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歯車の使い  作者: 衣白帽紫


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32/32

31'騎士を呼ぶ者~BIRTHDAY~

 とある騎士の名門家に、産声が上がった。屋敷内を使用人達が慌ただしく駆け回る。当主のベアナイト=カーレッジは、自室を叩くノックに逸る気持ちを押さえて立ち上がった。

 生まれた我が子を見た時、ベアナイトは、絶望した。何と弱々しい赤ん坊なのだと。赤ん坊を取り上げた産婆も産んだ妻も沈痛な面持ちだ。産声は弱々しく儚げだった。今、赤子はくたびれた様に眠っている。その体は小さく細く、先に生まれた兄弟たちとは、比べるまでもなく弱々しかった。

 ベアナイトは、妻を労い、慰めの言葉をかけた。まだ生まれたばかりだ。乳を飲むうちに、体はしっかりしてくるだろうと。妻は、うっすら微笑んだが、落胆を隠せない様子だった。ベアナイトは、汗の滲んだその額に口付けた。そして、傍らでぐったり眠る赤子の小さな手に触れた。その手は温かく柔らかい。

「ようこそ。カーレッジ家へ。誕生日おめでとう」

子が生まれる度に、贈る祝福の言葉は、今回ばかりは、いつもより力がこもっていた。儚げな我が子は、数日ともたないのではないか。そんな懸念を拭えなかった。そして、懸念は現実のものとなった。

 生まれたばかりの赤子は、乳の吸いも悪く、乳母と妻を困惑させた。体はなかなか肥えず、小さいままだ。しかも病気がちで皆を心配させてばかりだった。ベアナイトは、自室に三人の息子達を呼びつけた。皆立派な体格で騎士の家を継ぐに相応しい堂々とした姿をしていた。長男のイーグルナイト、次男のホークナイト、そして三男のオウルナイトだ。カーレッジ家では、名前に必ずナイトを入れるのが伝統だ。そこには、国を守るに相応しい、勇ましい騎士に育ってほしいとの願いがこめられている。

「弟は、随分か弱いようですね。父上」

心配そうにオウルナイトが言った。

「まだまだ生まれたばかりです。すぐに丈夫になりますよ」

励ますようにホークナイトが言った。 

「もし、このまま病弱なまま育とうと、この家には、我々兄弟がおります。無理に騎士に育てなくても良いでしょう」

イーグルナイトが優しい口調で言った。ベアナイトは、ほっと息を吐いた。この息子達は非常に頼りになる。本当に良くできた息子達だ。

「ありがとう。おまえ達。医師とも話したのだが、あの子は、騎士には育たないだろう。身体が弱すぎる。魔法学校のカード占い師にも見てもらったが、あの子は騎士の道を歩いていなかった」

騎士の名門に生まれながら、騎士として育てることができない。その現実は、ベアナイトの心に重くのし掛かった。きっとあの子は、成長の過程でその壁にぶち当たる。名門騎士家の出来損ない。この家に仕える古い使用人達からは、すでにそんな陰口を叩かれている始末だ。されど、使用人を注意出来ずにいるのは、自身の心にもまた、蔑む気持ちがあるからだ。実に浅ましいことだ。ベアナイトは、己の心境を息子達に語った。

「どう生まれたかは、あの子の責任でもないし、父上や母上の責任でもありません」

イーグルナイトが言った。

「あの子の分まで私達が立派に努めます」

ホークナイトが言った。

「いかなる蔑みからも私達があの子を守りましょう」

オウルナイトが言った。ベアナイトは、胸の内の氷のような失望感が溶けていくのを感じた。

「ところで、名前は、お決めになったのですか?」

オウルナイトが尋ねた。

「我が家では、ナイトを入れるのが伝統ですよね?」

ホークナイトが言った。

「小さくかわいい弟には、どんな名前が良いでしょう?」

イーグルナイトが思案するように言った。三人の息子達は、一人は腕を組み、一人は顎に手を当て、一人はうつ向いて考え込んだ。

「ウェーンナイト」

イーグルナイトが提案した。

「スパロウナイト」

ホークナイトが提案した。

「ワーティルナイト」

オウルナイトが提案した。ベアナイトは、首を振った。

「あまり弱そうな名前を考えるでない。しかし、困ったな」

三人の兄弟の案の流れで、一瞬、チェケディナイトと考えてしまったベアナイトは、眉間を揉みながらうなった。鷦鷯(みそさざい)に雀に鶺鴒(せきれい)四十雀(しじゅうから)。兄弟たちは、皆鳥から名前を取ったからそういう発想になるのは無理もない。しかし、小鳥の名をつけるのは、か弱さを象徴するようで適切ではないだろう。あまり名付けを延ばしてはいけない。名前をつけて家の者にしないと、赤子は、魔にさらわれてしまう。これは迷信に過ぎないが、弱々しい我が子を見ていると、迷信も真実になってしまいそうで恐ろしい。ベアナイトは、悩ましげに三人の息子達の顔を眺めた。

 三人の息子を退室させた後、ベアナイトは、ため息をついた。結局、四人であれこれ考えたが、しっくり来る名前は浮かばなかった。どうしたものか。ベアナイトは椅子の背もたれに寄りかかり、天井を見上げた。思い出すのは、先ほどの会話だ。良い息子達だ。前向きで優しく頼もしい。必ずや、か弱い末っ子の助けになるだろう。

 しばらく天井を見上げ続けていたベアナイトは、ようやく姿勢を戻した。「よし」とベアナイトは小さく呟いた。

 命名の日、ベアナイトは家の者を広間に集めた。その腕には、小さな赤ん坊が抱かれている。生まれたばかりの頃よりは、いささかしっかりした印象だが、弱々しい様子は未だ変わらない。

「この子の名前は……」


***


「My name is "call the knight".」


 コーゾがそう言うと、絶望に打ちひしがれていたシマリスが脱力した。きっと冗談だと思ったに違いない。しかし、これは冗談ではない。正真正銘の真名である。心配性の父が、か弱い息子に贈った名前だ。騎士たる兄を助けにし、その手を取ることを恥じぬように、と。たとえ弱くとも、騎士たる兄を呼ぶことで、兄を支えに生きていけるように、と。当然のごとく、コーゾはこの名を嫌った。この名を理解できる年になった時、コーゾは「ふざけんなー!!」と絶叫した。だから、魔法の才覚が現れると早々に真名を隠した。魔法使いは、当時、最恐の魔法使いと謂われた魔王の標的となっていた。魔王による魔法使い狩りが行われたこともあった。だから、当時は、魔法使いが名前を隠すのは、自己防衛策として誰もが受け入れた。父達に言い訳するためにも、それは、コーゾにとって好都合だった。

 でも、まぁ、とコーゾは思う。冗談に思われたにせよ、絶望に傾いたおチビな魔法使いの心をほぐすことが出来たのは上々だ。呪い持ちが絶望すると、ろくなことがないのだ。それに、この名のお陰で、この魔法を構築するに至ったのだ。コーゾは、隕石を切り刻む巨大な騎士を見上げた。


やったわね、コーゾ!


愛しい声が聞こえた気がした。


やったよ、ヴァニラ。


心で返事をし、コーゾはそっと目を閉じた。

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