12.笑いと威嚇
空に響き渡るは名高き赤雲の魔女ルーベニスの切り裂いて叩き割るような、それはそれは愉快そうな声。
平たく言やあ、爆笑である。
それも「大」をいくつ付けりゃあこの笑いっぷりをお伝えできるだろうかってくらいの大爆笑も大爆笑。ここまで笑ってくれたらいっそ気持ちが良いってなもんで。
やけっぱちのソフィは胸を張った。
「貴重な体験をしています」
嘘ではない。
本音を話すことは禁忌であった身である。そうでなくとも、誰かへの好意というのは口にすることに恥ずかしさをともなう。にもかかわらず、ソフィの意思を突き飛ばし、浮かれ脳みそくんからお口までリヴィオへの好意が直行便で駆け抜けてゆく。そうそう体験できるものではない。というか体験したくない。二度とあってたまるか。
ソフィはふんと息を吐いた。
「びゃーっははっははははっっはっひぃっひっ」
一方、ルーベニスは笑いすぎて喉が潰れるんじゃないかなってくらいに、まあ笑う笑う。呼吸が苦しそうであるが、しかし笑いが止まらんらしい。元気だな。開き直ったソフィはいっそ感心するばかりであるが、なんとその笑いを止めたのは、商人の握りこぶしであった。
ごつん!
御者席から振り下ろされた重たい音に驚くソフィとリヴィオの隣で、ルーベニスがうずくまった。痛そう。すごく。
「笑いすぎだ馬鹿野郎! お前が本当に俺よりも年上ってなら自分が若かったころのことを忘れるな!! だからおっさんは嫌われるんだぞ!」
「おれがきらわれるのはおれがおれだからだ……!」
「どこに自信持ってんだ根っからの馬鹿野郎か! いいかよく聞け。無神経なおっさんは、ただの無神経な奴より罪が重いんだ。わかるか? 男はおっさんって呼ばれた時、マイナスな階段を上がってんだからよ…」
「マイナスなのに階段を上がるんですか?」
ぽけんとした顔のリヴィオの声は耳に入らなかったらしい。商人は何かを堪えるように歯を食いしばっている。なんぞ思い当たることがあるのか。あるんだろうな。人生に起こるハプニングはいろいろだ。
「嬢ちゃん」
「は、はいっ」
拳を握る商人に視線を向けられ、ソフィは姿勢を正した。
「あんた、そこのきれいな顔した兄ちゃんが好きなんだな?」
ぐ、と唇を噛みそうになって、ソフィは息を吸い込む。
ええい、何を恥じることがある。これは、いつだってソフィの背中を押す、ソフィの一歩の原動力だ。断じて恥ずかしくないぞ。
ソフィは叫んだ。
「大っ嫌いです!!!」
「僕も大好きですよソフィ!!!!」
あ、ちょっと、隣からキラキラをびしばしソフィの顔に飛ばすのはやめてほしいかな。ソフィは知っている。リヴィオはきっとすんごい可愛い顔をしているのだ。ソフィは思った。
見たい……!
ああ、しかし耐えるのだソフィ。だって、見てしまえばいろいろと収拾がつかないに決まっている。ソフィは足の指にぎゅうと力を入れた。右向くな右。
「びゃはっっっっははははははっは」
「うるせぇコソドロ!」
「あいたぁ!」
腹を抱えて笑うルーベニスに、商人は再び重たいげんこつを落とした。
ごつぅん!!と響く音と共にルーベニスがまたまたうずくまる。商人はそれを気にも留めず「まいった」と快活に笑った。
「おっさんはザスっつーんだが、嬢ちゃん、兄ちゃん、名前は?」
「ソフィと申します」
「リヴィオです」
「そうか」
おっさん商人、改めザスは手綱から手を離した。
「あんたら二人の気概を信じるよ。なんかあったとしても、それは俺があんたたちを信じた結果だ」
「起こさせません!」
「ザスの馬車も、ザスもちゃんと俺たちが守ります」
「任せたぜ、リヴィオとソフィ」
ザスの気持ちの良い笑顔に、ソフィとリヴィオは頷いた。
ルーベニスと言い合っている様子はいかにも頑固親父というか、とっつきにくい印象が強かったが、考えてみれば自分の馬車を奪われるかどうかという場面だったのだ。にこにこしていられるわけがない。
まあ、すぐにルーベニスを殴るあたり、怒らせると怖いおじさんであることは間違いなさそうだけれど。
「で、俺は馬車から降りたほうが良いのか」
「ん、見てみんとわからんけど。その方が良いやろね」
「わかった」
頭を擦りながら立ち上がったルーベニスに、ザスは頷く。
そのザスが馬車から降りるのを待たずに、ルーベニスはすたすたと馬車の後方に向かう。
ザスといくつか言葉を交わすリヴィオを横目にソフィも馬車の後ろに回ると、ルーベニスはもう荷台に乗り込んでいた。
ソフィはふむと考える。それなりに高さがあるが、さてどう登ったものか。
「おチビ」
思案するソフィの前でルーベニスが見下ろしている。返事をする前に「バンザイ」と言われてソフィは首を傾げた。
「はい?」
「だから。おチビ、バンザイ」
「こう……ですか?」
なんだかわからないが、熊みたいに両手を上げているルーベニスと同じように、ソフィも両手を上げる。すると、腰をかがませたたルーベニスがソフィに向かって、手を伸ばしてきた。
「えっ」
なんと、まあ。
気づいたときには、ソフィの身体は宙に浮いていた。
ルーベニスはソフィを抱き上げたのだ。小さな子どもにするように!
思わずその両腕を握ると、案外がっしりしてい安定感は抜群。意外と鍛えているのね、などとどうでも良い事を考えてしまうソフィは、それでも天幕にぶつからないように頭を下げた。
ふと、ルーベニスの顔と近づく。
すると、丸眼鏡の向こうにある瞳が瞬いた。
「おチビ」
「え?」
ソフィを木箱に降ろすと、ルーベニスは丸眼鏡を外した。
赤い虹彩の中に、星が散るように青い光が瞬いてる。不思議な色合いに飲み込まれそうになって、ソフィははっとした。
──近い。
鼻先が触れそうなほどに、近い。
ぎしりと、木箱が軋んだ。
木箱に両手をかけ、ソフィを囲うように見下ろすルーベニスが、薄い唇を開く。
「お前──」
本日は「はじかね」コミカライズの更新日ですが、みなさまチェックしていただけましたか?!
広大な更地(笑)のスケール感が気持ちが良い回でしたね。
ルネッタの可愛さとヴァイスの悪役感による犯罪臭が強めな描写もたまりません。くるくる変わるソフィの表情と、ご満悦なリヴィオも安定のバカップルで可愛いです。
プレミア版は、みんな大好きあの方々の素敵なお姿が見られます。
今日は火曜日だったか!と今衝撃を受けている方はぜひぜひご覧ください!!





