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親子喧嘩

 孤児院での朝食。子供が増えたテーブルはにぎやかだった。サフランや小さな子供、リクトとカランはおいしいおいしいとパンを頬張っている。お手伝いのアデリスとクレアがそれぞれ赤ん坊にご飯を食べさせ、ミアも娘のカシミアにスプーンの使い方を教えながら食事を与えている。


 皆が食事を楽しんでいるとギルが隣の席のスプリウスからハンバーグを奪った。その奪い方は野蛮で上からフォークで串刺しにして、ギルはむしゃむしゃとハンバーグを食べた。

「何をする、ギル⁉」


「いらないかと思って俺様が食ってやった」

「よくもよくも! ワシが楽しみにしていたのに!」

 周りにはもちろん子供たちもいた。友達にやれば尻叩きはまぬがれない行為。それを手本になるべき育ての親が実の父からハンバーグを盗むとはありえない。皆が唖然としていると。


「ギル、ハンバーグのかたきだ! 表に出ろ!」

「おう、望むところだ」

 ギルの右側に座るミアがたじろいだ。

(いけませんわ! ギルはお父さんと戦いたくてしょうがなかったのですわ! そして暴力でしか息子とコミュニケーションが取れないお父さん! 二人はこの日を待ち望んでいたのですわ!)


「駄目です! 子供たちの教育によくありません!」

「すまない、ミアさん。ギルの親としてこいつを修正してやらなくてはならない。止めないでくれ…」

「じいちゃんとギル、どっちが強いか見たい見たい!」

 子供たちは大はしゃぎ。


「いけません! 駄目です!」

 全員が行儀よく朝食を食べ終わると、予定通り戦いが始まるのであった。


    *


 道端に出たギルとスプリウスは上半身は裸。おまけに裸足。向かい合う二人の間でシムエストがルールを決める。

《武器はなし。呪文も禁止。素手での勝負だ。まいったと言った方が負けだ。いいか》

「わかった」

「異存ない」


 シムはジョセフ少年が大事そうに抱えている。サフランやクレアはニコニコ顔だ。

(親父を倒すことは俺の人生の目標だ! これで夢が叶う!)

(息子とたわむれられる! こんな嬉しいことはない! ギルに勝てばちびっ子たちの人気も独り占めだ!)


 ギルとスプリウスが子供たちから離れると、何の合図もなく戦いが始まった。ギルの左右の拳がスプリウスの胸にドスドスと突き刺さる。パンチの数発をスプリウスの前腕がパシパシと払う。

(おそらく親父は俺のパンチが見えていない。雰囲気で防御しているだけ…)


 ギルは一気に勝負を決めようと一瞬で背を低くして下段回し蹴りを放った。スプリウスの視力はやはりこちらに追いついていない。

 ガッ!

(何⁉)


 ギルの下段足払いの回転がスプリウスの足によって止まった。不意をついたにも関わらず、スプリウスの体重と体幹の良さに彼の自慢の蹴り技は全く歯が立たなかった。

 一瞬、思考が止まったギルの上からスプリウスが平手を叩きつけた。ギルの顔面が舗装された地面にめり込む。スプリウスは間髪入れずに息子の両足をつかみ、振り上げて地面に叩きつける。石畳の道がさらに大きくバラバラに崩れた。バウンドして空中に浮いたギルに向かってスプリウスがドロップキックをする。ギルは一直線に吹き飛び、舗装工事のための砂利山に顔から突っ込んだ。


「うわ! すごいすごーい」

 一瞬の出来事であったが、またとない娯楽に子供たちは大喜び。

「皆さん、見てはいけません!」

 いまだにミアは子供たちに無意味な注意を続けている。スプリウスがサービスとばかりに笑顔でマッスルポーズを何種類も決める。


「おじいちゃん素敵!」

「かっこいい!」

「師匠立って!」

 ギルは顔面を血まみれにしながらフラフラと立ち上がる。


(俺が知っているバレンタイン流格闘術はもっと地味で上品だったぞ…。くそ親父め、ガキどもの前だからって張り切ったな…。しかし、ナチュラルに砂利に突っ込めた)

 スプリウスに向かって歩けば、父は余裕の表情だ。

「まだやるか」


「行くぞ」

 拳の間合いに入るとまたもギルがパンチを放つ。スピードに慣れたのかスプリウスはギルの腕を弾き続ける。

(親父の耐久力…。こいつを倒すには大技を決めるしかない)


 拳の打ち合いでけたたましい音が鳴る中、ギルは左手の親指で小石を弾いた。先ほど砂利山から拾った物だ。それはスプリウスのまぶたにこつんと当たり、一瞬目くらましになる。ギルはその場で半回転、スプリウスの死角に向かって脚を大きく振りかぶり、頭に足を激突させた。決めた技は上段回し蹴り。完全なる模倣、宿敵ガドラフの技だった。


 それは台風を収縮させたような威力だった。スプリウスは吹き飛び、地面に倒れる。頭のダメージが足に来たのか、立ち上がろうとするが起き上がる気配がない。スプリウスが腕の力だけでうつ伏せから仰向けになると、空に向かって声を振り絞って言った。

「立てない。ワシの負けだ」


 ギルが両腕を上げて叫んだ。

「やった! 勝った! 勝ったぞ、母さ……」

 子供たちが唖然とした目を向けていると、意識的に自分を取り戻したギルが言った。

「クレア、呪文の練習だ。じいさんを回復してやれ」


「オッケー」

 サフランがギルの方へ寄って来る。

「ギルは私が治してあげるー!」

「そうか」


 スプリウスが回復呪文を受けてやっとのことで立ち上がる。皆が和気あいあいと戦いの内容を面白かった、また見たいなどと話し合っていると突然、ジョセフ少年が物言いをつけた。

「師匠の負けだ!」

 ジョセフの言う師匠とはギルのことだ。呆然と皆がジョセフを注視する。


「師匠は小石を拾って指で弾いてじいちゃんの目にぶつけた。それで逆転勝ちしたんだ。この勝負は武器は禁止。だからギル師匠の負けだよ!」

「そ、そんな! 動きが速すぎて何をしてるのか全然わからなかったわ!」

「ほんと! 私も見えなかった!」


「ワ、ワシもだ…」

 ジョセフが手の中のシムに向かって注意した。

「駄目だよ、シム先生。見ていたなら言わないと」

《ぐぐ…》


 シムはギルの完全なる味方である。戦いの世界に卑怯も何もない。彼らの感覚ではどんなに汚い戦法を使ってでも最後に立っている人間が勝者なのである。

「しかし、やった! ワシの勝ちだ! ギルに勝ったぞ! ありがとうジョセフ!」


「ずるいぞ、ジョセフ! 俺の弟子なら味方して黙ってろ! 小石ぐらい武器にはならないぞ!」

「駄目駄目。師匠はちゃんとルールを守って」


 その後、ギル親子はフォードから叱られる。

「有り余る力で親子喧嘩を。道路をボコボコにして。おじさんは悲しいなあ」

 二人はフォードから道路の補修工事を命じられた。

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