セルガーとベルベット(1)
ギルがモンステラ王国から帰還の呪文で我が家に帰ると、待っていたのは肥満でリーゼント頭のセルガー。酒場のせがれで僧侶の彼、バレンタイン寺院の最後の弟子だ。ギルの父スプリウスから帰還の呪文でイステラ王国のカレンジュラ市からこちらに連れられて来たようだ。セルガーの周りには子供たちがまとわりついていた。
「よう、ギル! 元気そうだな!」
先日、セルガーとスプリウスは感動の再会を果たした。そしてセルガーの方はスレーゼンまで噂の病院をたずねたいと前々から考えていた。
そしてセルガーがチーム・オルバンの連中と知り合いであることにギルは驚いた。
「ど、どういうことだ⁉」
「ちょっと外に出るぜ」
セルガーとギルが中庭で秘密の話を始める。モンステラから連れ帰ったドレイク、マーガレット、バロウズもその場で話を聞く。ドラゴンのオルバンも一緒だ。
「こいつらにギルのことを教えたのは俺だ。黒い格闘家って奴のことを聞きたくてしょうがないようだったから、仕方なくな」
セルガーが言うにはドレイクとバロウズは酒場を旅の拠点としていたので二人はセルガーの前に頻繁に現れていたと言う。
セルガーの目から見た二人は気前のいい客という印象しかなく、顔を合わせては意気投合していた。
それからしばらくしたある日、セルガーがいつものように散歩を楽しんでいると、町はずれ手前の少し寂しい街角に老婆が血を流してうずくまる姿があった。慌てたセルガーは建物の陰に体を隠し、その老婆に呪文を唱える。そして詠唱が終わった瞬間に家の屋根から巨体のドレイクが飛び降りて来た。
仰天するセルガーの横にはバロウズが現れ、その奥から見知らぬ黒髪の男も現れる。老婆も血塗られた体であるにも関わらず達者にこちらに歩み寄る。
「これはニワトリの血じゃ。ヒッヒッヒ!」
「呪文を唱えた瞬間は抑えたぞ!」
「やっぱりこいつ僧侶だった!」
「僕はこんな嫌らしいことはしない方がいいと言ったんだけど…」
チーム・オルバンこと、勇者一行に呪文を唱える瞬間を見られてしまったセルガー。観念した彼は自分が僧侶であることを白状した。バレンタイン寺院のことは伏せて、それでいて自分が僧侶であることを周りに知られると生活が不自由になる、勇者のパーティーには他言無用と約束させた。
「くそ、暇人どもめ…」
「その通りだ! 我々は旅の目的に行き詰っていたからな!」
ドレイクが胸をそらせて自慢する。
「はあ…」
セルガーはため息をついて続けた。
「あんたらは悪い連中じゃなさそうだ…。常識もあるみたいだし…。いや、今のはないか…。あのな、あんたが探している黒い格闘家って奴、もしかしたら俺の友達が知ってるかもしれない。そいつの名前はギーリウス・ラウカー。通称ギルだ」
勇者一行が顔を見合わせた。
「そいつはガルシャのスレーゼン市で今は看護師をやっている。ライス総合外科病院っていう所で働いている。すごい病院らしい…」
全員が驚いた。
「何じゃそれ⁉」
「普通にそこ知ってるけど⁉」
「僕たちはそこの元患者!」
「パディ先生は知り合いだ!」
「マジか⁉」
勇者のセレオスがメンバーに言い聞かせる。
「急ごう。何か胸騒ぎがする」
セレオスがそう言うならばとメンバーがうなずいてその場でドラゴンで飛び立つ。
それからスレーゼンの上空にたどり着けば、北の草原で大爆発が見える。何かが戦っている気配にオルバンを飛ばし、ギルの加勢をした。そして今に至るわけである。
「で、黒い格闘家をやられそうになっていたギルを見つけて我々が助けた」
「お前たちだけじゃ殺されていただろ! 俺がいなかったら一分で全滅だったぞ!」
孤児院の中庭でドレイクとギルの言い争いが始まった。セルガーが目を細める。
「お前ら、もう仲良くなってやがる…」
そんな二人を尻目にセルガーは孤児院の中に戻って行く。ここでギルの左手のシムが二人をさえぎるように言った。
《あのな、ドラゴン乗りのお前…。うちの子供にドラゴンの戦士になりたいって奴がいるんだ。どうだろうか…、ドレイク…。お前、就職の世話を…、斡旋をしてもらえないか…》
ドレイクが鬼の首を取ったように高みからギルに言いまくる。
「おい、ギル。頼みにくいことは自分のマスコットに言わせるのか? お前、私にそんな口の聞き方をするべきじゃなかったんじゃないのかぁ?」
「ぐむむ…。タ、タイミングが悪いぞ、シム…。今、言うべきじゃなかったぞ…。俺様はこいつと口げんかをしてたんだ…。マシューのことを頼むにもしばらく時間を置いてからだな…。あのその、ごにょごにょ…。ドレイク、貴様は思ったより悪い奴じゃなさそうだから、俺様が特別にうちの大事な子供を預けてもいいと思ってる…」
「ふーん!」
ふんぞり返るドレイクにギルが土下座の態勢を取ろうとすると皆が慌て出す。そこへ家からセルガーが一人の女性を連れて来た。彼女を見た賢者のバロウズが声をあげる。
「ベルベット!」
金髪の女性は笑顔で手を振った。酒場の店員のベルベット。幼少の頃の発熱で声を失っている。先日はセルガーの酒場でゴロツキにからまれ、バロウズたちに助けられていた。セルガーが説明した。
「前々からベルベットをサーキスが働いている病院に連れて行きたいって思ってたんだ。親っさんが来たからちょうどよかった」
「俺もだ!」
「私もだ!」
バロウズとドレイクは同意する。そこに法衣をまとったスプリウスが現れた。
「ワシも彼女を見てすぐさまそう思った」
「この人はギルの親父でスプリウスさんだ。立派な牧師さんだ」
セルガーがスプリウスの説明を簡単に済ませると善は急げと皆が病院に向かう。オルバンは空に待機してもらうことになった。
「ギルの父、スプリウスです。牧師をやってます。初めまして」
「私はドラゴンの戦士、ドレイク。息子さんとは先日知り合いになりました。私はライス総合外科病院で痔を治してもらいました」
「なんと! あなたも患者だったか! 何とも奇遇な!」
七人は和気あいあいとそろって歩く。ギルとシムは自分たちで勝ち取った気持ちやすらぐ平和な時間を幸せにかみしめる。




