18
「ありがとうございました」
控え室に入るとアリスは一同に頭を下げた。
「大変だったわね。不快だったでしょう」
「いえ……身分のことで何か言われるのは分かっていましたから」
ソフィア様の言葉にアリスは首を横に振った。
「それより、大事な婚約発表式なのに騒ぎを起こして申し訳ありません」
「アリスが謝ることではない」
ぽん、とお兄様がアリスの頭に手を乗せた。
「あの女の行動を予測できなかった私の責任だ」
そう言って今度はお兄様が殿下へと頭を下げた。
「なに、いくらバルゲリー嬢でも公式行事の場であのような行為をするとは思わないからな」
エルネスト様は苦笑しながら答えた。
「侯爵にもクギを差した。さすがに当分社交の場には出てこないだろうし、今後あのようなことは起きないだろう」
「念のため後で書面も送っておいた方がいいのでは?」
「そうだな」
ニコラ殿下の言葉に頷いて、エルネスト様はアリスを見た。
「それで、そのドレスはどういうことだ?」
「これは……。私に特別なものがないとセリーヌ様や他の人たちは認めないのだろうなと思ったら、頭の中で『特別な存在になればいいのね』と声が聞こえて、それで光が……」
それでドレスが綺麗になって模様が浮かんだのか。
確かに、目の前でそんな奇跡を見せられたら嫌でもアリスがただの子爵令嬢ではないと思うだろう。
「――そうだな、確かにアリス嬢が子爵家の娘であることに難色を示す者は多いだろう。帰属意識が強い者にとって爵位は重要なものだし、この国の制度を支えるものでもある」
それを何とか変えていきたいものだが、とエルネスト様は付け加えた。
エルネスト様は身分に囚われず有能な人物を活用したい能力主義を取り入れたいと、よく言っている。
お妃選考会にこれまでだったらお妃候補になるはずのない子爵家の令嬢を呼んだのもその一環だと。
この国では個人の能力よりも家柄が優遇される。
そのため婚姻も互いの家柄を重視する。
確かに、子爵令嬢であるアリスがお兄様の婚約者としてふさわしいと思われるためには、アリスに特別な価値がないとならないのかもしれない。
けれど。
「……女神のことは秘密ではなかったのですか」
「そうだな、だが大勢の前で女神の光と力が現れてしまったからな。あの場ではああ言うしかなかっただろう」
尋ねると、エルネスト様はそう答えた。
「アリス嬢が女神の予言を聞くことができるのは引き続き秘匿事項だ。だが女神と繋がりがある者と分かれば公爵夫人となることに反対する者もそうはいないだろう」
エルネスト様はアリス、そしてお兄様を見た。
「ユリウス殿、アリス嬢。王太子妃の家族として、そして王家の女神のために今後ともよろしく頼む」
「承知いたしました」
お兄様とアリスは揃って頭を下げた。
「長い一日だったわね」
家に帰り、湯浴みを終えると私はアリスの部屋へ向かい、彼女のベッドへと潜り込んだ。
「ホントに……」
ベッドの縁に腰を下ろしたアリスは大きくため息をついた。
「ごめんねお姉ちゃん」
「え?」
「お姉ちゃんの婚約発表式だったのに、私のせいで色々と……」
「いいのよ」
アリスを見上げる。
「怪我がなくて良かったわ。それにアリスは『ヒロイン』なんだし」
「え?」
「だってパーティーでワインをかけられるなんてヒロインいじめの定番じゃない」
「定番って」
「噴水に突き落とされるとかじゃなくて良かったわ」
溺れたり風邪を引いたら大変だもの。
「――この世界、確かに元々ゲームの世界だけど……女神とかそういうファンタジー要素はなかったのに」
「多分、私たちがこの世界に生まれたことで色々変わったんじゃないかしら」
「この先もまだ何か……起きそうだなあ」
「そうねえ」
未来がどうなるかなんて、分からない。
水害のこともあるし、大変な事態になる時もあるだろう。
「でも、私たち二人一緒にいれば大丈夫よ」
それにエルネスト様やお兄様、ソフィア様たちもいる。
「皆で力を合わせれば何が起きてもきっと乗り越えられるわ」
「そうね、お姉ちゃんがいるものね」
視線を合わせてアリスは笑みを浮かべた。
「それにしても、ユリウス様の怒った顔はヤバかった……」
ほう、とアリスは息を吐いた。
「そうなの?」
そんなに怖いの?
「あの氷の彫刻のような冷たい顔! ただでさえ人間離れした美形なのに、もうあれは芸術よ。ユリウス様こそ神の祝福を受けているのよ! いや神そのもの……!」
「そ、そう……」
アリスのお兄様への陶酔ぶりは、相変わらずだけど。
どの世界に生まれても。
私たち姉妹はこうやって、二人で共に生きていくのだろう。
それが私たちの道なのだから。
おわり
最後までお読みいただきありがとうございました。
後日譚が想定より長くなってびっくりです。
楽しんでいただけたなら嬉しいです。




