サフランと行く 空の旅(1)
朝食中、テレビを観ているサフランが小鳥を見て騒いでいた。テレビ画面では動物の紹介で飼い主らしき人物が小鳥の目の前で鳥の人形をなでている。
「ほらほら見て見て! 飼い主さんが鳥の人形をなでてたら本物の鳥さんがやきもち焼いて、飼い主さんの手の中に割り込んで来たよ! 鳥さん、人形をポイってくちばしで投げちゃった! 飼い主さんが小鳥さんの頭をなでてるよ! かわいい! 私もこれやりたい!
お人形さんなでなでして鳥さんがやきもち焼いたら、本当は私はお人形さんなんか好きじゃないんだよー。私が好きなのは鳥さんあなただけだよーって、よしよししてあげるの。私、小鳥飼いたいなあ! 飼いたいなあ!」
ユヅキはあきれた。
(それってあなた、『よその子になろうかなあ』とか『動物病院の看護師さんになりたい』とか普段からあたしに言ってることじゃない⁉ あたしはペットと同等なのね! ぐむむむ…)
「鳥は飼うのが簡単そうに見えるけど、部屋で放し飼いなんかしたらどこでもうんこして片付けがたいへんだわ。きっとあなたのプリンにも爆撃するわ」
「じゃあ、やっぱりいいや。私にはユヅちゃんがいるもん」
(やっぱりあたしはペットレベル! ぐむむむ!)
*
「今日も病院内を歩きまわって疲れた…。サフランは元気そうね…。さすがは十代…。ああー、テレポートできる魔法なんかないのかしら…」
ユヅキとサフランの仕事は広い院内をとにかく歩いてまわること。毎日何キロも歩いてユヅキはクタクタだ。二人は全ての仕事を終えてタイムカードを押しに救急科まで戻る途中だった。
「あるよ、テレポートする呪文」
サフランのあっさりとした声にユヅキが驚く。
「嘘⁉」
「ほんと。たぶんユヅちゃんのおうちに帰れるよ。たぶん」
「たぶんって言葉が引っかかるんだけど⁉」
「じゃあ私の手を握って」
サフランが帰還の呪文を唱えた。二人は廊下に光を残してさっと消える。そして気がついた時には目の前には整然と並ぶ樹木、振り返れば寮の玄関だ。二人は家に帰っていた。ユヅキは手放しで喜んだ。
「すごーい! 家の前だー! サフランすごーい!」
「実はね…ユヅちゃん…」
サフランが不吉な言い方をする。
「帰還の呪文ってあんまり使ったことがなかったんだ。ちゃんと家に帰れる保証はなかったの…。ヒヒヒ…」
「それどういうこと⁉」
サフランは帰還の呪文を説明する。術者のホームに帰るが、そこは深層心理の場所。自分の思い出深い場所に帰るため、任意にコントロールできないそうだ。サーキスに至ってはなぜかライス病院の前に戻ってしまうという。多くの僧侶はめったにそれを使わない。サフランはそう付け加える。
「私はこちらの世界で最初に手術室に現れたから、そこに戻って来たらどうしようって思ってたよ。イヒヒヒー!」
「何それ⁉ あたしたちが間違えて手術室にワープしたらあたしが怒られてたじゃない⁉ …そうか! それで今回は実験であたしを巻き込んだわね! あなた、手術室にワープしたら全部あたしのせいにするつもりだったわね⁉」
「ヒヒー!」
「ぐむむむむ…! …あ! タイムカードを押すのを忘れてた! 今から職場に行かないと!」
「ユヅちゃん、私の分までよろしくー!」
「あなたもナース服のままでしょ。着替えに戻らないと」
「じゃあ、私は家で服を脱ぐからユヅちゃんが更衣室に持って行って。私はもうパジャマに着替えるよ」
「…ぐむむむ!」
ユヅキはサフランの言われるままにナース服を受け取って、病院の更衣室から彼女の私服を持ち帰った。
数日後。
「サフラン、飛行機乗りたくない⁉ 前から考えてたけど、家に帰る魔法があるなんて聞いたら旅行の行き方を思いついちゃった! 帰りはタダで帰れるわね!」
「飛行機乗りたーい! 行くー!」
ユヅキはその日のうちにチケットを予約した。そしてその週の土曜日、サフランとユヅキは出発。看護師長には旅行先、連絡をもらえればいつでも帰ることができると伝えてある。
ユヅキは電車で東京方面へ向かい、車内から見える景色もビル群へと変わって一気に都会の景色が広がる。
「すごい、すごーい!」
サフランはいつもと同様に窓の方を向いてはしゃいでいる。この時の彼女はオレンジ色のワイドパンツ姿。
「あんまり大きな声を出さないでね。他の人に迷惑になるから」
ユヅキはすねまでの黒いテーパードパンツを履いていた。それは先が細いズボンで細身の彼女に似合っていた。
今回ばかりはユヅキは緊張していた。サフランの行動にいちいちかまってもいられない。
「羽田空港駅まで乗り継ぐには、ええっと、ええっと…」
東京スカイツリーに感激しているサフランを尻目にユヅキはスマホで各駅を確認しながら電車に揺られる。
空港まで到着するとサフランは大きく目を見開く。どこまでも長く続く真っ直ぐな通路に道行く人々のざわめき。ひといきれでこちらも体が熱せられる。昼下がりの空港ロビーは、広々とした空間に柔らかな自然光が差し込み、天井の大きなガラス窓から青空がのぞいている。白くアーチ状に伸びる鉄骨が天井を支え、近代的で開放感のある雰囲気を演出している。
ユヅキとサフランは小さなキャリーケースをコロコロと引きながら歩く。ちなみにサフランはユヅキから買ってもらったキャリーケースがたいそうお気に入りだ。旅人気分が増すらしい。
(ここまで来たら…。まだ時間もあるし、もし搭乗口を間違えても大丈夫…。サフランをがっかりさせたくないわ…)
久しぶりの空の旅。ユヅキは極度の緊張の中、搭乗口を抜けてようやく二人は旅客機の座席に座る。
「基本は一時間前の搭乗よ。外を見ててもいいし、暇になったらスマホでアニメを観てもいいわ。とにかく大きな声を出さないでね」
そして飛行機が飛び立ち、サフランは小さな歓声を上げる。
「すごいすごーい! 海が見えるー! 初めて見たよ! ああ、地面が遠くに! 海が彼方まで見えるよ!」
あっという間に地面が小さくなり、飛行機が雲の上を突き抜ける。
「そして速い! オルバンでもこんなに高く飛べないよ!」
「誰それ? 空を飛べる人がいるの?」
「ドラゴンだよ。たまに乗せてもらったけど楽しかったよ。風を感じられて飛行機とは違う楽しさ!」
「ふーん」
サフランは空から見る雲の雄大さ、眼下に広がる海や陸の形を楽しんだ。
そして二人は高知空港に到着した。空港の中ではユヅキの祖父母が待っていた。
「ユヅキ、よう来てくれたねや! 元気そうやねえ!」
「久しぶりだね、ユヅキ! それにあんたがサフランだね! 初めまして!」
「おばあちゃん、おじいちゃん、久しぶり!」
「初めましてー!」
笑顔が四人そろう中、ユヅキが紹介する。
「これが電話でも話してたあたしの友達、総山サフラン。で、こちらがおじいちゃんの星山木蔵と、おばあちゃんの瑞枝」
「よろしく、サフラン」
「二人とも何も食べてないだろ? うどんでも食べに行こう」
全員が空港の中のうどん店に入る。そこで出てきたうどんにサフランははしゃぐ。
「スープが透明! 見たことなーい! 寮の近所のうどん屋さんと全然違うねー! おいしいー!」
サフランが顔に似合わず、器用に箸でうどんを食べていると木蔵が感心した。
「サフランは箸を使うのが上手だね」
「すっごい練習したもん! イヒヒー!」
「まっこと、あんた箸使うが上手やねえ」
ここでサフランは思った。
「おじいちゃんの言ってることはわかるけど、おばあちゃんの言葉がわからない…」
ユヅキも同意するように言った。
「そう! 前から思ってたけど、おじいちゃんって標準語をしゃべるわよね⁉ おばあちゃんは高知弁のままだけど…」
「すごいだろ! 俺は標準語を意のままに操るんだよ! 高知でも珍しい男だよ! へへん!」




