ギル、死す(2)
「サフラン?」
三人が驚いた。
「そう。サフランが適任なんです。彼女が持つ高い医学知識、信仰心。何と言ってもギル君からどれだけ尻を叩かれても反省しない鈍感さ、メンタルの強さ。完全復活を使えるのも必須条件。そしてギル君を助けたいという気持ちが一番大事」
四人が林の入口まで来た。闇が深く、スプリウスが呪文を唱えて辺りを照らした。
「サフランはきっとあちらの世界に向いてる。考え方が柔軟だからね。…サーキスは無理だよ、彼は頭が堅いから。ふふ…。…あ、一つだけ懸念が。サーキスは必ずこの計画の邪魔をするはず。そもそも対象を殺してその人の病気の進行を止めるってアイデア、サーキスが言い出したんだ。肺炎になった君のお母さんを殺して、僕に治療して欲しかったそうだ。僕にいつか出会うとわかっていればそうしてたって」
「サーキスはそんなことを…」
スプリウスがつぶやいた。パディが続ける。
「それからサーキスはサフランと仲良しだもの。サフランをどこにも行かせたくないはず…。これに関しては僕がどうにかする。あいつは僕の弟子だからわかるんだ…」
「俺もあんたの弟子だぞ」
「ごめん。これは他の僧侶さんからも指摘される。みんな僕の弟子なんだ…。ふふ、ごめんね」
「あの、そもそもギルはどうしてこんな病気になったのでしょう? 白血病って…」
ミアの問い。パディの代わりにギルが答えた。
「原因は不明だ…」
「ギル君の言う通り原因はわかっていません…。…僕も昔、学生の頃、ちょっとした手術を受けるのに麻酔が大丈夫か心臓の検査を受けたんです。僕の世界には呪文がなくて薬で眠らせるんです。心臓が麻酔に耐えられるかって検査を受けたらなんと、大動脈弁閉鎖不全症が見つかった。青天の霹靂とはこのことだよ。
僕は昔から激しい運動をしたら長い時間、息が整わなくなることがたまにあった。みんなそうだと思ってたんだ。しかし違っていた。珍しい病気でそうなるのは僕だけだったんだ。あれよあれよという間に心臓の手術が決まったよ。僕は当時二十歳。怖くて毎日泣いていたよ…。
ギル君が急性骨髄白血病になったのは僕のせいかもね。ストレスからじゃないかな。うちに来た心臓疾患の患者を殺させ過ぎた」
スプリウスとミアが驚愕する。
「何をそんな!?」
「そんな話、聞いたことありませんわ!」
ギルが冷静に答える。
「言わなかったからだ…。それにドクターも手術をするために六年前に俺が首の骨を折って殺している…。心臓を止めないと手術ができないからだ。そのためにあの日、呼ばれたんだ…。ま、俺様は人を殺すぐらい、へでもない」
この時にはギルは倒れた大木の上に座っていた。やはり呪文の光が辺りをまばゆく照らしている。四人はしばしの間黙り込んでいた。パディが言った。
「とにかくギル君は僕の命の恩人だ。君とリリカとサーキスの三人は僕より先には死なせない。六年前、生還して僕はそう誓った」
「ミアも人数に入れてくれ」
「約束しよう」
「ありがとう。あんたの心臓の手術をサーキスがした日…」
ギルが思い出を語りだす。
「あれがサーキスの初めての手術とは思えなかった。…一度オーケストラを観たことがあるが、まるであのような感じで熟練の指揮者のタクトさばきのようだった…。何度かリリカと言い合った。あいつも同じようなことを言っていた。
…それからあの手術中には幻覚が見えた。手術台のあんたはブリキになっていた。胸のふたがパカッと開いていて…。絵本の姿のようになっていた。その周りをカカシとライオンが右往左往してるんだ。目を凝らせばそれはやはりまぼろしで切り裂かれた胸骨に血なまぐさい心臓が見えていた…。
初めて誰かに言ったぞ…。それとあんたたち三人の仲にいつも入りたいと思っていたが、それは叶わないことだった…。あんたたちはそれぐらい結びつきが強いのだな…」
パディ、ミア、スプリウスはギルの言葉に耳を傾けていた。そして。
「じゃあな、ミア。また戻って来る」
ギルは土の上に横たわった。
「ワシが呪文を使おう」
「いい。自分でやる」
スプリウスの申し出をギルは断った。ギルは両手を自分の胸に当てて心臓破壊の呪文を詠唱する。
この後、スプリウスが穴を掘り、ギルをそこに埋める計画だ。深さは獣が掘り起こせないぐらいに。準備が整い次第、火葬してお骨にし、あちらの世界に移動させる。そういう算段だった。
ギルの呪文が終わって彼は静かに息を引き取る。ここにきてミアが取り乱したように大声をあげた。
「お隣からもらったオリーブオイル! ギルが預かっていたみたいですけど、どこに片付けたのか聞いていませんわ! オリーブオイル!」
スプリウスとパディは驚きに瞬きを繰り返す。
(こんな時にミアさんは何を言い出すんだ!? ギルはどんな思いで自分の命を絶ったと思ってるんだ!?)
(ギル君にオリーブオイルのことを聞いたらまた自分で死ねと言うのか!? …いや、夫婦の時間を取らせるべきだった…。僕がしゃべりすぎた…)
二人が思考を巡らせるとやがてパディとスプリウスは顔を見合わせてうなずいた。そしてスプリウスは完全復活の呪文を唱え出す。長い呪文の詠唱に全員の視線はギルに集まる。
詠唱が終わるとギルは光り、なぜか収縮して小さな光の玉に変貌した。色は青と白が音もなく入れ替わっている。スプリウスが我を忘れて叫んだ。
「魂の器になった! また失敗した! ワシはなぜこうも完全復活を失敗するんだ⁉」
「綺麗…」
ミアはうっとりとその光に見惚れていた。もうオリーブオイルのことなど口にはしなかった。




