オズの魔法使いが配信停止する(4)
的場が続けて言った。
「芦屋さんは村人に言いました。『自分はフィリピンでアメリカとの戦いで圧倒的劣勢を体験した。日本は負ける。もってあと一か月。その間、動物も村人も自分が全て守り抜く』と。村人たちも動物を殺したくないと一人、また一人と立ち上がる…」
熱く語る的場医師に芦屋がフフッと笑う。
「都市部では連日、空襲があったが、ワシの村ではそんなものを見たこともない、どこか牧歌的なところがあった。それでワシに賛同してくれた人が多かったのかな。
最大の懸念が、人間が食べる食料もないのに、動物たちの餌までどうするかという問題があった。その時には戦死していたが、ワシの父親は将校…軍のお偉いさんで家には貯金がたんまりあった。戦時中にも関わらず、仕事をしなくてもそれで何年も家族が暮らせるだけの金だ。それをおろしてヤミ米を買い、村人に配った。それを承知してくれた家族、ワシが動物たちを助けたいという気持ちを家族がわかってくれたのは嬉しかったね。
現在ではワシに先見の明があったという人は多いが…。…公平な目で見て日本が負けるのは明らかだった。それでも勝つと言っていた国民が大多数…。当時、日本は本当に狂っていた…」
的場医師が力強くうなずく。
「こうやって生で芦屋先生の言葉が聞けてたいへん嬉しいです…。山奥に簡易的なシェルターを作って村の動物たちのほとんどをそこへ避難させる。高台から村人が見張り、日本兵が来たら芦屋さんに合図を送ってM1903で射撃。日本兵の銃、警棒を撃って壊して戦闘不能に。おまけに頭の制帽まで撃ち抜いて、『もう少しで俺の頭が吹っ飛んでいた!』などと日本兵は情けないセリフを言いながら逃げて行く…。
地獄の戦場から舞い戻った芦屋さんと、本物の戦地を知らず、日本でのうのうと生きてきた憲兵とは戦いの経験の差が大きすぎる! 時には位置を悟られないよう、屋根から屋根に飛び乗って、憲兵たちの帽子や銃を撃ち抜く! 愉快痛快!」
「ははは! かなり脚色があるけどね!」
「たまに…、最初に芦屋さんが出会った少女とシェパードが家の屋根に上って来て、芦屋さんと遊ぶシーンがまた憩いのひととき。歴戦の勇士の余裕を見せつける。鹵獲したアメリカ軍の武器も使いこなし、弾丸を撃てば百発百中。村人も誰もがこれなら芦屋さん一人で村を守り切れる、終戦を迎えられると余裕を持っていました…」
的場医師が険しい顔になって続けた。
「村を守って二週間後の昼間、憲兵は大勢の日本兵を引き連れてやって来ました。それも敵は丸腰です。この日の兵士は芦屋さんが帽子を撃ってもひるみません。兵士は芦屋さんが自分たちの命を狙っていないことを見抜いたのです。芦屋さんも人を殺して動物を助けようなど本末転倒、誰も殺したくなかった。
村人が次々と捕まり、組み伏せられます。シェパードの飼い主の少女も捕まる。一か月は守れると思っていた村が、わずか二週間でこのありさま。目算を誤っていた。もう動物たちは全て殺される。きっと村人も殺される。自分の独りよがりに村人を巻き込んでしまった。申し訳ない。屋根の上で芦屋さんは叫びます。『俺はここだ! 俺を殺せ! 俺だけを殺せ!』芦屋さんが泣き叫ぶ。
そんな絶望的な状況でラジオ塔から玉音放送が流れます。ちょうど正午だった。それは天皇陛下の肉声で日本の降伏を伝える放送でした。突然戦争は終わりを迎えた。結局最後まで、芦屋さんは一人の死傷者も出さず、全ての動物たちと村を守り抜いた…」
的場が泣いていると芦屋みのるが微笑んだ。
「ワシの罪は軍の命令への犯行、供出制度の妨害で国家総動員法違反、発砲による威嚇、日本兵への拳銃、装備破壊…などなど数えきれないほどあった。死刑に間違いなかったと思うね。
それが玉音放送を境に軍は武装解除の準備に入り、憲兵は活動停止して供出制度は即座に無効と…。ワシを逮捕しても裁く場所もなく軍法会議も開けない…。結局、ワシは何の罪にも問われなかった…。驚いたよ…。
昭和二十年の八月。あの時、犬や猫が殺されていたら軍服の毛皮になることもなく、動物はきっと無駄死にだった。村人からは戦後も犬猫と暮らすことができて幸せだったと口々に言われた。戦ってよかったと今でも思う…」
映画の最後は芦屋みのるが犬や猫、馬に囲まれて、少女のシェパードからぺろりと顔を舐められる。涙を禁じ得ないラストシーンだ。的場の涙は止まらず、号泣していた。
その後も二人はたまに電話で会話をする仲となる。芦屋の方は漫画家として脳外科医の的場に興味を持った。医療的なことを聞きたい時など、気が向くと芦屋の方からも的場に電話をかけることがあった。
*
的場がはっと気がつくと自分はまだ会議室の中だった。的場は携帯電話を手に取って電話をかけた。すぐに相手が電話に出た。
「あ、芦屋先生ですか、こんにちは」
「ああ、的場先生こんにちは!」
「先生にお頼みがあるのですが、先生は最近、新宿テレビに行ったりしますか?」
「行くよ。ちょうどワシのドキュメンタリーを撮られててね。映画化してくれたアニメの関係者にもたまに会うね!」
「厚かましいお願いですが、新宿テレビで平成元年放送のオズの魔法使いのビデオのコピーをいただけないかと…。知り合いの子供が動画配信サービスが終わって続きが観られないと泣いてまして…」
「昔のアニメね! そういうお願いってたまーに聞くね! いいよ、言っておいてあげる!」
「ありがとうございます! お礼はします!」
「いいよ、的場先生には命を助けてもらった恩もあるし!」
*
数日後、看護師長の熊田からユヅキにオズの魔法使いが入ったブルーレイディスクが手渡された。
「ど、どうしたんですか、これ⁉」
ユヅキが驚く。
「院長からもらったの。ちゃんとテレビ局の人がくれたものだから著作権上も問題ないって言われたわ。私は…よくわからないけど。帰ってサフランと一緒に観なさい」
「あ、ありがとうございます! 院長にもお礼を言えばいいでしょうか⁉ どなたがもらって来てくれたんですか⁉」
「テレビ局からディスクをもらって来てくれた人は私も知らないわ。名前は伏せておいてくれって言われたそうよ。院長も面倒くさいから院長室には絶対来るなって言ってたわ」
「ええ⁉ なんて謙虚な人ですか⁉ とにかく看護師長、ありがとうございます!」
さらに数日後、ユヅキはこの上なく恐縮しながら、看護師長にこのような頼みごとをする。
「看護師長たちのおかげでサフランは泣いて喜んでテレビを観てますが、出先でサフランがスマホでもオズの魔法使いが観たいと言うのです。駄目だと言っても彼女は理解ができないみたいでして…。
それでブルーレイに入ったアニメをクラウドに移したいのですが、それの許可を取ってもらえないかと思いまして…。意味がわかりませんか…。これ、お手紙です。こちらをテレビ局の方にお渡ししていただいたら…。あ、お礼も書かせてもらっています…」




