リーフとギルの思い出(1)
四年前、カレンジュラ市。
ギルとリーフが決戦と最下層まで意気込んで行ってみればガドラフの迷宮には主はいなかった。ガドラフの玄室にあったアンクのみを持ち帰ったギルとリーフはイステラ王と謁見する。英雄になりたいとリスハーからの強い希望があったためだ。願いを聞かなければリスハーからどれだけの仕返しが待っているのかわからない。
その時、リーフはリザードマンに姿を変え、ドワーフのディレクトリも同行していた。エルフのエリーは失恋のためすでに街を去っていた。
意地の悪いイステラ王からはパーティーに魔法使いがいないことを指摘される。そしてリザードマンの姿のリーフには武器は何かと問われ、リーフは「僕の武器はパンチとかキックです」と答えてしまう。彼の格闘技名もそれであった。
イステラ王は大笑いして謁見の間にいた兵士たちにリーフを倒せと命じる。リーフは傷つきながらもたった一人で兵士と拳で戦い、力を出し過ぎたせいでバンパイア・モナークの姿に戻ってしまい、正体がバレてしまう。一触即発の状態でリーフは言った。
「僕は見ての通り人間ではありません。どちらかといえばモンスターの部類に入ります。迷宮の魔道師とは訳あって反目する形となり、ギルと共闘することになりました。僕の強さは証明できたと思います。僕はどうしても称号が欲しいんです。王様お願いします!」
と。ギルの方は王を人質にして兵士を切り倒して城を出ることも考えた。しかし兵士からの行きがけの案内で聞いていた情報、壁の隙間からの弓矢、侵入者の移動を制限する跳ね橋など、数あるトラップのせいで脱出は困難であると考えた。
思慮深い王は結局、約束通りギルたちに褒美を取らせて開放する。ギルもアンクを王に返却した。それでもイステラ王はガドラフの元配下が街に住んでいることを快く思わない。街からいつか排除したいと考えた。
*
しばらく経ったある日のこと、恋人同士になったギルとミアは、彼女の方が迷宮の入口を見に行きたいと言い出した。いまだガドラフに襲われる危険がある状態でギルは反対したが、ミアは是が非でも行きたいと主張を曲げない。ギルは逡巡するが、あの格闘マニアは女連れを襲うことはきっとないはずと、二人して草原を歩くことになる。
季節は初夏。タンポポが見ごろの時期で、草原のミアはご機嫌だった。タンポポを一輪摘んだミアがセルガーのことを話題にした。
「持って帰って押し花にします。…で、セルガーさんって僧侶であることを隠してるじゃないですか。でも初めは、ローマから逃げ帰った時には、魔法が使えるようになったことを周りのみんなに自慢しようと思ってたんですって」
「何なんだそれは?」
「最初は真っ先にセルガーさんのお父さんに自慢しようと思ってたみたいですけど、お父さんは『どうせ酒ばっかり飲んで遊んでばっかりで全然修行なんかしなかったんだろ。お前の顔は魔法なんか使えそうにない』って言ったそうです。確かにセルガーさんの顔で魔法は似合いません。失礼ですけど。うふふ。
それから売り言葉に買い言葉、『そうだ、修行なんかしなかった! 呪文なんか使えない! 使えても親父なんか治してやらない!』って言ったそうです。とりあえず、初めに自慢するタイミングを失ったのでお父さんが怪我をした時にでもそっと治してやろうと思っていたそうです。
それからセルガーさんは酒場のお手伝いを始めるんですけど、当時は悪の魔法使い退治ブームで冒険者がたくさんいてそれはお仕事がたいへんだったそうです。二十四時間営業で荒くれ者ばっかりで普通にお金をもらってお酒を出すだけでも一苦労、お父さんはよくさぼってお客さんとお酒を飲むし、店のシステム的に一ゴールドも払わないで床の上で何日も寝てる人までいたらしいじゃないですか。酒場の伝統だから文句が言えないって。
で、たまに怪我をして床にまで血を流す冒険者もいたそうです。本当ならその人のパーティーの僧侶さんが治してあげるらしいんですけど、僧侶さんのマジックポイントが足りないと回復呪文も使えない、治療に何日もかかることがあるそうです。さらにそのパーティーの僧侶さんが死んでしまうと治療が不可能、他人のパーティーに治療を頼んでもそんなお人好しも多くなく、怪我と僧侶さんの死で冒険をリタイアするメンバーも多くいたそうです。
セルガーさんは初めに目にした重症の冒険者をすぐに治療しようとは思わなかったそうです。『この一人を治してやれば全員が全員、自分に呪文を頼みに来る。そんなことはできない』という考えが真っ先によぎったそうです。
誰かを助けようか助けるべきではないかと酒場の店員を演じていたセルガーさんでしたけど、ある日すごくマナーがいい冒険者のお客さんとお友達になったそうです。そして案の定、その人も大怪我を負ったのですけど、セルガーさんは結局、その人を助けなかったそうです。ベッドで号泣したと言ってました。
一人で泣くことが多かった彼は最終的に全ての人を助けられないなら、誰一人助けないって心に決めたそうです。『俺って最低な人間だろ?』って笑ってました。私、それを聞いて泣きました」
生い茂る草木が太陽から照らされて眩しいぐらい鮮やかに光っている。幻想的な景色の中に入り込んでミアの心は贅沢な気分に満たされていた。
「すごく綺麗。ギルはいつもこんな綺麗な所を独り占めしてずるいですよ。それにセルガーさんともっとお話しないと駄目ですよ。お友達は大事にしないと。
セルガーさんはギルと酒場をやるようになって仕事が楽になったって喜んでました。冒険者じゃないまともな普通のお客さんが来るし、従業員もたくさんいるし、なんと言っても二十四時間営業じゃないのが最高だって。ギルにすごく感謝してますよ。セルガーさんはギルのことが大好きです。おおっと、ここで気持ち悪いって言うのは無しですよ。うふふ!」
おおっと、というのはリスハーやセルガーの真似である。あいつらは先読みした時にその言葉をよく使う。品のよくない言葉づかいだ。彼女には似合わないが、注意するだけの品性をギルは持ち合わせていなかった。
ギルたちが目的地の迷宮の入口まで来ると、高い岩山に沿って誰かが草を狩り、道を作った跡を発見した。そして雑草の道を渡り終えると、畑らしき場所にたどり着いた。それは家庭菜園を少し広くしたぐらいの規模でどこかで見たことがあるような苗が大きく育っていた。ギルは何の植物か見当もつかなかったが、葉を触るミアはそれはトマトであると言う。
ミアがリーフという名前を口にし、ギルはミアがメイドをやっていた頃のリーフの話を聞く。
ギルは翌日になって一人、この迷宮裏の畑におもむくと案の定、リーフが畑仕事に勤しんでいた。周りにはドワーフのディレクトリが木陰で昼寝し、城の兵士が見張りのようなことをやっていた。
「わー、びっくり! もうキミはダンジョンに入らないって思ってたからね。まさか見つかるとは思わなかった! こんにちは。見てみてよ。そこの緑のやつはトマトなんだけど、実が成らなかった。失敗したよ。今の時期には小さい実が成ってもいい頃なんだ。今回は駄目だった」
ギルが訊いてもいないのにリーフはべらべらと喋った。心底、野菜が好きなのだ。
「トマトはデリケートな野菜なんで栽培が難しいんだ。土地がかわったから正しい栽培方法がわからなかった。場所もおかしな所だしね。これならトウモロコシを植えるべきだったよ。トウモロコシは荒地でも育つ初心者向きの作物なんだ。キミもいつか土地を余らせる大地主になったらトウモロコシを育てるといいよ。
…おじいちゃん、あ、僕の野菜作りの師匠だね。あの人も最初は僕にトマトじゃなくてトウモロコシを作るよう勧めてくれればよかったのに。でも、子どもの僕に言ってもそんなの聞かなかったよな。自分で作ったトマトが食べたかったからね。トウモロコシよりトマトの方がおいしいよ! あーあ、家に帰りたいな。屋敷に帰れたら慣れた気候で思いっきりトマトが作れるんだよ。ところでキミ、ミアとお付き合いするようになったんだってね。おめでとう」
「ありがとう。でも、何で知ってるんだ?」
「ディレクトリが教えてくれたよ」
「ああ、新しい伝達係だな。あいつに聞かれたら筒抜けだな。ところで昨日、ミアとここへ来たんだ。ここを見てあいつもリーフの仕業だと気づいた」
リーフはクワで土を耕しながら少し無言で考えた。そして口を開いた。
「もしかしたら、彼女が一人でここに来るかもしれないって思った? それは困るね。そもそも女の人が一人で来るべき場所じゃない。それにミアを見たら僕がまたつらくなる。迷惑だよ。よかったらもうキミがミアをこの街からよそに連れ出してくれないかい? ……なーんてね。冗談だよ」
冗談に聞こえなかった。沈黙が流れてクワが地面を打つ音だけが響いた。ギルは彼の孤独が痛いほどわかった。




