波乱
「人間の先生を出してください!」
怒声が園の昇降口に響き渡る。
「じんくんママ落ち着いてください!」
砂ちゃん先生がなだめるのも聞かずに、声が教室に近づいてくる。
大きな音を立てて扉が開かれると、そこにはつややかな黒髪が美しい女性が怒りに目を吊り上げながらこちらを見ていた。
金色の美しい瞳の瞳孔は細く、改めて人間が私だけだということを実感する。
声はすべて聞こえていたので、彼女がじんくんママなのだろう。
じんくんママは私より頭一つは身長が高く、怒りに顔をゆがませているがかなりの美人であることはわかる。じんくんも将来イケメンになりそうだなと思っていたが、なるほど納得だ。
「あなたが人間?ここで働くなんて命知らずにもほどがあるわ!今すぐここから出て行って!じんのそばに寄らないで!」
私を指差し大きな声を出すじんくんママの希薄に、お迎えがまだの子供たちもおびえてしまい、空気がどんどん悪くなってしまう。
「えと、じんくんママですね?初めまして、今月から正式にこのクラスの副担任になりましたさくらです。子供たちが見ているのでいったん別室でお話ししませんか?」
龍神族なせいか、放つオーラがとにかく強い。
気を抜くと意識を手放してしまいそうだ。
「・・・わかりました」
じんくんママは息を大きく吐いてから放っていた気を収めるとそのまま職員室の方向に歩いて行ってしまった。
「さくら先生、じんくんは私に任せて行ってくるといいよ~。引き継ぎしてもらい次第砂ちゃん先生も向かわせるから!」
ニコ先生が笑顔でこちらにVサインを向ける。
それに甘えて私も頷き、職員室に向かった。
職員室の中に入ると園長室に通される。
中に入ればじんくんママがソファに座り、イライラした様子で歯を強くかみしめている。
「それで、園長先生はなぜこんな貧弱な生き物を雇うことにしたのか、言い訳をお聞きしても?」
じんくんママの声は重く空気を震わせる。霊力ってやつなのだろうか?
「私はスカウトしたつもりはないのよ。これを視認できたってだけじゃ、言い訳としてはあまいかしら?」
園長先生がそう言ってエプロンのポケットから取り出したのは、あの日見た求人広告だ。
「そんな紙切れ・・・っえ・・・?」
「ふふ、気が付いた?」
じんくんママは黙り込み下をむいたまま動かなくなってしまった。
「霊獣の毛を混ぜ、霊力を練り込みながら特殊な製法で作られた紙よ。わざわざ現世に紛れている妖怪の一人でもと思っていたんだけど、まさかさくら先生が引っかかるとは思わなかったけどね」
園長先生はそう言って笑いながら自分の尻尾の一つを軽く手でなぞった。
「この紙は妖怪や神のような、人間の言う霊感があるとはレベルの違う、霊力が魂にむずびついているものにしか視認できないようにできてるの。だからさくら先生はたぶん普通の人間じゃないのよね~」
「園長先生!なんですかそれは!!初耳なんですけど!!」
「あなたもしらなかったの?」
園長先生はひとり楽しそうに笑っている。
「ふふ、まぁあなたのルーツは今絶賛調べ中だから、そこは気長に待っててくれるかしら?」
すっかり空気が緩んでしまった中、じんくんママが口を開いた。
「・・・ごめんなさい」
「へ?」
「だってどう見ても人間なものだから、私の元夫のように責任を果たす前に死んでしまうのかもと思ったら・・・」
責任・・・?
「・・・とにかく、言葉が過ぎたことは謝罪します。さくら先生、園長先生、すいませんでした」
じんくんママは深く頭を下げると、そのまま廊下にでていってしまった。
「じん~!帰るわよ~!!!」
声が遠ざかったのを確認すると、園長先生は資料を机から取り出し並べた。
「さ、先月連絡もらった件について、調査が進んだから、気が付いてくれたさくら先生にも共有しようと思って」
資料にはじんくんの体に見られた傷あとの調査報告、各種族の族長への聴取などがまとめられていた。
「じんくんからお話も聞けました。お父さんがあの子が生まれてすぐの頃に老衰で亡くなったみたいで、それからじんくんママは自分が人間とつがいになどなったせいでじんくんがこれから苦しむと隠れて泣いていたみたいね」
「え、じゃああの傷は・・・」
「もともと黒龍は龍神族の中でも荒魂の割合が強い種族なの。母親の惨状を見て強くならなければと力の制御を練習していたそうなの。その時に野良の低級妖怪に喧嘩を売ってしまったんですって」
「その時にできた傷・・・」
「そ、あなたの心配していたようなことではなかったの。本当によかったわ」
全身の力が抜け、思わず座り込んでしまう。
「じんくんママは種族中を敵に回してまで結婚してじんくんを産んだから、味方が少ない分自分がしっかりしないとと常にピリピリしている状況ね」
「それであんなにエリートみたいな雰囲気を持っていたんですね」
それからじんくんママは、改めて翌日、朝の登園時間に謝罪をしてくれた。じんくん本人からもごめんなさいと言ってもらえ、一件落着かと思ったのだが・・・
「ひめしゃが組の新しく入った副担任、人間らしいわよ」
「えぇ・・・子供たちの相手をして死んでしまったら私たちのせいになるんじゃないの?」
「園長先生もなんであんな貧弱な生き物を・・・」
他のクラスのママさんたちの間で変な噂が流れているのに気が付いたのはじんくんママと打ち解けて一週間がたってからだった。
「すいません・・・たぶんせつなちゃんパパだと思います・・・」
お迎えの時間、じんくんママの耳打ちに辺りを見回すと、白い長髪を高く結い上げた美しい男性が、二人の女の子と手をつなぎながら、こちらを睨みつけている姿が見えた。
「せつなちゃんの妹、ゆきちゃんのクラスに噂をひろめたみたいで、そのクラスの園児さんたちの兄弟からさらに噂が広まったみたいです。私が大騒ぎしたばっかりに・・・」
申し訳なさそうなじんくんママに気にしていないと返し、私はいつも通り園での様子を報告した。




