロフォード》
《魔力基礎波形――一致》
《肉体識別――照合不能》
《時間情報――破損》
《帰還履歴――閲覧制限》
「一致……」
セレスの声が少し低くなった。
魔力波形は指紋よりも個人差が大きい。
親子でも同じにはならない。
四百年前の俺と、もっと古い記録にいる《アレン・クロフォード》。
少なくとも古代装置は、同一人物だと判断している。
「閲覧制限を外せる?」
「創設者認証を使っても拒否されます」
「じゃあ無理しないでいいよ」
俺がそう言うと、エルシアが操作を止めた。
十人がこちらを見る。
「また?」
俺は思わず聞いた。
シズクが頷く。
「成長」
「もういいって」
トーマが笑いをこらえている。
だがセレスだけは笑っていなかった。
「アレン」
「うん?」
「怖くないのですか?」
少し意外な質問だった。
「何が?」
「自分の知らない自分の記録があることが」
俺は表示を見る。
確かに。
少し不気味ではある。
俺より古い俺の記録。
俺をこの場所へ導いた誰か。
思い出せない数分間。
「怖くないと言えば嘘かな」
セレスの目が僅かに揺れた。
「でも、急いで全部知る必要もないでしょ?」
「……はい」
「俺が何だったとしても、今ここにいるのは変わらないし」
俺は少し笑った。
「今日はちゃんとみんなと帰るよー」
セレスは一瞬黙ってから、ようやく表情を緩めた。
「はい」
その一言で、彼女が何を心配していたのか分かった気がした。
謎の正体そのものより。
俺がそれを調べるために、また一人でどこかへ行くこと。
昔と同じように。
何も言わず消えること。
そちらのほうが怖かったのだろう。
「ちなみに明日も一人で来ないからね」
「まだ何も言っていません」
「言いそうな顔だったから」
「それはアレンの台詞ではありませんか?」
少しだけ笑いが戻った。
その間にも、エルシアは閲覧制限の掛かっていない部分だけを調べている。
やがて。
「記録映像があります」
全員が投影盤を見る。
「映像?」
「正確には、帰還点周辺の魔力観測記録です。通常の映像ほど鮮明ではありませんが、当時の位置関係は再現できます」
「見よう」
広い投影盤が暗くなる。
森。
四百年前。
まだ地下施設は存在しない。
当然、《最初の家》もない。
木々の間から十一個の光が移動してくる。
魔力反応として表示されているので顔までは分からない。
しかし識別情報が付いている。
俺。
セレス。
ラグナ。
ミコト。
十人全員。
「懐かしいねー」
俺が言うと、ラグナが鼻を鳴らした。
「この時の我はまだ小さかったな」
「一番荷物多かったよね」
「鍛錬である」
「鍋まで三個持ってたよ?」
「必要であった!」
「三個とも焦がした」
ミコトの一言で、またラグナが黙った。
観測記録の中では、俺たちはゆっくり森を進んでいる。
疲れていた。
特に年下の子たちの歩みが遅い。
俺が何度も止まり、全員が付いてきているか確認している。
そして。
例の場所へ近づいた。
俺の記憶が曖昧になる地点。
観測記録の俺も、突然立ち止まった。
「ここだ」
思わず口にする。
覚えている。
この少しあと。
俺は全員に、
「ここにしようか」
と言った。
ところが。
観測記録では、それより先に異変が起きていた。
《第十一帰還点 微弱起動》
《既存帰還情報を照合》
《対象――アレン・クロフォード》
俺の魔力反応だけが、地下から伸びた細い光に触れる。
「何かされた?」
トーマが尋ねる。
エルシアは首を横へ振った。
「強制干渉ではありません。むしろ……」
表示を拡大する。
「呼びかけに近いですね」
地下から。
俺へ。
極めて弱い信号が送られている。
命令ではない。
記憶操作でもない。
ただ。
《ここにいる》
と知らせる程度のもの。
俺はそれを受け取った。
そして森の奥を見る。
そこから約十二秒。
俺の記憶がない。
映像の中の俺は、誰かと話しているように見えた。
「待って」
セレスが立ち上がった。
「誰と話しているのですか?」
そこには誰もいない。
十人は俺より少し後ろにいる。
俺だけが。
誰もいない正面を見て。
何度か頷いている。
「俺、独り言?」
「口の動きを復元します」
エルシアが観測情報から音声推定を行う。
完全ではない。
それでも俺が何を言ったか、一部だけは読み取れた。
『――いいよ』
少し間。
『みんなも?』
さらに。
『うん』
最後。
俺は笑った。
『じゃあ、ここにする』
そこで俺の現在の記憶とつながった。
次の瞬間。
四百年前の俺は十人を振り返る。
「ここ、住みやすそうだからさ。ここにしようか」
セレスたちも、その場面は覚えているらしい。
「この前に……誰かと話していた?」
「私には見えていませんでした」
「我もだ」
「誰もいなかった」
十人全員。
同じ答えだった。
「俺も覚えてないなあ」
「では誰に返事をしたのです?」
カレンに聞かれても答えられない。
しかし古代装置は、その瞬間を認識していた。
《帰還先提示》
《対象応答――承認》
《帰還処理完了》
その下。
《帰還先――第十一帰還点》
トーマが画面を指差した。
「お前、この時に帰還扱いになってるじゃねえか!」
「みたいだねー」
「四百年前のただの引っ越しだろ!?」
俺もそう思っていた。
だが古代装置にとっては違ったらしい。
十人を連れて。
住む場所を探していた俺。
帰れる場所を持っていなかった十人。
俺自身も、その時は定住先を持っていなかった。
第十一帰還点は。
俺たちがそこを家に選んだ瞬間を、
《帰還》
として記録していた。
「……なるほど」
セレスが小さく言った。
「だから第十一なのですね」
誰か一人に割り当てる場所ではない。
帰る場所を失った人へ。
新しく帰る場所を作るための場所。
俺たちは。
何も知らずに、その仕組みを正しく使っていた。
「じゃあ《アレンを帰還させた者》って?」
トーマが聞く。
エルシアが記録の続きを開く。
《帰還処理補助者――認識不能》
《帰還方向提示者――登録》
そして。
《管理権限継承》
ここまでは分かる。
問題は。
誰が方向を示したのか。
観測記録をもう一度再生する。
俺たち十一人。
誰もいない正面へ話しかける俺。
「何か残ってない?」
俺の問いに、エルシアが記録層を分解していく。
通常魔力。
生命反応。
空間反応。
古代装置独自の観測層。
一枚ずつ重ねたり、外したりする。
最初は何もなかった。
だが。
最後の層。
《帰還方向情報》
だけを可視化した瞬間。
セレスが息を呑んだ。
俺も言葉を失った。
いた。
俺たち十一人の前。
木の下。
人の形をした何かが立っている。
通常の魔力はない。
生命反応もない。
映像にも映っていない。
それでも古代帰還網には、
《そこにいる》
と認識されていた。
「十二人目……」
トーマが呟く。
人影は俺より少し背が低い。
細い。
長い髪のような輪郭。
顔は見えない。
俺はその人物へ話しかけている。
『――いいよ』
『みんなも?』
『うん』
『じゃあ、ここにする』
まるで。
相手から、
**ここを家にしていい**
と言われたように。
人影が片手を上げる。
俺の肩へ触れた。
その瞬間。
《帰還処理完了》
俺は反射的に自分の肩を触った。
何もない。
当然だ。
四百年前の話なのだから。
ところが。
俺が肩へ触れた瞬間。
頭の奥で、何かが一瞬だけ蘇った。
声。
顔は見えない。
誰なのかも分からない。
でも。
確かに誰かが、すぐ目の前で笑っていた。
そして俺へ言った。
――ここなら、大丈夫。
その次。
――今度は、ちゃんと帰ってきてね。
俺は立ち尽くした。
「アレン?」
セレスの声で我に返る。
「どうしました?」
「……今、ちょっと思い出した」
「何を?」
俺は観測記録に映る十二人目を見る。
「この人に会ったことある」
部屋が静まり返る。
「いつです?」
「分からない」
四百年前のこの日。
それ以前。
もっと昔。
記憶のどこを探しても顔は出てこない。
それでも。
声だけは。
なぜか懐かしかった。
エルシアが人影へ残された識別情報を開く。
《帰還方向提示者》
《第十一帰還点・旧管理権限》
《個体識別――》
長い間。
壊れていた文字列が復元されていく。
名前ではなかった。
そこに表示されたのは。
《帰還状態――完了済》
そして。
《現在位置――不明》
最後の一行。
《最終帰還記録――アレン・クロフォード以前》
俺より先に。
この第十一帰還点へ帰ってきた誰か。
その人物が四百年前。
俺たち十一人をここへ迎えた。
でも。
十人には見えなかった。
俺自身も忘れていた。
さらに記録を一行だけ復元すると。
今度は人影の側に、短い注記が残っていた。
《帰還先を次代へ譲渡》
《本人希望により、以後の記録から氏名を削除》
《理由――》
俺はその続きを読む。
《もう、私を待つ人はいないから》
四百年前。
俺が十人へ《帰れる場所》を作るより先に。
ここには一人。
自分を待つ者が誰もいなくなったあとも。
次に帰る場所を失った誰かのために。
この場所を残していた人がいた。




