16.それでは出発です
「わあ、なんだか可愛い街ですね」
緑!
街に入ったソフィの感想はそれだった。
石造りの家は薄い土色だけれど、どの家も緑をたくさん植えているので、どこを見ても植物の姿があるし、そのせいで全体的に色合いが緑っぽい。
家の方が背景というか、大きな額縁みたいだ。目に優しい。
「んー」
「ルーベニス様?」
家並みを見上げるソフィの隣で、ルーベニスがなんだか変な声を上げる。歯の間になんか詰まったような、気持ちの悪そうな声。ご機嫌が悪い、というわけでもなさそうなんだがなあ。
ルーベニスは丸メガネのブリッジを上げた。
「わかったら言うかも」
「かも、ですか」
「そんときの俺の気分なんか知らんもん」
さよですか。雲のようとは本当にまあよく言ったもので、ルーベニスの行動はルーベニスにすら想像がつかんのやもしれん。常に「気分」で動く男の言葉に嘘偽りないことは、短い時間でようくわかったソフィは大人しく頷いた。
「ルーベニス様の気分を乗せればいいんですね」
「そういう返しは珍しいなあ。おもろいねおチビ」
「ありがとうございます」
ルーベニスの行動の指針は「おもろい」なので、これは褒め言葉だろう。
あんまり褒められている気はしないけど、まあ、ルーベニスの中で高い評価を得たんだろうなってことは素直に嬉しかったのでソフィは笑った。
「うぐぐぐ」
隣のリヴィオは不満そうだけど。
「ソフィが、可愛く、笑っている……!」
「良かったではないか」
「ソフィが楽しそうなのも可愛い笑顔も最高だけど、それがこの男によってもたらされているという事実はギリギリのギリギリでやっと許容範囲!!!!」
「つまりは」
「我慢できるけどできねぇ〜!!」
「ねぇ、聞こえてんだけど。そこのガキうるっさ」
「聞こえるように言ってますからねぇ! ソフィからもうちょっと離れてくれます?!」
「やーだね、ぺっろぺ〜。俺様人に命令されるん大嫌い人の嫌がることだーいすき♡」
おっと。リヴィオをからかうルーベニスに肩を抱かれそうになって、ソフィはするりとそれを躱す。
リヴィオと旅に出てからというものの、淑女らしくあるという一種の防具を放り捨てたもんですっかり無防備にへらへらしていたソフィであるが、己の振る舞いを深く反省し本気を出したソフィは一味違うぞ。嫌がらせや下心のある汚い手を掻い潜る夜会を乗り越えた数は? ってそりゃあもう、数え切れんほど。伊達に大人の事情絡み合う政治の世界を生き抜いてはおらん。それとなくルーベニスの手を交わし微笑むことくらいわけないのである。同じ轍は踏まぬぞ。
すかっと空振りした手をぐぱぐぱ握るルーベニスはなんだか幼気で、ソフィは笑った。
「お姉さん、あの赤いひとほんとに凄い魔法使いなんすか?」
「ええ。大魔女よ」
「男なのに、魔女?」
「そういうものなの」
「ふーん? よくわかんないっすけど、おもしろいね」
悪意のない「おもしろい」にソフィは微笑んだ。
子供の笑顔とは良いものである。
さて。
当たり前に一行にルーベニスが加わったのは、妖精の思惑を探るためである。
「あの妖精は、神の眷属なのですよね? では、その神についてまずは情報集めませんか?」
神とは往々にして逸話を残すものだ。
事象による恐れと敬いが信仰となり、祠や神殿をつくる。ならば、あの妖精を従える神の話もあるのではないかと提案したソフィに、頷いたのはアズウェロだった。
「実際に祀られている神というのは、この世にいる神の数に比べればほんの一握り程度だろう。だが、いつの時代もどの種族も、噂話は好きだろう」
「この森もうっすらやけど神の気配するしなあ。この土地のどっかにおりそうな感じはするよな」
「うむ。気になるほどではないがな」
「弱ってんのか、弱いんか、どっちやろな」
「さてなぁ」
訳知り顔で頷きあう二人に、「じゃあ」と声を上げたのはザスだった。
「俺はちょうど、この先の街に行くところなんだ。馬車に乗っていけよ」
「良いんですか?」
「世話になったしな。ついでに、荷の中にほしいもんがありゃ持っていきな」
「良いんですか?!」
「商品は商人のとって命なのでしょう?!」
「だからだろ」
何いってんだお前、みたいな呆れ顔でザスは笑うのでソフィとリヴィオは面食らってしまう。
「その命を救ってもらったんだ。ちゃんと礼をしないなんてのはな、商人の恥だよ」
とはいえ抹茶という格好良い馬がいるので、リヴィオは抹茶に乗り、ルーベニスとソフィは馬車にお邪魔した。ルーベニスと二人、というところにソフィは躊躇ったけれど、ソフィは抹茶に乗れぬしアズウェロは人前でおいそれとサイズを変えられない。
仕方なし、と馬車に乗り込んだわけであるが、これがまあ、大惨事であった。
なんでって。
馬車が、揺れた。
馬車が揺れるくらいなんだ、と思ったか? 思うだろうな。思うだろうよ。だがしかし、馬車の揺れはすさまじかった。とんでもない揺れだ。どれくらいかってえとね、ルーベニスが大爆笑するくらい。わかるだろ? とんでもないんだ。
なぜそれほどに馬車が揺れるのか?
犯人は勿論、ルーベニスである。
「術者の意図を変え過ぎたら意味ないから、馬車の速度が上がるようにしたんよ。早く商売が終われば、早く積み荷がなくなるやろ? 馬には負荷がかからんようにね。そしたらさあ、思ったよりスピード出まくるやん! いやあーおもろかったね!」
馬車は揺れに揺れたが、ソフィもルーベニスも、積み荷も転げ回るようなことはなく、ぴたりとお尻はその場から動かなかった。そういう魔法が魔法陣の中に組み込まれているらしい。
口から出てくる言動とその振る舞いは到底人のことを考えているとは思い難いにもかかわらず、細かい配慮がされていることに驚いたのはリヴィオも同じだったらしい。
「ルーベニス様って、ほんとに性格が悪いんですね」
「どういう意味かなこのクソガキ」
「いやあ、本気で人のことが理解できないわけじゃあないんだなあって」
「どういう意味やねん」
油断するとすぐにバチバチ火花を散らす二人に、抹茶が「やれやれ」というように首を振った。
「マッチャさん、疲れていませんか?」
「久しぶりに全速力で走ってスッキリしたそうですよ」
ツヤツヤの首を撫でるソフィに、リヴィオが笑う。
抹茶がそのへんのお馬さん方とは違うレベルに御わすことを承知しているソフィは、「それってどれくらいのスピードだったのかしら」とちょっと怖くなる。事故が起きなくてよかった。
「俺は馬を休めてから行くわ。気を付けてな」
水をがぶがぶと飲む馬を撫でるザスに、ソフィとリヴィオは丁寧に頭を下げた。
何せ、鞄の中には両手いっぱいの食材をしまっている。
好きに持っていけと言われたって、実際に魔法を書き換えたのはルーベニスなのだからソフィとリヴィオは遠慮をしてしまうのだけれど、ザスはそれを良しとはしなかった。「若ぇもんが遠慮すんな!」とあれこれどっさり積まれて、ソフィは零れ落ちそうになる果物にヒヤヒヤしたのだ。パンパンに膨れて……はいないけれど、普通のカバンならはち切れているだろうって量。お礼を言いたいのはこちらの方なんだけれど。
「またどっかで会ったら、よろしくな」
あっさりとしたものでる。
「はい。お元気で」
「お前らもな」
出会いがあれば、別れがある。
旅は出会いと別れの連続であった。さみしくはあるが、旅人たちは皆そうした別離に慣れていたので、あっけらかんとしていた。例にもれず、晴れやかな笑顔を向けるザスにソフィも笑い返し手を振った。
そんなソフィ、そしてリヴィオとアズウェロに当たり前のように並んだルーベニスは「で、どっから行こか」と伸びをした。
しんみりするとかしないとか以前に、まるで興味がない。
もうちょっと、こうさあ。情緒とかないもんか。ないか。ルーベニスだもんな。
きょろきょろと辺りを見回すルーベニスはちょっと怪しい雰囲気であったが、そんな男に臆せず声をかけてきたのが、トリルという少年であった。
「お兄さんたち、旅人っすか?」
はじかねコミカライズ版の5巻が5/15に発売されます!!!
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本編は勿論、描き下ろし漫画も本当に素敵なのでぜひぜひお手にとっていただけましたら嬉しいです!
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