オズの魔法使いが配信停止する(3)
会議が終わって医者たちが部屋から出て行く。帰り際に数人が院長に「お大事に」など挨拶やいたわりの言葉をかけて去って行った。その間、脳外科医の的場教授だけが椅子に座ったまま動かなかった。会議中、終始無言だった彼は三か月前のことについて感慨に浸る。総山サフランと初めて会った日のことを思い出していた。
*
三か月前のその日、運ばれて来た患者を見て的場医師はたじろいだ。ストレッチャーに横たわる、片目にアイパッチを付けた老人。意識不明で横たわる彼に的場医師は思わず声を出した。
「芦屋…みのる…さん…」
隣の看護師が驚く。
「先生、なぜお名前をご存じなんですか?」
「…いや、テレビや雑誌で見ていたから…」
的場医師はそれ以上に芦屋みのるの大ファンだった。
絵本作家で民俗学者、芦屋みのる九十七歳。的場医師が子供の頃に愛読していた絵本の作者だ。いくつかの絵本がアニメになっている。的場は子供時代、それらを読んで育った。代表作は彼の自伝を基にして作られた『少女とシェパード』。アニメ映画にもなり、世界的に有名な作品だ。的場医師にとっても最も好きな映画だ。
的場医師は芦屋みのる自身の人生も深く知っている。二十年程前に芦屋みのるの自伝がドラマ化され、彼は食い入るようにそれを観ていた。
芦屋みのるは太平洋戦争で片目を失う。戦後、彼は大学に行き、民俗学を専攻。学者になる。
戦場を知る男がこれまでに子供たちのために絵本を、愛と平和というテーマを読者へ投げかける。芦屋みのるは絵本、民俗学に多忙をきわめながら順風な人生を送る。今では誰しもが知る日本を代表する作家だ。的場は彼の自伝も読み込んでいた。
「芦屋先生は東京にお住まいのはず! なぜここへ⁉」
的場の問いに看護師が答えた。
「仕事で民俗文化研究所に来ていたようです。芦屋さんが重い物を持った時に急に倒れたと。普段からワーファリンを飲んでいたようです」
ワーファリンは血液をサラサラにする薬だ。サラサラになった血液は体を巡りやすくなる半面、出血時に血が止まらなくなったり、内出血しやすくなるというデメリットがある。そして高齢で血管がもろくなっており、おそらくこの患者は力んだせいで頭の血管を切っている。脳内に血が溜まっているはずだ。検査しなければわからないが、的場の診断では病名は硬膜下血腫だ。
患者の頭蓋骨を開いて血を抜く必要がある。そして術後、予後は生存率三十五パーセント。意識障害、後遺症が起こる確率は高い。社会復帰できる確率はさらに低下する。そして高齢の患者だ。
(自分が芦屋先生の人生を終わらせるかもしれない…)
的場医師の体が硬直する。額に汗を流していると、そこへナース服のようなものを着たヨーロッパ系の女の子がやって来た。
「こんにちはー! 私、総山サフラン! よろしくね!」
この緊迫した空気に似つかわしくないすっとんきょうなしゃべり方。しかしながら的場は尊敬する作家先生を助けたい、今はわらにもすがる思いだ。的場はサフランと話をする。
「初めまして。私は脳外科医の的場だ。君のことは話を聞いている。このおじいさんの病気はわかるかい?」
的場は何のヒントもなく彼女に言うと、サフランは呪文を唱えて芦屋の頭に右手をかざす。サフランは数秒も考えることなく反射的にこう言い出した。
「硬膜下…、脳の表面から血が出てる。これは…。病名は急性硬膜下血腫」
(すごい…)
自分と同じ診断だ。サフランが続ける。
「回復呪文だけじゃ駄目だから、頭を開けて血を抜かないといけないね。お医者さん、早く手術して」
ここで的場が最も気になることを言った。
「あちらの世界の先生は急性硬膜下血腫の成功率ってどれくらいだった…?」
「え? だいたい成功してたよ。木こりさん、…あ、あっちの院長先生だね。院長先生の手術を私は全部見てたわけじゃないけど、患者さんも手術が終わったら普通にしてたよ。回復呪文を使えば簡単だね」
*
手術後、ICUに入れられていた芦屋みのるは早い段階で目を覚ました。
「あれ…? ここは…。ワシャどうしたのかな…」
本来なら初めにMRIなどを使って脳を検査して患部や病名をはっきりさせての手術となるが、一刻を争うその時に的場教授は全面的にサフランの言葉を信じることにした。結果、彼女の診断に間違いはなかった。手術も成功だ。
的場が患者に握手を求めた。
「芦屋先生、あなたは硬膜下血腫で倒れ、私が手術をしました。私は外科医で的場と申します。子供の頃からあなたの大ファンでして…」
そう語る初老の教授は患者の前で見苦しくも熱い涙を流していた。
それから芦屋みのるの好意で的場は芦屋の自宅に招かれる。昭和六十年頃に、田舎の故郷から東京へ引っ越して来たらしい。訪問した的場は家の中を覗いて子供のように喜んだ。そして彼の代表作の話になる。芦屋みのるとは切っても切れない話題だ。芦屋と膝を突き合わせて座る的場医師が言った。
「あなたの作品、『少女とシェパード』。何度、映画を観たことかわかりません。芦屋先生は太平洋戦争のフィリピン戦で片目を失い、傷痍軍人となった。そして故郷の村へ帰って来た。もともとあなたは将校の息子で戦地から帰国した芦屋さんは村の英雄として迎えられた…。当時、あなたは十八歳…」
「まあ、ワシから言わせると死に損ないの負け犬だね…。あの時は目の治療にも手間取り、村に戻るのも時間がかかってしまった…」
「あなたは死んだ仲間たち、生き残ってしまった自分、その意味を考えていた。それから道端で少女と犬のシェパードに出会う。少女は泣いていた。なぜかと尋ねてみると、少女はこれからシェパードのゴローを軍用犬として供出しなければいけないと。村人に聞けば、馬も軍馬として日本兵に取られる、飼い犬も空襲があれば逃げ出して人を噛む、だから殺して兵士が着る毛皮に、猫もやはり毛皮にするため供出しろと…。
あなたは怒った。『日本軍は劣勢だ! 犬も馬も戦場に行けばあっという間に殺される! 軍用犬は人間以上に危険なことをやらせられる。そしてこの村は戦略的に攻撃する価値も乏しく、空襲など来るわけがない! 猫も犬もどれだけ殺せば大人一人分の毛皮になるんだ!』と」
芦屋みのるは首を小さく振って答えた。
「そうだね…。ワシは生き残った意味を考えている時だった。このことに人生を懸けよう、そう思ったね…」
戦争末期、芦屋の村ではあのような時期にも動物の供出が求められていた。供出の実施状況には地域差があった。供出は都道府県が管理していたが、人手不足、戦争による役場の機能不全、交通不便地域への通知の遅れなどの理由で、末端の村では供出の実施が遅れることがあった。
的場が言った。
「そして芦屋さんは『俺がどうにかしてやる』と少女の代わりに村の外れに行った。そして供出係、動物を回収する役目を負った人間たちに向かって拳銃を発砲。威嚇射撃をして係の人間を村から追い出した。
供出係が持っていた登録名簿も燃やした。そして芦屋さんはフィリピンでアメリカ兵から奪って持ち帰ったスナイパーライフル、M1903スプリングフィールドをカチャカチャと器用に組み立てる。そして来ると予測した憲兵に向かって、スナイパーライフルでそいつの拳銃だけを破壊して追い払う。村で轟音が鳴り響きました…」




