転生したら悪女だった20
庭師のジョゼッペ爺さんこと、ジャック・ハワード廃伯爵とフレドリック・ユグアス王弟殿下が、賊の女を地下室に運びながら言った。ジョゼッペ爺さんの悪いはずの足にはなんの異常も見受けられない。
「ロレインさんは間違いなく私の娘です。正直なところ、あまりの違いように、入れ替わったのではないかと疑っていたのですが、あの格闘術は私が教えたわざです」
「そうか。ロレインは、もともとああいう娘だったのではないかと思っているんだ」
「私の娘は腕が鈍っています。一撃で倒せないなんて、暗殺卿の娘としてはあるまじきことです」
暗殺卿は、スパイ卿とも風紀委員伯とも言われる。王族に仇なす貴族や、素行不良の貴族を調べあげ、秘密裏に処分する役職だ。
ジャック・ハワード伯爵は、愛娘に暗殺術を教え込んできた。
暗殺卿を娘に継がせるつもりはなかったが、自らの身を守るために必要だったからだ。暗殺卿の娘は暗殺される可能性が極めて高いからである。
暗殺卿は、人知れず存在を囁かられる存在だ。
だが、去年の王兄殿下の乱により、粛正する貴族の数が多くなったことから、ハワード伯爵が暗殺卿であることが知られてしまった。
そこで自殺したことにして、ハワード伯爵の身を隠すことにした。
灯台下暗し(とうだいもとくらし)。
まさかハワード伯爵が王弟殿下の屋敷で庭師として過ごしているなんて、貴族の誰も気付かないだろう。
「いや、さすがだ。ちゃんと狼藉者を無力化したではないか?」
「偶然です。こんな晴天に雷が落ちるなんて考えられない」
「ロレインは、神に愛されているのかもしれぬ。私たちの出る幕はなかったな」
賊の女を地下牢に入れて鍵を閉め、階段を上がる。
「殿下。この女が盗もうとしていたネックレスです」
「ありがとう。母の形見なんだ」
そのネックレスは、偶然にも、ロレインが掃除して見つけたものだった。
「王宮の肖像画のネックレスと同じものですね。王家の紋章も入っている。賊の女はこれを見つけたとき、喜んだことでしょう」
「賊の女はおそらく王兄派。亡き母上の遺言として、兄上に王位を譲るご意向だという書き付けとこのネックレスが、王兄派の貴族たちから議会へ提出されるのであろう」
「おそらく」
「王弟フレドリック・ユグアスより前暗殺卿に命ずる。王兄派を一掃せよ」
「新暗殺卿の仰せのままに」
☆
二人はロレインの部屋に向かった。
元はゴミ部屋だった質素な部屋で、彼女は木箱を裏返して作ったベッドで眠っていた。
「大丈夫なのか? 真っ青ではないか」
「対毒訓練を経てますので、死ぬようなことはありません。意識が戻らないのは落雷のせいでしょう」
「かわいそうに」
「娘の記憶はほんとうに戻ったのでしょうか?」
「わからぬ。……平凡に生きたいんだと言っていたな」
「暗殺卿の娘であることは、ロレインには負担だったのかもしれません。弱いところのある娘でしたから」
「そうなのか? 強い女だと思っていた」
フレドリックは首をひねった。
ロレインは胸の開いた紫のドレスを着て、失礼な男にはワインをぶっかけたりもした。
悪女だと噂されても毅然としていて、強くて美しかった。
その彼女が弱いところがあると言われてもピンとこない。
「私の仕事を知った頃から、私は令嬢たちと仲良くなってはいけないだと言い出して、派手なドレスを着るようになりました。わざと嫌われるようにしむけているように思えました」
「あっ。もしかして、婚約破棄は、それが原因だったのか!?」
「わかりません。暗殺卿は必要悪です。私服を肥やす貴族を粛正することは、民のためであり、我が国を守り、革命を未然に防ぐことであると娘には言い聞かせてきたのですが」
「だが、すべての罪を彼女に着せて絞首刑にしたのは、いくらなんでもひどかったよな……」
「暗殺卿の娘の宿命です」
☆
私――ロレインは夢を見ていた。
「暗殺卿は必要悪だ。私服を肥やす貴族を粛正することは民を守り、革命を未然に防ぐことだ。戦争を起こさないために、暗殺卿がいるのだ」
貴族の男性が、10歳ぐらいの私に言い聞かせている。
その貴族の男性は、なんでか庭師のジュゼッペさんに似ていた。
年齢がもう、まったく違うけど。ずっとずっと若いけど。
これはこの世界のロレインの記憶だ。
「わかっております。お父様」
私は言った。
格闘訓練にナイフ術は楽しかったけど、対毒訓練は苦しかった。毒薬をごく少量飲んで、身体を毒に慣らすのだ。私自身が毒になったようだった。
暗殺卿が必要なことはわかっている。父は私に継がせたくないと思っていることも。
私が訓練しているこの暗殺術は、私の身を守るため。
暗殺卿の娘は、暗殺される可能性があるから。
貴族学校で仲良かった私の友達の父が死んだ。
父が処分したのだと、すぐにわかった。
悲しむ友達を見て、私は思った。
私は友達を作ってはいけない。
幸せなんて、求めてはいけない。
悪女になろう。
友達なんてできないように。
私は毒だから。
婚約を解消しよう。
政略結婚だが、殿下は嫌いではない。むしろ好きだ。でも、私は幸せになってはいけないのだ。
婚約解消は悪女としての私の評判を確かなものにした。
「ロレイン・ハワード伯爵令嬢は悪女でいらっしゃるから」
王兄殿下の乱が起こり、関係した貴族を粛正した父は恨みを買い、失脚して自殺した。王兄殿下は正常な人格を逸脱した人物で、王位を継ぐことができず、離宮でお暮らしでいらっしゃった。王兄殿下を担ぐ貴族たちが国王陛下を殺そうとしたのだという。
私は王太后様暗殺の疑いをせられ、牢屋に入れられた。
王太后様はお歳でいらっしゃって、老衰でお亡くなりになったのだけど、父を恨む貴族が、私に罪を着せたのだ。
私を裁いたのは、かつての婚約者だった。
フレドリック王弟殿下は、絞首刑にかけるが私を逃がすと約束し、手はずも整えてくれた。
殿下は言った。
「この一連の事件は、兄上が仕組んだのではなく君が犯人だということにすれば、兄上の反乱はこれで終わる。君の名誉は失われるが、我が国を守るために協力してくれないか」
私は頷いた。
なんだかもう、どうでもいい。
失われて困る名誉なんてない。
私はもう、生きていたくない。
女神様。私を殺してください。
私は死にたいんです。
永久に眠りたい。
来世なんていらない。
でも、女神様。
父が殺した貴族たちの冥福を祈りたい。
もしも叶うのなら、聖女様に祈りをささげてもらってください。
ロレイン、あなたは、苦しかったのね。
あなたの魂は、絞首台で死んでしまったんだわ。
私はあなたで。
あなたは私。
だから私はあなたの身体で転生したのね。
☆
私――元聖女のロレインは目を開いた。
目の前に殿下の綺麗な顔があった。なんなの? いったい、どういう状況?
旦那様は私に添い寝していた!
「きゃあああああっ」
私は悲鳴をあげた。
「しっ」
「もがっ」
殿下の手が私の口を塞いだ。
「何もしていないぞ。うなされていたから心配しただけだ」
「だ、大丈夫ですからっ」
私は殿下の手を振り払い、ベッドから降りたが、くらっと来て倒れそうになった。
「危ないっ」
背後から抱きしめられる。
女神様っ。女神の鉄槌をお願いします!
何も起こらない。
何でなのよ!?
女神の鉄槌は、屋敷の中だろうと降ってくるもんでしょ!?
「君がこのまま死んでしまうのではないかと思って心配していた。君たちの名誉を損なったこと、許してくれ。君には大変な思いをさせたが、君の父上もお元気でいらっしゃる」
「はい。庭いじりは夢だったそうです。だから、大丈夫です。生きてますから」
この世界は戦争がなくて平和だと思っていた。
ジョゼッペさん。――暗殺卿が戦争を未然にふさいでいたからだ。
「暗殺卿は、今はどなたか別の方が……?」
「私が新暗殺卿だ」
「旦那様がっ!?」
暗殺卿はお掃除屋だ。王弟殿下がする役割ではない。
でも、このキラキラ王子は、民のために汗と血を流すことができる人なのね。
「伯爵は死んだことになってる。今は庭師だ。社交界の中で探りを入れるのには、庭師では無理だ。王弟殿下はぴったりだろう?」
それで城下町にお屋敷があるのね。
「君を愛している」
「……考えさせてください……」
「わかった。ロレインの立場なら当然だ」
殿下は抱擁をほどくと、ワルツのように私をくるっと回して、再びだきついて頬をスリスリしながら言った。
「私は君に愛されるように努力するから、私の努力を見てほしい」
「……ッヤ!」
私は肘で殿下の腹を打ち、足払いを掛けて床に転がした。
「あははっ。やっぱり君にはかなわない」
殿下は笑いながら起き上がり、部屋のドアを開けた。
「きゃーっ」
メイドさんたちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
先輩メイドさんたちは、のぞきをしていたようだ。
あああ、ものすごく冷やかされそう。
私が欲しいのは平凡で平和な幸せ。
だけど、静かな日々は、まだまだやって来そうにない。
END




