ギルと勇者のパーティー
「ギル! お前、私たちと仲間になれ!」
「嫌だ」
スレーゼンの北の草原でガドラフを退けた直後の話。
ギルと勇者一行はライス総合外科病院に集合していた。入り口前の屋外だ。ドラゴンの戦士ドレイクと聖騎士のギルの言い合いが続いている。二階に届くほどの中型のドラゴン、オルバンが後ろでふわーっとあくびをした。
草原ではガドラフが逃走、正体不明の僧侶の死体はオルバンに乗せてフォード不動産に預けて来た。その際、社長のフォードは不在だったので従業員のフィリップにことづける。
それからたまたま話に出て来たライス総合外科病院という単語で一同がそこへ集結することになった。
本日は日曜日であったため、病院は休診。パディとリリカは私服で玄関に顔を出した。ちなみにこの二人はまだ結婚前である。
「ギル君とドレイクさんたちは知り合いだったんだね!」
パディの感嘆にギルは口ごもり否定する。
「い、いや、さっきそこで会ったんだ。出会ったばかりだ」
ドレイクが話を合わせる。
「そうなんです、パディ先生!」
パディが勇者のセレオスを見ると鎧兜をフル装備。ギル、ドレイクも鎧を着込み、装備の痛みや服装の乱れ、どこかで何かと戦って来たのだと一目瞭然だ。
パディは小さく首を横に振る。この人たちは質問してもそういうことには一切答えないだろう。わかっていた。
そしてギルの方は勇者一行から熱烈で執拗なスカウトを受けていた。
「それだけの力があって正義のために剣を振るわないとはあまりに無責任だぞ!」
「そうじゃそうじゃ!」
「お前、イステラで会った時は仲間になってやろうって言ってただろ!」
賢者のバロウズがいきなりギルに切り札を出した。バロウズとギルはイステラ王国で出会っていた。賢者のバロウズが転移の呪文に失敗した時、たまたまそばにいたギルが彼を助けたのだ。ギルは不愉快さを隠さない。
「賢者のお前! あの時、俺の言葉が聞こえていたんだな! 貴様は俺を無視してさっさと転移で消えて行ったぞ! 当時、俺は喉から手が出るぐらい仲間が欲しかったんだ! …お前みたいなあまのじゃくに力は貸さない!」
「く…。だって面倒くさかったし…。昔のお前、今と違って弱そうだったし…」
勇者のセレオスが真摯な態度で語りかける。
「ギル、君は黒い格闘家と因縁めいた関係であるみたいだし、君が奴を倒すのは義務じゃない?」
「何回も言うが俺は孤児院のガキどもを育てる任務がある。戦いが嫌なんだ。平和な世界で暮らしたい。俺に火の粉が降りかかれば全力で振り払うが、そうでなければわざわざ火中には入っていかないぞ。それにあいつ…黒い格闘家は次元を操る噂がある。あいつを殺してもどうせ何年かしたら勝手に生き返るぞ」
「そうなんだ…」
「それにどこに出現するわかりもしない相手を家や家族を捨てて探しに行くことなんてできない!」
隠居暮らしを望むギルに、それでも四人はまだまだ必死だった。老婆のマーガレットが言う。熱意は衰えない。
「じゃあ! 一回だけ力を貸しておくれ! モンステラの国が危機なんじゃ! 元大臣がクーデターを起こして王様が殺された…」
ここから北西にあるモンステラ王国。そこで父を殺されたモンステラ王子は国を追われ、帰る場所も失うが仲間を得て一念発起。軍隊を作り、反乱を起こし国を取り戻そうとする。元大臣をあと一歩というところまで追い込むが突如、黒い格闘家ことガドラフが現れ、元大臣側に加勢、モンステラ王子の軍は崩壊してしまう。
「…あんたが黒い格闘家を放置していたせいじゃ! モンステラだけはどうにか助けに行くよ!」
「そうだ! お前がいればあっという間に決着がつく!」
「ギル、お願いだよ!」
激しい論争が行われるすぐ横で、パディとリリカは涼しい顔でドラゴンのオルバンに話しかけていた。
「オルバン、君が大きくなってこうやって話をするのは初めてだね。僕はパディ・ライスだよ。覚えてる?」
「あたしはリリカよ」
ご主人を何度も助けてくれた人たちだ。覚えていることは当たり前だ。
「クェー」
オルバンがうなずく。
「君ってやっぱり頭いい! …あの僕、君の背中に乗りたいんだけど、いい?」
オルバンは伏せをして腹を地につける。首を背中に伸ばして乗ってくれとジェスチャーする。
「うわあ! ありがとう!」
「先生、あたしも乗りたいです!」
パディとリリカが背中に乗るとオルバンは立ち上がって景色を広く見せてくれた。
「うわ、高い高い! すごいよ、オルバン!」
「気持ちがいいですねえ!」
美しく舗装された道に並ぶ家の街並みがずっと奥まで見える。見下ろせば「そこを何とか!」「いーや」と拝み続けるドレイクとかぶりを振るギルが見えた。
そんな場面にちょうど不動産屋のフォードが現れた。ハゲ頭のフォードはドラゴンを見て驚いていた。
(こいつは⁉ 以前からスレーゼンで目撃情報があるドラゴンか⁉)
何度も瞬きを繰り返すフォードをよそにパディがオルバンにこっそり耳打ちした。
「ねえねえオルバン、あのハゲのおじさんを頭からガブッと食べてよ!」
「先生、なんてことを⁉」
オルバンは長い首でパディの方を向いて眉間にシワを寄せて首を横に振った。
「ちぇー…。ま、あんなの食べても食あたりを起こすだけだからね。君はお利口だね」
フォードはオルバンに近づいて見上げる。
「近づくとさらにでかく見える…」
ギルが挨拶をした。
「ミスターフォード。ごきげんよう」
「こんにちは、ギーリウス。ところでこのドラゴンって誰の?」
フォードという名前に反応したドレイクが瞬時に握手を求めた。
「あなたがフォードさん! ドラゴンの彼は私の相棒です! 私はドラゴンの戦士ドレイク! こうやって会うのは初めてだ! 初めまして!」
ドレイクとフォードが握手を交わし、フォードだけが怪訝な顔をする。
(誰だ、こいつ?)
「私は一年ほど前にここで入院していた者です! ちょうど隣の隣の部屋にフォードさんが入院されていて騒いでおられた。声だけしか聞いていなかったのですが!」
「ああ! ワシ以外にも患者がいたのか! それはすまなかった! パディちゃんだけをネチネチいたぶりたかっただけだけど、巻き添えにしてたか! ごめんね!」
「いえいえ! おかげでパディ先生が家賃の支払いに困っていることを知れましたよ! ははは!」
「ところであとの三人は…」
フォードはセレオス、マーガレット、バロウズの方を見る。
「僕はドレイクの仲間です。聖騎士です。ここの病院で患者としてお世話になりました。パディ先生に脳腫瘍を治してもらいました」
「ワシはマーガレット。魔法使いで元患者ですじゃ。まぶたが伸びて目が見えなくなっていました。先生に治してもらったよ」
「俺は賢者のバロウズ。俺もここの元患者。声帯ポリープっていうので声が出なくなってたぜ。パディ先生に治療してもらった」
「へえ。不思議な巡りあわせだねえ…」
他の三人とも握手を続けるフォードはうなずきながら考えた。
(しかし! このドラゴン、金の匂いがぷんぷんする! こいつらをセットでワシの手下にできないものか!)
「ところでギルとフォードさんはどういうご関係で?」
ドレイクの質問にギルが答えた。
「ミスターフォードは俺のスポンサーだ」
「ああ、そうなのか! …あの、フォードさん! 隣々国のモンステラの窮地を救いに行こうとこいつに頼んでいるのですが、なかなか首を縦に振ってくれないんですよ」
身振りを交えて切々と語るドレイクにフォードがため息をついた。
「はあぁ…。ギーリウス…。お前さんはいつからそんな薄情な人間になったんだ…。お前さんの力ならどんな敵も膝を屈することだろう…。それを見過ごすなんておじさんは悲しいよ…」
「あ、いや! 俺はこいつらに加勢しようと思っていたところだ! この世にはびこる悪は許しておけない!」
勇者一行は白い目をギルに向けた。
(この人は目上の人間の前じゃ態度を変えるんだ…)
(変わり身の早い奴)
(金に媚びる、信用ならない奴じゃね…)
ドレイクだけが相好を崩して歓迎した。
「いやしかし、仲間になってくれるなら心強い! よろしく頼むぞギル!」
ここでパディとリリカがオルバンから降りて言った。
「よかったね、ドレイクさん! …僕はギル君の性格からして簡単には手を貸さないって思ってたんだ。だから僕も一緒になって説得しようと思ってた!」
「あたしもよ!」
(ギル君ならさっと用事を済ませて戻って来るだろう!)
(四人とも元気そうでよかったわ)
(こんな人を仲間にして大丈夫かな…)
(モンステラ王子をどうしても救いたい!)
(ドラゴンと運転手が是非とも欲しい)
(面倒なことになった…。ミアになんと言えばいい…)
全員が思い思いのことを考え、和気あいあいとした雰囲気の中、ここで突然、老婆のマーガレットがパディに懇願する。
「でもやっと会えたよ、パディ先生! ワシはあんたに会いたかったんだ! あんたはワシのまぶたを伸ばしたじゃろう! だから顔のシワ、他全部伸ばせるだろうって思ってたんじゃ! それを頼もうって思ってたのに、こいつら三人が妨害してワシはパディ先生と会わせてもらえなかったんじゃ!
金に糸目を付けない! お願いじゃ、パディ先生! ワシの顔のシワを伸ばしておくれ! ワシは若返りたいんじゃ!」
「だ、駄目ですよマーガレットさん…。僕はそんなことはできません…。専門が違います…」
勇者一行がマーガレットを止める。
「ほら、迷惑になるからやめとけって言ったんだ!」
「これだから先生とマーガレットを会わせたくなかったんだ!」
マーガレットはかぶりを振った。
「嫌じゃ! …ほらほら先生! ここに五万ゴールドある! これだけあれば家賃の支払いも楽々じゃよ! これでどうかワシに手術しておくれ!」
「む、無理です…」
「パディ先生! そう言いながらも金に手が伸びてるぜ!」
「お、お金の魔力に手が勝手に…。ぐ、ぐわあー!」
「パディ先生、負けるな! 正気を保て!」
「ほらほら! もう一万ゴールド増やしてやろうかね! イシシシ!」
「誘惑に負けるなパディ先生、がんばれ!」
ギルは冷ややかな視線を送って言った。
「こいつらアホだな…」




