憧れのマイホーム
「やっぱりお酒はうまいぜ。最高だぜ。先週は帝王切開の手術、マジで緊張したぜ! …結婚してブラウン家に婿入りした時にこれ以上の幸せはないって思っていたけど、娘が生まれてさらなる幸福を感じられるぜ! 幸せ過ぎて怖いぜ! …あ、俺ちょっとトイレに行って来る…」
今日もサーキス、サフラン、セレオスの三人がナタリー食堂に集まっていた。サフランが言った。
「家族の中でお酒を飲むの、ライオンさんだけだからおうちで大っぴらに飲めないって言ってた。ここに来るの楽しみなんだね」
セレオスが相づちを打つ。
「サーキスはいつもへんてこりんだけど、今日は特に酔っておかしいね。子供が生まれて嬉しくてたまらないんだね。それも自分で奥さんから赤ちゃんを取り出したんだもん。今も手に余韻が残ってるって言ってたよ。…あ、急に話が変わるけど、サフランって髪の毛を伸ばさないの?」
セレオスがサフランのおかっぱの髪型を話題にする。
「ああ。ちょっとは伸ばしてたんだよ。だけどライオンさんが格闘技をやるっていうから、孤児院のみんなでライオンさんに習うことになったの。床の上でゴロゴロする格闘技みたいだから、教えてもらうのに私も髪を切って。ちょっと習ったけど私は運動嫌いだからやめちゃった。
ちなみにライオンさんは独身時代にブラウンさんの家で、大きなベッドの上でドロシーにV流格闘術を教えてたんだって。そしたら良からぬ雰囲気になってライオンさんはドロシーから襲われたって。『それで子供ができてブラウン家に婿入りすることになったぜ。V流格闘術はかくも恐ろしき格闘技なんだぜ』って言ってた」
「いや、僕は君が髪を伸ばさないのか訊いたんだよ⁉ ファナさんは関係なくない⁉ それにサーキスは子供に何を言ってるんだよ⁉」
「イヒヒヒー!」
*
「パディ先生! うちの病院、ライス総合外科病院の方に出資したいという人が現れましたよ!」
ライス家のお茶のひと時。リリカがおもむろにそう告げるとパディは驚いた。
「どういうこと⁉」
パディの自宅に昼間、来客があり、その人物は投資家の集まりの一人で銀行員と名乗った。ライス総合外科病院に前々から興味を持っており、病院を移転、拡張して医者の育成にも取り組みたいと意欲的なことを言ったらしい。
リリカが生き生きと目を輝かせて説明する。
「土地はこの近所でそこに新築してくれるって言ってました! こちらもある程度はお金を払わないといけないけど、うちの手出しはほんのわずかでいいそうです!」
「やったよ、リリカ! 夢のマイホームを手に入れられる! 借家住まいから解放されるよ!」
「ですね! 先生!」
二人は手を取り合って喜び、さらに社交ダンスも始まる。
「図面を見せてもらいましたけど、豪邸でしたよ!」
「最高だね!」
*
数日後、スレーゼン銀行まで話に行くことになった二人に、フォードもそれに参加したい、ついて行くと言い出した。
「ワシもその投資話に一枚噛みたくなったの。そんな儲け話はスルーできないね。パディちゃんがワシの手中から逃れようとしているのも気に食わないなあ」
フォードのわざとらしい口調にパディが顔をしかめる。パディがフォードから離れてリリカに小声で言った。
「何でフォードさんに言うの⁉」
「それはお世話になってるから! 引っ越すのならなおさらです! 今までフォードさんにどれだけお世話になってるんですか!」
それからフォードの横にはギルがいた。今日の彼は普段着でスラックスを履いている。
「俺はミスターに呼ばれて来た」
「今日のギーリウスはワシの秘書という設定だ。ワシは不動産屋ではなく近所の金持ちのおじさんという体だ。ついでに今日はワシのことをフォードと呼ぶのは禁止。カザニルさんと名前で呼びなさい」
「ミスターカザニル、理解したぞ」
ギルだけが良い声で返事をする。
「お前さんはお利口だな。なでなでしてあげよう。よしよし」
ギルが膝を曲げてフォードに身長を合わせて頭をなでられる。
「身に余る光栄だ」
(微笑ましいわ)
(ギル君の洗脳の度合いが進んでる…。こうはなりたくないな…)
四人が揃って銀行へおもむく。この日はパディはベストを着込み、リリカは黒いフレアスカート姿。金がない生活の中で今日のために特別、二人の精一杯のおめかしだった。
そしていつもはタンクトップでうろつくフォードも、今日はなぜか燕尾服を着ている。頭にはつばの広い帽子をかぶっていてトレードマークのバーコードハゲも見えない。
銀行へ着くと入り口の前にその例の銀行員が姿勢を正して待っていた。
リリカが会釈して挨拶する。
「わざわざ銀行の外でお出迎えなんて! ありがとうございます、ストロットさん!」
「こちらこそ、ご足労ありがとうございます。ライスさん」
銀行員の中年とリリカが握手を交わす。
「リリカの夫のパディ・ライスです」
「近所のカザニルでございます。投資話と伺ってついてまいりました」
「カザニル氏の秘書のギルだ」
全員がストロットと名乗る銀行員と握手する。
「ではお話は行内で」
とストロットが先頭を歩き、四人が後を追う。営業中の銀行内は活気に満ちて職員が仕事をしている。客も大勢が待合室に座り、預金や融資の話を今かと待っている。それを尻目に四人は二階の部屋に通されて横長いテーブルに全員が座った。
それからストロットが一度、部屋から出るとコーヒーを淹れて戻って来た。そして目尻を下げて新家屋の説明を始める。彼は上座に立ち、席に着かずに身振り手振りを交えて話をする。
「さて、先日も少し話しましたが、私たちは新たに病院を建てたいと思っています。そして院長にパディ先生を迎え入れたいと思っていましたが、カスケード病院でお仕事されていると聞きましてそれは断念、リリカさんが院長になっても良いし、代理を立ててもらっても構いません。
ライス総合外科病院は国をまたいで患者を呼ぶ評判なので我々がいくら投資してもあっという間に回収できることでしょう! こんなこと誰でも思いつくことです! それからライスさんの住居も…」
パディがはじけそうな顔で言う。
「夢のマイホーム!」
ストロットが両手を広げて言う。
「そうです! 図面をお見せしましたがまだまだ変更は可能。先生のご住居は院内でも、離れでもお好きなようにできます」
パディとリリカは顔を見合わせて微笑む。
「…先日も言いましたが、税金の都合や出資者としての名目で一部お金を負担していただかないといけません」
「いくらですか?」
ストロットとパディがやり取りする。
「三十万ゴールド」
「高い…」
「え…?」
「分割できません? 月五千ゴールドとか」
「大丈夫です! それも無利子で!」
「すごい、五年で支払える! それで家が手に入るならすごく安い!」
フォードが帽子を脱ぎながら口を挟んだ。
「それってワシも投資できるの?」
「もちろんです、カザニルさん! 何口でもどうぞ!」
お互いの手を握って喜んでいるライス夫婦をよそに、フォードがギルに命令した。
「ギーリウス、こいつの顔面を殴れ」
さすがのギルも非常識な命令に一瞬ためらう。
「な、何だって?」
「死なない程度にこいつを殴れ」
フォードの操り人形、主に忠実なギルは意味がわからずとも椅子から立ち上がり、振りかぶって銀行員の顔面に拳をめり込ませた。殴った速さで腕を引くと中年の鼻からボタボタと血がしたたる。鼻をおさえた中年が次に言った言葉はこうだった。
「何でわかった…」
「コーヒーがまずかったからだ。お前は普段からコーヒーを淹れ慣れてないな」
パディたちは何を話しているか意味がわからなかった。フォードが説明する。
「こいつは詐欺師だ。籠脱け詐欺っていう典型的なやつだな。こいつはここの銀行マンじゃない。おそらくこの部屋を借りてるだけだ。建物の一部を借りてあたかもそこの従業員と思わせて信用させて騙す手口だ。ギーリウス、逃げないように腹にでももう一発いっとけ」
ドゴッ! 中年の詐欺師は腹をおさえて体を丸める。内臓が破裂するほどのダメージでしゃべることもできなくなった。
フォードが推理を続ける。
「あとはこいつの靴のサイズが合ってないところとか。上等な靴を用意できなくてどこかから借りて来たんだろうね。まあ、ワシを見て誰かわからないみたいだから、よそ者だね。それがこいつの一番の敗因だったね。…ワシが不動産屋って言ってたらちょっとは警戒しただろうけど。パディちゃんが貧乏人って知らなかったのも違和感があったかな」
フォードは部屋から出て他の銀行員を呼んだ。
「おーい、詐欺師を捕まえたぞー。誰か警察を呼んでくれー」
帽子を脱いだフォードは向こう数十メートルからでも正体がわかる。それでいて行内の人間は突然フォードが二階から現れたように見えた。
「フォードさん、うちに来てたんですか⁉」
「どうやって⁉ いつの間に二階へ⁉」
誰しも皆、普段からフォードのハゲ頭しか見ていないようだった。
しばらくして警察がやって来た。その際、ギルが詐欺師の傷を回復し、男は警察署へ連れて行かれた。
パディはまだ正気を保っていたが、リリカの方は茫然自失といった状態だった。声も出ない様子だ。あと少しで三十万という借金を負わされるところだった。新婚生活が破綻するかもしれなかった。
「ギーリウス、リリカちゃんを家まで連れて帰って」
背もたれに寄りかかり、立ち上がることもできなくなったリリカをギルは立たせて背負い、銀行から去って行った。
「さてパディちゃん、これから一緒に散歩でも行こうか」
パディとフォードが遅れて銀行から出ると天気の良い街を歩き出す。
「さあ、楽しい説教タイムだ」
(そのためにリリカを家に返したな! 僕と二人きりになるために!)
「だいたいよお、話がうますぎたんだ! お前の目は節穴か!」
「は、はい…」
(僕は怒るのは好きだけど怒られるのはすごく嫌いなんだ! サディストっていう自覚はすごくある!)
「お前ってどうせおぼっちゃん育ちで学校の勉強だけは上手にできてたんだろう! なんの不自由もなく育って世間知らず! パディちゃんは私生活で観察力ってないの? 観察力ってお医者さんに必要なものじゃないの? パディちゃんの病院での診察ってその程度だったんだー。がっかりー。
カスケード病院の院長は病院では王様みたいな振る舞いだけど、外に出たらただの愚民だなあ。ワシに謝れ!」
(このハゲに大きな借りを作ってしまった…。くそ…)
「ぐみんなさいフォードさん…。う…。あ、あまり怒られるとストレスで僕の心臓が…」
「それはたいへんだ! これからお前の主治医に診てもらおう! …もし、異常なしなんて言われたらお前殺すぞー! …ああ、そうだ! 今日はお前を助けてやったのにまだ感謝の言葉を聞いてないなあ」
「ありがとうございました…。本日は騙されて僕の人生が破滅するところでした…。フォードさんに救われました…。僕たち夫婦の恩人です…」
「よろしい!」
この日、パディの胸に巨大な反骨心が生まれた。
(今の家を、こいつからいつか買い取ってやる!)




