ロッフル少年と僧侶のクーリッジ(1)
「ロッフル君、こんにちは。ご機嫌はいかがか?」
僧侶兼看護師の中年、クーリッジが病室に入るとベッドの上の患者が迎えた。
「おー、おっちゃん…。こんにちは…」
少年は両眼を大きく開けて疲れた顔をしながらも少しだけ笑顔を見せる。
「今日は何しに来たの?」
「体を拭こうか?」
「自分でできるって…」
「背中だけでもやってやろう」
僧侶のクーリッジは濡れたタオルで少年の背中を拭いた。彼の背中は瘦せこけている。布団の上には切断された足が見える。少年の足は足首から先がない。手術で切られた足首は花のつぼみのような形をしていた。
少年は小児がんで、それはもう全身に転移していた。がんのために動脈硬化を起こし、血流が悪くなって足は壊死していた。先日、サーキスの手によって切断されている。
ロッフル少年は片足を失くしたぐらいではもう感情も動かないようで反応も薄い。彼は生への希望もなくなっているようだった。背中から腕を拭かれる少年が言った。
「クーリッジのおっちゃんって俺の手術の日、暴れたんでしょ?」
クーリッジは強い反骨精神の持ち主で、言いたいことははっきり言う人間だった。イエスマンだらけの看護師の中でパディ院長にも納得できないことは必ず反論した。
ロッフル少年の手術の日に大騒ぎをしたのは彼だけだった。
「パディ先生、もっと方法はないんですか⁉ 片足を切り取るなんて野蛮で最悪の行為だ! 先生、他に選択肢はなかったんですか!」
手術台で少年が呪文で眠らせられた状況で、クーリッジはそう吠えていた。パディからは、
「患者からは了承をもらっています。ギル君、クーリッジさんを締め出して」
と言われ、ギルから首根っこをつかまれて手術室から放り出された。
話はロッフルの病室に戻る。クーリッジが少年に尋ねた。
「その話って誰から聞いたの?」
「ムキムキで顔がイカツイおじさん」
「ギル君か…」
それからロッフルが切断された足の先が痛いと言い出したので回復呪文を唱えてやる。
「なんか良くなった気がする…」
この状態で回復呪文など気休めにもならないはず。少年はクーリッジに気をつかっているのだろう。そして今度は背中が痛いと言われたのでクーリッジは今度は少年の背中を揉んでやる。
少年は身寄りがなく、しばらく前にフォード不動産の手によって病院に運ばれて来た。そういった子供の治療費は病院が負担するとフォードが決めていた。少年は最期の時をベッドで穏やかに過ごしていた。
「親もいないし、足も切られて、俺って何で生まれてきたのかな…」
「誰だって生まれてきた意味はある。私は君の背中を揉めて嬉しいよ…」
クーリッジは少年の体を揉みながら涙を流した。
「気持ちいいな…。おっちゃんが俺の父ちゃんだったらよかったなぁ…」
*
「パディ先生! 私をロッフル君と一緒にいさせてください! 残された時間、彼と寝食を共にしたい!」
クーリッジがパディに懇願した。そしてそれはあっさりと冷たく返された。
「ああ、それは駄目です。給料分だけ働いてください」
「いえ! 仕事をするわけではないんです! 労働時間外でいいんです! ただ、隣のベッドで寝たり、空いた時間に彼と話をしたり遊んだりするだけなんです!」
「駄目です。許可しません」
翌日になって司祭のハル・フォビリアからも釘を刺される。
「昨日、パディ先生から言われたが、クーリッジが一人の患者にご執心らしいが、そういう私情で行動されると仕事に支障が出ると言われた。言われたことを守らなければ看護師を辞めさせる。私からの命令だ」
クーリッジは顔を真っ赤にした。言葉はなかったが怒りの炎が燃えた。パディからの報復だ。これは先日、自分が手術の邪魔をした仕返しだ。
院長と司祭の命令などを無視してクーリッジはロッフル少年に会いに行こうとした。病室まで足を運ぶと扉の前でギルが立ったまま本を読んでいる姿に出くわした。
「あの…、ギル君…もしかして…」
「ああ、クーリッジ。あんたか。あんたがな…」
「君は私がロッフル君に会いに来るのを邪魔するようにパディ先生から言いつけられたな…⁉」
「話が早い。そうだ」
「私が強行突破を、呪文で君を麻痺させてそこを通ろうとしたら?」
「詠唱が終わる前にあんたの顔をぶん殴って止める、そう脅せとドクターから言われた。そして俺はあんたを殴るつもりはない」
「帰るよ…」
「寄って行け。あんまり長居するなよ。ドクターには黙っておく」
「ありがとうギル君!」
クーリッジが部屋に入ると少年の弾ける声がした。
*
数日が過ぎた。休み明けのクーリッジは今日も時間があればロッフルに会いに行こうと考えていた。しかし。
「ロッフル君が昨夜亡くなったよ」
同僚から言われて愕然とした。
「クーリッジを呼びに行こうと思ったが、なぜだかみんなお前を呼びづらい、朝まで待とうということになった」
クーリッジは霊安室でロッフルと再会した。がんで苦しんだ少年の死に顔は眠るように穏やかだった。少年は身寄りもないこともあり、その日は簡素な葬儀が行われた。それから皆の業務は平常通りに行われた。
*
少年の死から二日が過ぎた。
「あのな、ギル君…」
クーリッジが真剣な面持ちでギルに頼みごとをする。
「君って若いのに孤児院をやってて、今さらながらすごいと思った。それでよければ私も子供を育ててみたいと思った。よければ私に一人養子をいただけないだろうか…」
ギルは彼の願いをあっさりと断る。
「あんた独身だろう。男やもめになんとやら、独身中年に大事なガキどもは渡せん」
「そうか…」
「だが、一つ条件がある。あんた、今度の日曜日にうちに来い」
*
クーリッジが着慣れた法衣で孤児院に行ってみるとロングヘアが良く似合う女性が待っていた。
「初めまして。ミモザと申します。今日はよろしくお願いします」
体を折って丁寧にお辞儀をする初対面の女性にクーリッジは固まってしまう。
「ギル君、これは…」




