第六話
人間一人を袋へ詰める作業には、できれば一生慣れたくなかった。
しかしながら、五回も繰り返せば手慣れたものだ。
「そっち持て」
「やだ。重い」
「殺した奴が言う台詞かよ!」
コロが組長室に引きずって戻ってきた御厨サエを、俺が黒いボディバッグへ押し込める。
やはりというべきか、今日館にいた人間で生き残ったのはどうやら俺達だけだったようだ。
齋藤も茶木組の構成員たちを面倒みるので手一杯らしい。
本当、ご苦労なこった。
曲がらないサエの膝をどうにか畳んで袋の中へ収め、ジッパーを閉じる。
その隣には犬飼レオが詰め込まれた袋が並んでいる。
マツとタケの身体を先に集めて掃除し、寝かせてやるのに時間がかかってしまった。
その結果、こいつらの関節はいつのまにやら固まり始めてしまったようで、袋がいびつに歪んでいる。
ま、これくらいは許してもらいたいもんだ。
なんとなく手を合わせる俺を、椅子に座って茶木が眺めていた。
「血のほうは清掃業者呼んどいたから、そのままでいいぞ」
「頼まれても掃除なんかしねぇよ」
「ギャハ、そう邪険にすんなよ」
茶木は重苦しい引き出しを開け、そこから一つ、また一つと札束を積んで見せる。
「さて、報酬だな。七百万でよかったか」
「ざけんな、七百十万円だ」
「キヒヒ、がめついねぇ」
茶木は黒檀の机へ頬杖をついた。
コロはスキップしながら茶木の机へと寄っていき、札束を三つとってポケットに突っ込む。
指を三本立て、得意にこちらに向けて見せた。
「赤髪、レオ、サエ。三人分ね」
「あー、もってけ泥棒」
「殺し屋~」
茶木はマジックテープで綴じた財布から万札を一枚ずつ取り出しては、残った札束の上に重ねていく。
「残り四百とんで十万。お前ェの取り分だな、斗真」
数字を聞いても、いまいち実感が湧かない。
なにせ何か月どころか、何年分の生活費だという話だ。
そんな金を一度に持っていることにすら恐怖を感じる。
そもそも、覚悟もなく人殺しへ片足を突っ込み、意図せず転がり込んできた金だ。
正直、あまり気持ちのいいものではなかった。
「ただし、悪いことは言わねえ。今すぐ全額受け取るのはやめとけ」
「あ?」
「この金は手渡しだ。銀行を通せるような、きれいな金じゃねえ」
茶木は俺の制服姿を上から下まで眺める。
「高校生のガキが急に四百万持って銀行へ行ってみろ。窓口のお姉さんが笑顔で警察呼ぶぜ」
衝撃。
全く考えていなかった。
そうか、そりゃそうだわ。
「い、家に置いとけばよぉ......」
「“猛犬”だけで安心できんのか?」
「何で知ってんだよ」
「組長だから」
答えになっていない。
「必要な分だけ、都度あちきから渡してやるよ。
都合が付きゃ帳簿も見せるし、残額も確認させてやる。
面倒な税金もかかんねぇし、これは百パーセント善意でいってんぜ」
茶木の面を見る。
相変わらず渦巻いた瞳孔にサメのようなギザ歯、何考えてるかわかりゃしねぇ。
「俺が死にゃ踏み倒せるってか」
「たかが四本、踏み倒して何になる。
お前が死んだら棺桶へ突っ込んで、一緒に焼いてやるよ」
「そいつぁ豪華な葬儀になるわ」
茶木が机を叩いて笑う。
だが、こいつもまた怪物の類だってのは間違いない。
味方とは言い難いんだろうな。
俺はため息を吐き、レオの入った袋へ目を落とした。
「そういやこいつ、本当に病気の母親がいんの?」
「何であちきに聞くんだよ」
「うちの防犯設備のこともご存知だったからな。
ただのアルバイトですらこれなら、雇う可能性のある人間の身辺調査くらいするだろ」
「ギャハ。斗真~、お前ェ結構賢いなァ!」
一瞬の沈黙。
茶木は片眉を上げ、半目でこちらをジトっと眺めている。
言うべきかどうか、というところか。
もうそれ、答えみたいなもんだけどな。
「癌で地方の病院に入ってる。治療を続けても持って五年ってとこだ」
「治療費は?」
「あーあー。だから言わねぇ方がいいかなって思ったんだよ」
「俺も聞かねぇ方がいいかなって思った」
苦笑する茶木。
「保険の利く範囲だけでも今後数百万。自由診療にも手を出してた。続けりゃ一千万近く飛んでも不思議じゃねえ」
まー、そうなるよなぁ。
本当聞かなきゃよかったぜ。
いや、もしかしたら聞いてよかったのかもしれない。
「はぁ......」
レオが糞野郎だったことには変わりねぇ。
とはいえ、"知っちまった分"だけ、命の値段は上がっちまった。
「四百万、そっちへ回しといてくれ」
そこから目を背けていたら、俺もまた安い男になっちまうんだろうさ。
どうせ悪銭、妹の学費はまた稼げばいい。
「そうかい、じゃあ十万は?」
「......ん」
つくづく性格の悪いやつだ。
言うのもこっぱずかしいので、無言で手を伸ばす。
「ケツの穴小さいのは誰だっけかねぇ」
「うるせぇ、これは俺のバイト代だろうがよ」
鼻で笑うと茶木は椅子から飛び降り、とことこと俺のほうへと歩み寄ってきた。
十枚の万札を俺の手のひらにたたきつけ、同時にぐっと手を握る。
「任侠ってのはな、計算が合ってりゃいいってもんじゃねぇ。
合理だけで生きる人間は、合理で裏切る。
あちきはな、お前ェがお前ェだから手を組んでもいいって思ったんだぜ」
中学生の、ガキの手だ。
小さくて熱い。
そこにもう一つ、氷にみてぇに冷たい感触が乗っかってくる。
瞳孔ガン開きサイコ女の手だ。
「アタシは面白そうだから~」
「......くはぁ~。完全に道を踏み外しちまったよなぁ~これ」
「ギャハ、悪ィな。またよろしく頼むぜ、斗真、コロちゃん」
これが、俺の人生が"最悪"に塗れた最初の一日だった。
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昼間斗真とコロが屋敷を出て、しばらく後。
監視カメラの記録映像から、先の激闘を眺める茶木。
その表情は、恍惚。
「あはぁぁぁぁ♡ 伝説かかかかかっこ良~~~~!」
両手を頬にあて、ほっぺたが落ちないように唾液を垂れ流す。
頭上の髪が、飾り付きのヘアゴムごとブンブンと左右に揺れる。
「見たか齋藤! 見たか今の!」
「まぁ、へい」
「手首! ぽこんって! ぽこんって外したぞ!」
「よくそんな興奮できますね」
「血ぶっかけられても瞬き一つしねえ! 頭突き食らっても煙草すら落とさなかった!」
「もう十回目っすよ」
「あんなの普通できるかぁ!?」
「聞いてねぇなこのガキ」
ばこん。
机に置いてあった拳銃のグリップで殴られる齋藤。
ぴゅーと額から血が噴き出す。
「痛いっす」
「"初めてだぜ、全力で人を殴ったのはよ"」
「はぁ......」
茶木は机に置いたノートPCへ飛びつき、録画映像のシークバーをずらしていく。
『戦いと呼べる部分は、もう終わった』
録画の中から斗真の声が流れ、茶木の黒い瞳孔が激しく回る。
「くぅぅぅ~~~! かっけぇぇぇぇ!
このお宝映像を手に入れるのに、苦労したかいがあったぜぇ~~~!」
齋藤は机の上の血を拭きながら淡々と訊いた。
「どこまでが計画っすか」
ぴたり。
茶木の動きが止まる。
「何が」
「"サソリ"の代わりになる殺し屋を探そうってところから、今までの全部っすよ」
「ギャハ」
赤髪の女――裏で“サソリ”と呼ばれていた殺し屋。
彼女は先代組長の頃からの付き合いであり、茶木とも決して浅い仲ではなかった。
齋藤は、二人が過ごした時間に思いを馳せていた。
茶木は椅子へよじ登り、座り直す。
「あんま買いかぶるもんじゃねぇよ」
「偶然ではないでしょう」
「そりゃぁな」
茶木は鼻で笑う。
「"伝説"とお近づきになりたいってだけで、ここまでの人間ぶっ殺したんすか」
「オイオイオイオイ、人聞き悪いこというんじゃねぇや齋藤」
齋藤は納得いかない顔で、茶木に目も合わせようとしない。
ただ淡々と、血で汚れたハンカチを畳んでいる。
「サソリは先代からウチでやってくれてた信用のおける殺し屋でした。
マツタケ兄弟だって、死なすには惜しい連中だったんじゃないっすか」
「つまり?」
「"不義理"じゃぁねぇかってんですよ」
はっきりと、茶木を非難する齋藤。
茶木が生まれてから今まで側近として仕えてきた齋藤は、ときおりこうして茶木の方針に口を出す。
それが役目のひとつであると、茶木もまた理解して許してきた。
「なんで不義理なんだよ、いってみ」
「だって義理あるサソリの殺害依頼をだすわ、気に入ってるとまで言ったマツタケ兄弟を狂人コンビに殺させるわ、道具みてぇに味方を切り捨ててんじゃないっすか。
それに、外部の人間だけならまだしも、被害を抑えたとはいえウチの組員も死んでんすよ。
それでやることが意中の相手とお近づきになりたいってんでしょ」
茶木のギザ歯が覗く。
「たしかに、結果的にはそうなったな」
「いっちゃあれですが、職権乱用じゃないっすか。
組長にとって、茶木組の看板と人間は趣味で消費できる程度のもんなんすかい」
「ギャハ。じゃあよ、お前"サソリ"が本気出したらコロちゃんに殺られてたと思うか?」
齋藤は鼻で笑う。
「確かにコロは相当やりますけど、サソリはレオやサエなんかとは格が違いますよ」
「そうだよ。
......あいつは死に場所を求めてた。
今回の依頼は、最終確認でしかなかったんだ。
生きるつもりがあったなら、ここにゃコロちゃんじゃなくてアイツが立ってたと思うぜ」
「まぁそりゃ......そうかもしんないっすけど」
俯く齋藤を横目に茶木はPCを畳み、パックの牛乳を開いてがぶ飲みする。
「ぷはっ。マツタケだって、あちきは本当に気に入ってたんだ。
あいつらにちゃんと門番を果たす力があればその方が何倍もよかった」
「知ってた襲撃の可能性を伝えなかったんだ。
罠にはめたようなもんでしょう」
「違うね。
鉄鷲の戸を守るなら、奴らは想定外の襲撃を弾き返せなければならなかった。
たとえ"高校生のガキが死体を持ち込み、二人を分断するような隙が偶然生まれようとも"な」
「......」
ぱこん。
空の牛乳パックを指ではじき、机の下へと落とす。
齋藤はそれを拾い上げ、ポケットに畳んでおいたビニール袋で回収する。
「つまるところ、だ。
”サソリに生きる意志がまだ残っているか”
"マツとタケに仕事を任せられるだけの実力があるか"
"新たな殺し屋候補にサソリの後釜を任せられるか"
"伝説は本当に伝説なのか"
それらを同時に確認したってだけなのさ。
すべては鉄鷲会茶木組、その力を確かなものにするためにな」
齋藤の腕には、いつの間にか鳥肌が立っていた。
茶木が用意したのは、一つの結末へ向けた筋書きではない。
サソリが生き残っても。
マツとタケが門を守っても。
そして、コロが想像より弱く、犬飼と御厨を望み通り雇ってやることになっても。
どの札が残っても、次の一手へつなげられる盤面だった。
だが、その盤面を作ったのが茶木組のためだったのか。
斗真へ近づくためだったのか。
齋藤にも、そこまでは見切れなかった。
「......出過ぎた発言でした」
「ギャハ、いいよ」
「もう一つ聞いてもいいっすか」
「おう」
「今日、襲撃があったのも組長の手引きっすか。
そんでもって、今日屋敷に残った組員の連中も、何か意図をもって選んだんすか」
茶木は机に置いたリボルバーのシリンダーをじりじりと回転させながら、齋藤の言葉を聞いていた。
ふと回ったシリンダーを指で止め、振り返る。
「ふたつ聞いてんぜ、齋藤」
「......失礼しやした」
一瞬の沈黙。
齋藤の息が詰まりかけた時、茶木は思いっきり椅子の背もたれに寄りかかって息を吐く。
「ふぃー、でーもなー、こんだけいろいろ考えてるんだけどさ、
やっぱり想定外ってやつに出会える瞬間が、一番うれしんだよなぁ」
「......想定外?」
茶木は椅子のひじ掛けに頬杖をつきながら、自らの手のひらを眺める。
「本当は、斗真サマは借金で漬けて飼ってやろうと思ってたんだ。
強い不良なら、ヤクザとしちゃ囲い込みたくもなるじゃん?
それがさぁ、いきなりこんな鉄火場に突っ込まれながら、必死にビビってんの隠しながらさぁ」
ぞくり。
今度は齋藤の背筋が震えた。
「必死こいて状況を利用して、えっちらほっちらあちきと対等なところまで持ってきやがった。
はぁ、あはぁ♡ 最ッッッ高だよ~~! 斗真サマぁ~♡」
齋藤はただ眼を閉じるしかなかった。
生まれたころから娘のように面倒を見て来た茶木まひる、こんな立場にいるものではあるがまだ中学生の女の子でもある。
普段は確かに恐ろしげな怪物といっても過言ではないが、人並みに恋をしたりすることもあるだろうと。
きっとその時には少女漫画のように胸をときめかせ、普通の女の子に戻れる時があるのだろうと。
そんな期待をしていた。
まさか、これほどまでに拗らせているとは。
組長、まっすぐ育ててあげられなくて、本当にすみませんでした。
齋藤は悲しいです。
ばこん。
机に置いてあった拳銃のグリップで殴られる齋藤。
ぴゅーと額から血が噴き出す。
「痛いっす」
「なんかお前ェ、今失礼なこと考えてなかったか」
「思想の自由は基本的人権っすよ」
「そうだな。三回まわってワンと鳴け」
「......ワン」
「それでいいんだよ」
そういうと茶木はまたPCを開き、斗真の動画を再生しはじめる。
動画の中で、斗真が再びレオへ告げる。
『戦いと呼べる部分は、もう終わった』
茶木は何度目かも分からない歓声を上げる。
斗真から預かった400万を引き出しに仕舞い込みながら。




