意外と普通
クラスは人間の保育園と同じ5学年で分かれているらしく、人外それぞれの種族によって基準が違うらしい。
「乳児クラスさんは室内が天変地異になること多いから、あんまり近寄らないように気を付けてね」
ここね園長の視線の先には重厚な扉が見える。その向こうから聞こえる爆発音に驚いて足を止めると、ここね園長は苦笑した。
「今年入った新入園児さんに龍神様の双子のお子さんがいてね、泣く代わりに嵐を発生させちゃうの。
ベテランの不死野ことり先生じゃないと耐えられないから、絶対に近寄らないでね」
扉の向こうではどんなえげつないことが起きているのか・・・
「さてさて、まずはお話がちゃんとできる一番年上のクラスに行きましょう」
案内された『さざんか組』の教室では長テーブルで創作遊びをしている子供たちの姿が窓から見て取れた。
何を作っているんだろう。
初夏なので夏の創作遊びかな?
廊下から中を観察していると、おそらく前の創作の時間で作ったのか、それぞれが自己流にクレヨンで沢山塗りつぶした紙を破いたりハサミで切ったりしてカップスイーツのプラカップに入れている。
子供たちの前にはアジサイの花と葉の形に切られた色紙を張り付けた画用紙が置かれている。
「アジサイのちぎり絵ですね。」
「園の夏祭りで展示するの。学習発表会も兼ねてるからね。他のクラスもいろいろ用意しているのよ。夏祭りの屋台は保護者が専用のチケットを購入してやり取りするルールにしているの」
「結構普通の人間の保育園と同じなんですね」
ここね園長は得意げに鼻を鳴らすと、次のクラスに案内してくれた。
「一応あなたにもしここで働いてもらうことになったら、人間に例えると四歳児クラスの『ひめしゃが組』に入ってもらう予定よ。ここ」
ひめしゃが組の教室内では音楽遊びをしているのか、ピアノのポンポンとした楽し気な音に合わせて子供たちがキャッキャと飛び跳ねている。
「たつまきぐるぐるほしがまい♪うろこがぴかぴかきれいだな♪おそらのうえからみていたら♪おみずがたくさんふってきた♪きもちいな♪つめたいな♪」
「聞いたことない歌ですね」
「ふふ、この曲は黒兎いなみ先生が作ったオリジナルなの」
「人間世界の童謡は使っても大丈夫なんですか?」
「いいわよ~!むしろみんなあなたたちの世界の童謡を知らないから教えてほしいわ」
ここね園長の言葉にホッと胸をなでおろす。とりあえず家に帰ったら楽譜を引っ張り出して練習しなきゃな。
それにしてもリトミックかぁ。レクリエーション講師の資格も取っておけばよかったな。
そのままひめしゃが組の教室を離れ、他の組も順番に回る。
先ほど園庭で外遊びをしていたのは人間に例えると三歳児クラスのあじさい組だそうだ。
「二歳さんはおさんぽかな?今はいないから午睡の時間にでももう一度来ましょう。一歳児クラスは・・・あ、いまこてつくんが癇癪起こしてるわね。感電するかもしれないから後にしましょう」
未満児クラスの見学は後回しということで先に職員室に向かった。
職員室には事務員さんが二人、副園長と思われるかっぷくのいい大きな男の人がデスクに向かっていた。
「おや、ずいぶんと早かったですね」
「未満児さんが全クラスタイミング悪かったので、先にこっちに来たの。サクラさん、この大きいのが副園長で大入道の道又だい先生、二人は事務員さん。ろくろ首の六木しゅなさんと化け狸の鼓道はちさん。肩書きは事務員だけどいちおう保育士としてヘルプに入ることもあるの」
先ほどの未満児クラスの惨状を思い出すと、ヘルプは必要だろうなとすぐに納得した。
「雷獣の兄弟がなかなか曲者でね、担任してくれてる先生たちには頭が上がらないわ」
しゅなさんが出してくれたお茶は前日に飲んだものと同じ味がした。
「このお茶、何の茶葉を使ってるんですか?不思議な味がする・・・」
「普通のティーバッグですよ。たぶん水かしら。水神様から頂いた井戸の水を引いているの」
「でも味が違うってわかるなんて、サクラさんは水に縁のある妖怪か何かの血を受け継いでるのかもしれないわね」
だい副園長はふむ、と私の目を覗き込んで何かを考えたかと思うと、私の手を取って大げさな様子で縦に振った。
「君は不思議な気配をまとっているねぇ。貴女さえよければうちの園にぜひ来てほしい人材だ!その代わり君が求人を見つけられたのはなぜかこちらの使えるツテを全部使って調べてあげよう」
だい副園長の言葉に思わず顔を上げると、穏やかな瞳を可愛らしくウインクしながらおおらかな笑顔を向けてくれた。
それから様々積もる話をしていると、あっと言う間に昼食の時間になり、各教室からにぎやかな声が聞こえてくる。
今日の献立は白ご飯に白身魚の塩焼き、わかめのサラダ、豆腐の味噌汁。おやつはカボチャ入り揚げ餃子だそうだ。歯の生えそろっていない年齢のクラスはおやつに皮の中身を丸めただけの甘いカボチャ団子がでるらしい。
「味が結構しっかりしてますね。しかも食べやすい」
わざわざ私の分を多く用意してくれていたので、検食ついでというていでありがたくいただく。
白ご飯はふっくら甘く、白身魚の塩味は優しい味付けで濃すぎず薄すぎずちょうどいい。みそ汁はほんのりあったかい。これなら火傷の心配もないだろう。サラダは小さくカットされていて飲み込みやすいサイズで、なんとドレッシングはゴマだった。
「健康を考えて味は薄めにしてあるはずなんだけど・・・サクラさんの元居た園はどんなお給食がでていたの?」
「えと、食育に特化していて素材の味を子供に体験させるのが園のウリだったので・・・・その・・・日によって味の濃さが違ったんです。濃すぎたり味がしなかったり・・・」
「子供たちはそれをよろこんでたべてたの?」
「味がないことがほとんどだったのでもちろん食べません・・・」
「でしょうねぇ」
ここね園長は呆れたように苦笑いをしている。
「園の調理員さんは資格は・・・」
「さすがにあるとは思いますが、看護とかの資格はなかったのでミルクを作れなかったと記憶しています。しかも量も毎回違くて、食育とは?って思っていました」
「本当にあなた、その園やめて正解!」
ここね園長は私のことを強く抱きしめてくれた。
ふさふさの尻尾が顔に当たりくずぐったい。
「お昼食べたら午睡の時間まで待ってから改めて各クラスにご挨拶行きましょう?」
「はい!」
「じゃあ私は外の掃き掃除してきますね。しゅなさんは今度来る実習生さんのプラン作成資料まとめるのをお願いします。はちさんは送り迎え用の火車のメンテナンスをお願いします」
だい副園長は事務員に指示を出すと箒をもって部屋から出て行った。
入違うように尻尾が二つ映えた女性が入ってくる。忙しいのか声をかける余裕もない様子で制作用の色画用紙を持ってそのまま出て行ってしまった。
先ほど園庭で見た先生だ。
「三歳児クラスの担任の先生ね。挨拶しに行こうか」
ここね園長に促されて慌てて廊下に出て声をかけると、茶髪おかっぱの猫耳の先生が振り返る。
「ん?どうしたんですか園長。その人間は?」
細い瞳孔が特徴的な綺麗なエメラルドグリーンにみつめられる。
「就職希望のサクラさん。今見学に来ていただいてたの」
「へぇ~?・・・ま、いいか。求人みたから来れたんでしょ?ならまあただの人間じゃないってことだもんね!私は猫田にこ!一応最年少だったんだけど貴女が来たらそれもなくなるのかぁ。あ、猫又だよ~!よろしく~。じゃ、私は来週の準備と連絡帳の記入があるから!あ、月案書いてないや!!」
一方的に言いたいことだけ言って楽しそうに廊下の先に消えてしまったにこ先生にどうすることもできず、私はただ虚空に手を伸ばすだけだった。
「相変わらずね~。さ、他のクラスも回りましょうか」
ここね園長の言葉にハッとしてその後ろをついていくことにした。




