リーフとギルの思い出(2)
それからギルは監視役の兵士とも話をした。名前はゴードン。気さくな性格で城で会った時から仲良くしている。兵士が言うには陰から尾行している体で、実際にはリーフから情報を聞き出しているらしい。王にはそれを報告して称賛を受けたと自慢した。兵士のゴードンは手帳を取り出してリーフの情報を声に出して読む。
「名前、リーフ・リーフレット。本人が生まれた年がわからないため年齢は不明。トランシルバニア出身。代々、悪の魔術師に仕える家系。バンパイアと人間の混血。ある日、悪の魔術師から召還される。ガドラフから下僕になるよう言われるが敵対。戦って負ける。リザードマンの呪いをかけられ地上に放り出される。呪いの効果でリーフレットは二重人格になる。それもリスハー側のせいで街からは脱出不能。家に帰るためにギルたちと共に戦う…」
ギルはリーフにしゃべり過ぎだと注意する。そして密偵を装っていた兵士だが、あまりに内容が詳しかったため、王を欺いていたことがバレてしまう。監視対象者と遊んでいたことも他の兵士に見つかったのだ。クビ寸前になったゴードンは助けてくれとギルに泣きつく。
後日、ギルはイステラ王から城まで呼び出され、金と人をいくらでも援助するので街からリーフを追放してくれと打診される。家に帰ってトマトを作りたいというリーフの願いと一致し、シムエストが考えを巡らせてリスハーを国に逮捕してもらうことになる。
*
リザードマンのリスハーは牢屋に入れられると目隠しを外された。罪名は脱税。リスハーは申告漏れだと主張したが、彼を捕まえた城の兵士が「それは裁判で争え」と諭した。
リスハーは鉄格子を掴んで叫んでいた。
「出せ、おらー! こんなの冤罪だろ! どうせ俺の正体がわかったから俺を逮捕したんだな! くそー!」
壁や床を石畳で作った牢屋はシンプルでベッドとトイレとテーブルがあるだけ。牢からは廊下の壁だけが見える。リスハーは顔を鉄格子の間に押し付けて斜め向こうを見ようとするが頭がつかえて通らず、それは叶わなかった。
「看守! 誰かー! 誰か隣にいるかー! っていうか弁護士を呼べー! 弁護士をー!」
隣の牢屋ではギルとゴードンが最後の打ち合わせを終えたところだった。
「おい大丈夫か!? こんな薄っぺらい台本で本当にリーフを帰せるのか!? 失敗するとたいへんなことになるぞ⁉ たぶんたいへんなのは俺だけだと思うけど…。いやお前の大事な友達が帰れなくなるぞ!」
兵士のゴードンはリーフの帰還に人生がかかっており、必死だった。そしてその台本を書いたのはシムエスト。リーフとリスハーに長く接していた彼こそ、この計画者として最もふさわしかった。
リスハーは退屈が苦手だった。弱いくせにダンジョンに潜ったり、店を作ったりする好奇心いっぱいでアグレッシブな性格。牢屋の中は地獄だった。
そして食事は茹でただけの人参。それが皿に大量に盛られている。肉食の彼にとって人権侵害であった。リスハーは空腹を我慢して入れ代わったリーフに人参を食べてもらう。目覚めた時には皿から人参が消え、腹の中には人参でいっぱいだ。最悪の気分だった。
それからリスハーはノートを使ってリーフと連絡を取り合った。
『リーフ、脱獄するぞ!』
『どうやって?』
このやり取りをするだけで数日かかった。リスハーは怒りを募らせながらどうにか辛抱してリーフと対話する。
『牢屋をぶっこわせ! 襲って来る看守とかはぶっとばせ! 終わり! 簡単だろ!』
『逃げたあとどうするの? キミ、またすぐに捕まるでしょ? 僕は闇に紛れて生きていけるけどキミもそうするの?』
『この街の外へ逃げる!』
『どこへ? 具体的に』
『お前の家だ! ここを脱獄してお前の家に行く! でっけえ屋敷なんだろ!? 金銀財宝もあるんだろ!? 全部俺によこせ!』
待望の言葉が書いてあった。関係者全員が顔を輝かせた。
そして話はとんとん拍子に進み、全財産を手にしたリーフは町はずれで世話になった者たちと挨拶を交わす。ギルとはこんなやり取りがあった。
「お前こいつを連れて行け」
ギルがリーフに黒い籠手を差し出した。リーフはそれを軽く受け流す。
「いいよ。シムはギルにあげたんだ。シムはキミといるのがお似合いだよ」
「このままじゃお前また一人ぼっちになってしまうぞ!」
「いいって。シムは元々キミのご先祖様のものじゃないか。それを僕は返したんだ。ギルはおじいちゃんに狙われてるんだ。だからキミが持ってないといけないよ。たぶんおじいちゃんは自分を鍛えなおして強くなったらキミを襲いに来るよ。僕はそんなでもないけど、キミはポテンシャルの塊だからね。シムがいないとギルが殺されちゃう。だからキミがシムを持ってないと駄目だ」
ギルはそれでもリーフに籠手のシムエストを押し付けようとしたが、リーフは頑なに受け取らなかった。
「もう行くね。今までありがとう!」
「行くな! このままここに居ろ!」
リーフは馬車に乗り込んだ。
「キミってばっかじゃないの! 今までありがとう! バイバイ! ディレクトリ、ゴードンさんさよならー!」
リーフは座席に座ると目を閉じてこれまでのことを思い返した。振り返ればこの二年間、いろいろなことがあった。そして愛しのメイドも、野菜作りも結局全て失った。
ガドラフに呼び出されなければ。いつもそのことばかりが頭に浮かぶ。リーフは涙を流した。
ひとしきり泣くと、ふと小窓に目を移した。美しい湖が見えた。緑の木々で囲まれた山、山の斜面に添って立ち並ぶ民家。それがふもとの湖に鏡のように映っている。
しばらく進むと高くそびえる山の頂上に積もった雪が見えた。冬の雪がいまだ解けないのだろう。この時期に見る雪は特に美しかった。次々と変わる風景絶佳を堪能し、リーフの心はじんわりと和んでいった。
トランシルバニアまでの道中は険しいものだった。時には野盗に襲われ、橋が流された川ではリーフが丸太を川岸に置いて橋を作った。落石で道が途絶えた場所もリーフが岩石を砕いて道を通す。住民からはたいへん感謝された。
美しい風景が流れながらも、それでもこの旅路が彼の心を完全に癒すことはなかった。
*
リーフレットの屋敷の畑ではレインコートを着込んだ中年の男、ユーリ・クランがトマトの収穫に励んでいた。糖度が落ちるのであまり雨を吸わせたくないと急いでいた。広大なトマト畑は上から見渡しても赤い実が見えないほどびっしりと元気な葉が茂っている。
作業に没頭する男のフードがトマトの枝に引っかかると、ずれて薄くなった頭のてっぺんが見えた。空から次第に小雨が降ってきたので彼はフードをかぶり直そうとはしなかった。
ユーリ・クランがこの土地を借りた当時、やはり収穫の時期だった。それもトマトが熟しかけた頃。当初、二ヘクタールもあるトマト畑を収穫可能か疑問に思ったが、家族総動員でトマトをもいでみれば意外にもそれは難しくなかった。
以前は屋敷に家族が大勢いたが、今では末娘と二人きり。長男夫婦は子どもを良い学校に行かせたいと去年山を下り、長女夫婦は娘婿の親が病気のため、婿方の里へ引っ越した。次女は今年の春に嫁に行った。
二人家族では畑を持て余すため、地主に申し訳ないと思いながらも畑を半分に減らした。
今年も豊作だ。かなりの収入になる。屋敷の家賃はタダ。畑の使用料もない。ただ、以前住んでいたミア・ラウカーというメイドと弁護士を介して交わした契約でここの主が帰ってくれば半年以内にここから出て行かなければならないことになっている。もう二年も屋敷の主は帰って来ていない。このまま帰らないことを期待していた。戻って来るにしても末娘が嫁に行くまではと懇願せずにはいられなかった。




