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Singalio Rou' Se lef  作者: 篠崎彩人
最終章「雪降る野原に、愛を繋いで」

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第五幕「Infinite Blue」

「グリィ! こっち来てこっち!」

 呆れるほどにはしゃぎ回るアイカの元気さには、とてもついていけない。今までの日々に辛く耐え難いことが多くあっただけに、今のこの静かな暮らしが、楽しくてしょうがないのだろう。ただ見ただけで、頬の筋肉が崩れてしまう。

「はは。どうしたんだいお姫様?」

「プレゼントだよ王子様!」

「なんだい? またこの前みたいに振り向きざま土をひっかけるんじゃないだろうな? あの時はシャツの中にまで土が入って本当に……」

「違うよう。そんなんじゃないの」

 また私はよけいなことを言ってしまった。どうも、最近のアイカには調子を狂わされる。昔からよく慣れている子供らしいあどけないアイカと、成長に伴って現れてきた少女らしいしおらしいアイカとが私の目の前にいるのだ。彼女は今も俯いて恋するような微笑を浮かべている。

「そうかゴメン。じゃあ、何なのアイカ」

「うん。……ほら見て」


「ふふ。グリイおいしい?」

 何故こんなことになるのだろう。何故、こんな恐ろしい気分にならなくてはならないのだろう。アイカのプレゼントは、鳥だった。蒼く雄々しい精悼な鳥。これを、彼女が仕留めたというのだ。自らの手で。私が作れなくなってから、コツコツと作り続けてきた矢で。心からの贈り物のつもりで、昔の私の見よう見まねで、ただ、肉を得ようとしただけなのだ。殺すという、動物に死が訪れるということを知らずに、やってしまったのだ。

「うん、すごくおいしいよ」

「よかった。グリィちっともお肉食べられなかったものね。まだまだいっぱいあるよ。あたしは昔いっぱい食べさせてもらったんだから、今度はグリィがいっぱい食べる番だよ」

 もういいよ。もう十分なんだよアイカ。君の優しさだけで十分なんだよ。君は世界の真実なんて知る必要もないし、成長してくれる必要だってないんだよ。君は昔の君のままでいてくれれば良いんだ、それで良いんだ。僕は、もう君を傷つけたくないよ……。

「……本当、こんなにおいしい鳥肉なんて、食べたことないよ、はは、はは……」

「グ、グリィ泣いてるの? おなか痛くしちゃった?」

「……ううん、人間は、嬉しい時でも泣くんだよ……」


「グリィ……あたし幸せ……」

 傍らで眠っているはずのアイカの声がした。見ると、愛らしく微笑み眠るアイカがいた。寝言のようだ。安堵のため息をもらす。私が苦しむ姿を見たら、彼女がどれだけ心配することか。

 これから、どれだけ彼女を傷つけねばならないのだろう。 私はそれが恐ろしくてたまらない。幸せになれるんじゃなかったのか? 霧を晴らして、それで、世界は変わるんじゃなかったのか? それとも、一度犯した罪は、もう拭うことはできないということなのか。

 幸せは、どこにあるんだろう。アイカにもらった艶やかな青い羽根を見つめる。昔私が話した物語に出てきた、『幸せの青い鳥』のことだという。それで、獲物に青い鳥を選んだのか。あの話は、私の希望を託すつもりで何度も話したものだ。青い鳥。「そして青い鳥は、もっともっと青い澄み渡った空の真ん中に、嬉しそうに嬉しそうに向かって行きました」か。私は結局、地べたでずっとこの子を傷つけ苦悩しながら生きていくのか。だとしたら、もう生きていたくない。消えてしまいたい。世界に溶け込んでしまいたい。ただし、この子を置いて、絶対にそんなことはできない。この子がいるなら、私は生きる。生きていたいのだ。生きていなくてはいけないのだ。だが、そうすれば私はこの子を傷つける。また私はこの子を壊してしまうかもしれない。なら、いったい私は、どうすれば良いんだ……?

「ねえ、グリィも……幸せ?」


「わあ。綺麗な水だねグリィ……」

 久し振りに川を見つけた。朝の陽光が反射して、その水面の美しさは形容しがたい。アイカは川の傍にしゃがみ込んでうっとりしている。純粋に自然を愛でるその姿に、何かしらの痛みが影を落としているようには思われない。そう、君はそれで良いんだ。

昨日は、私は何とかあの鳥の死のことは隠し通した。初めてそれを知るという時に、彼女がそれをもたらしていたというのではあまりに衝撃が大きすぎる。もう少し待たなくてはならない。待って、そして彼女を傷つける姿形のない物を根こそぎ取り除かなくてはならない。

 しかし、彼女がこれから繰り返し繰り返し狩りを続けるつもりなのであれば……? そして何度も無実の罪を重ねた後、ようやく自分の過ちを知らされるというのであれば……? どのみち、彼女を傷つけることは避け得ないだろう。もう、これ以上そんな物に対処できるだけの力はない。私にも、アイカにも。悔しい……。どうすればいいのだ? これでは何のために生きてきたというのだ?

 いっそ、もう打ち明けてしまった方がいいのだろうか? そうかもしれない。いつ言ったところで、そう変わる物ではない。彼女が辛いなら、それを受け止める努力をしてみよう。それで駄目なら……それまでだ。

「ねえ、アイカ……」

 ……? 頬が冷たい。水をかけられてしまったようだ。

「グリイったら、全然あたしのことなんか聞いてないんだから。ふん、どうせ昨日の鳥肉うまかったなあとか考えてたんでしょ。グリィの考えてることなんか、全部わかっちゃうんだからね、ベーッだ!」

 言うなり駆けてどんどん向こうの方へ行ってしまう。もう、これは取り返しがつかないことなのかもしれない。どんどん遠くへ行ってしまう。もう声が届かないところ行ってしまう。私はもう、彼女を二度と取り戻せなくなる。そうなることが今は、何より恐ろしい。アイカ。今だけは、もうこれから先はそうでなくたって構わない、せめて今だけは、私のそばにいてくれ。私を、そばにいさせてくれ、アイカ……。

「……はは。鬼ごっこか。ようし、負けないよ! すぐに、すぐに捕まえてやるからなっ!」

「無理だよー、グリィになんか、ぜったい捕まえられっこないよーっ! へへっ!」

「言ったな、こいつめー! はは、ははは、ははははは……」

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