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#5 邂逅

▼邂逅


 真っ暗だった。

 扉など何処にも存在しない。少年の言葉を裏切るように、朔夜は確実に夢の領域に入り込んだ。とそう思えた。しかし、何か違和感と云うものは感じていた。

 自らはその真っ暗な夢の中で息を潜めていた。が、いつもならそろそろ夢の断片が見えて来るものなのに、全く映像は朔夜の目には映り込んではこなかった。朔夜はその場を移動しようと、歩を進める。すると、後方にその足跡が銀色に浮き立った。まるで、雪の上に足跡を残しているかのようなそんな気分だった。

 一向に光は差し込んで来ない。

 このミズチは本当に夢を見ているのかどうかも怪しく感じられた。何処迄も続く暗闇。朔夜は気が変になりそうだった。もう一日は過ぎているのではないかと思える程の時間の感覚。でも、一向に闇のベールで覆われた世界。そんな中をひたすら歩いた。

 自ら進んできた道は、足跡として残されている。よって、同じ所を彷徨っている訳ではなさそうだと気付く。そして、また進む。

 すると一歩踏み出した時、突然一本の道が……というより、蝋燭が灯った階段が露になった。

 朔夜は導かれるように、その階段を下りて行った。何故だかその先に何が有るかを確かめなければとそう思わずには居られなかった。

 カツーンカツーンと足音が響く。自らの足音だと理解する。この先には何が?螺旋上の階段を下りるたびに、朔夜の前にどんどんと蝋燭の灯りが灯って行く。そして、その終着点に辿り着いた。

「扉?」

 朔夜は、少年が言っていた扉の前に辿り着いたのである。頑丈そうな、でも幻想的な装飾が細かい扉が目の前に立ちはだかっていた。

「どうするべきなのでしようか?」

 朔夜は頭を捻った。

 見た限り取っ手はない。どうやってこの中に入れば良いのか見当がつかなかった。きっとこの先にミズチに関する夢が存在するのだろう事けは明白だった。

 朔夜は、そっとその扉に触れた。すると突然声が聴こえてきた。地の底から這い出て来るようなそんな声が。

「お主は誰じゃ?」

 突然の事に朔夜は何も言えなかった。

「誰じゃと訊いとるんじゃ!」

 恐ろしい程大きく太い声に朔夜は身を退けてしまい、戸惑ったが、

「都住……朔夜」

 恐る恐る答えを返した。

「?」

 しかし、その問いの答え対する返事は返って来なかった。何を考えているのか?声の主は静かになった。

「あの?答えたはずですが……僕は都住朔夜と言います……」

 もう一度、朔夜は答える。すると、

「判った。ここを通る事を許可する」

 荘厳な扉は突然目の前から消え去った。真っ白な光が朔夜の目の前に広がる。その中を見ようと身を乗り出した時、今迄有ったハズの階段が消えた。

「な?」

 朔夜は一気に光の中に乗り出すように下降して行ったのである。

 勢い良く落下して行く身体。光の先を見ようと懸命に目をこらすと、そこはまるで春のような陽気の空だった。

「落下してますね……」

 こんな時に悠長に考えていること自体おかしいのだが、朔夜は夢の中だとわかっているから、そこ迄心配してなかった。空気に溶け込めば良い。とのんきに考えていたが、それが適わないと判った時……焦った。より速く落下していく身体は空気抵抗などないみたいだ。

 そして、雲を抜けた時、落下先がハッキリと目に焼き付いた。

「これは……現実!」

 そう、夢ではない現実の世界だと悟った。眼下には、桜の花が咲き乱れている。タンポポの綿毛が空中へと飛び始めている。森と草原と街と川と……現実だ……ただし、何故か中央に聳え立っているのは石煉瓦で作られた塔。そこだけが浮き上がって見える。そして別世界に迷い込んだと理解した。

 朔夜はこのままではまずいと思った。もう後僅かで地面に叩き付けられる。もうダメだと思った瞬間、目を閉じた。

 すると、落下しているはずの身体が突然何かに触れた。ガクンと落下が空中で止まったのである。

「何……?」

 目を見開いて驚いた。竜神?が朔夜の身体を受け止めるかのように、大きなロで襟ぐちを支えたのである。そして軽々と背中に放り、朔衣はその背中に跨る事が出来たのであった。


 こんな事があって良いのだろうか?と、朔夜は意識をこの世界中へと走らせた。どう考えても、夢の世界じゃない。夢の世界でこんな風に何かに接触する事は出来無いし、してはいけない。だいたい、この竜神は何なんだろう?棚引く鬣と二本の角。その角をしっかり握りしめ、色々と考えるが答えは謎に包まれている。

 背中の上から眼下をもっとよく見渡す。そして、空中を。すると今まで意識が行かなかった事を目の当たりにした。竜神がそこかしこに飛び回っているのだ。

「ここは……竜神の世界なのですかね……?」

 ボソリと零した。

 すると、朔夜を乗せ、再び上昇して行く竜神が、野太い声でガハハハハと大声で笑った。

「竜神か……人の子よ?ここはミズチの世界じゃよ!」

「ミズチ……と申しますと?」

 どう繕っても、洞窟にいたミズチとは似ても似つかない種類にしか見えない。朔夜はこの状況を把握できてなかった。

「お主を待っとったんじゃよ。良く来てくれたのう〜!」

 しかし、朔夜の言葉を無視しこのミズチは話し続ける。

「儂の名は、ハームと言うんじゃよ。この先この世界で何度でも儂の事を思い出せ?名前を呼べばいつでもお主を迎えに来るからのう〜」

 そして、お決まりのようにガハハハハと雄叫びのような笑い声を発する。

 このハームというミズチは、明らかに能天気極まりないミズチのようだ。そのおかげで朔夜はホッと息を付くことができた。

「何処に行くのですか?」

 朔夜を乗せたハームは、少し上昇気流に乗って、かすかに舞い上がったが、

「その塔が有る場所じゃ〜」

 と言うと、今度は低空飛行になる。ヒョロヒョロとした胴体は、クネリながら空気の流れを読むように進んで行く。風がミズチの鬣をそして、朔夜の髪を撫で付けていった。

「塔?」

 確かに、この地形の中央に聳え立つ塔は朔夜の目にも映っていた。しかし、その塔に何故向う必要が有るのか?その辺りに関しては全くこのハームは教えてはくれなかった。無事、塔の元に下り立った時も、ハームはただ、

「いつでも儂の名を呼ぶが良い」

 とだけ言い残し、塔の中に入るように朔夜を促した。ここから先は、ハームには立ち入れない聖地でもあるかのように……


 朔夜は、何メートルあるであろうかと考えきせられる大きな門をくぐり抜け、塔の内部に入り込んだ。中は空洞のように高い天井。そして、頑丈な石瓦で作り上げられた階段。その階段は、朔夜の身の丈よりは低いが、普通に踏み上る程は低くはない。そしてそれは螺旋状に積み重なっている。

 とにかく道はこの一本しかない事に気が付き、朔夜はその階段らしき物を上って行った。

 どのくらい時聞が掛かったであろう?もう汗だくでその階段の先にある扉を見つけた時には足と腕がガクガクと震えていた。

「どうやら……この奥ですね?」

 朔夜はある意味この苦難の道に音を上げていたがやっと辿り着いたと言わんばかりに、何も声も掛けずに扉を押し開いた。そして、重く項丈なその扉が開かれた時、朔夜は呆然としたのである。


「長い占夢になっとるな〜」

 その頃の叶達は、朔夜が倒れてからずっとその様子を黙認するかのように見詰めていた。時間はもう夜中になっている。しかし、これ程長くなると少しばかり心配になってきていた。

「起こした方が良いのかしらねぇ?」

 かえでも心の中では心配しているようであった。こうやって仕事に従事している朔夜を見た事はなかったが、今の叶の言葉でやはり不安になっているらしい。しかし、

「かえでお姉ちゃん?だからと言ってこの占夢を解こうなんて思わないでね?こういう状態の時起すと、副作用が起こるから」

 水城はかえでの心配は解るが、この状況を待つしかないと分かっている。だからやんわりと気をそがせようとした。

 そして、この占夢を依頼した少年はと言えば、ただ黙ってその成りゆきを見守っている。あの扉の先にたどり着けたのかを思い巡らせながら……


 朔夜が開け放ったその扉の向こうには、二体の竜神がいた。竜神と言うのか?取り敢えず、この塔迄導いてくれたそのミズチと同じ容貌の竜神。

 中央に設置されている大きな一つのベッドに寄り沿って、その二体は覆いかぶさるように顔を寄せあっていた。

 しかし、朔夜の乱入でその一体は驚くようにその人間を見返った。そして、

「人の子よ……いや、伝説の占夢者人よ……!」

 片方のミズチは朔夜を見てドスドスと言う足音を立てながら駆け寄った。朔夜にはこの状況が理解できなかったが、どうやらこの二体のミズチは今の今迄朔夜を待っていたかのようである。

「こちらにいらして下さい……」

 もう一体が朔夜に促す。今、朔夜に近づこうとしていたミズチもハッと気が付いたのか、朔夜を導くかのようにベッドへと足を運んだ。そう、そのべッドに何かを大切に匿っているらしい事だけは理解した。

 朔夜は、ベッドに眠っているそのモノを覗き込んだ。するとその容貌は……今度こそ間違いなくあの水晶の壁に覆い隠されていたミズチなのだと理解した。

 身体の大きさはあの場所にいた物よりかなり小さい。両腕を広げたくらいの大きさ。しかしか無いことに気が付き、これはどう言う事なのか?と目を丸くした。

「この子は私達の子供なのです」

「眠りを醒ます事が適わんのじゃ……」

 先に言葉を発したのはどうやら母親で、その後に言葉を発したのは父親なのだと理解が何とかできた。

「伝説と言われましても……」

 朔夜にはこの子供をどうすれば良いのか?それには答えられない。もしかしたら、このミズチを起こす為の占夢をしなければならないのかと一瞬考えたが、そんな事ができるのか解らなかった。そこで、考え込んでいる朔夜を見るにあたり、父親の方が口を割った。

「この子の夢の中に入ってもらえまいか?この子が儂らに似ても似つかん種族として生まれてから一度も目を醒まさない。でも、この事に儂らは介入する事は出来ないのじゃ。お礼は何でもするからお願いじゃ!」

 懇願するその父親の態度に朔夜は戸惑った。夢の中の現実の夢の中?

 頭がこんがらかりそうになる。

「私達にはどうする事も出来ないのです!」

 母親まで真剣に朔夜に懇願して来る。目に涙が宿っている事が解り、朔夜は困った顔をしながら、

「そう言う風に転がるか期待はしないで下さいね。ところで、占夢は、人間と同じように行っても良いのでしょうか?」

 取り敢えず、ここ迄来たからには何もせず帰る訳には行かない。ここ迄あり得ない事が積み重なっては、もう、ある意味肝が座ってしまったのかも知れなかった。

「好きなように行って下さったんでよろしいとは思われますが……私達が干渉する領域ではありませんし……」

 その言葉を聴き、朔夜はいったん深呼吸をすると、二体のミズチに、

「解りました。では行ってみます。決して僕の眠りを妨げたりはしないで下さいね」

 一言告げ、ベッドに横たわっているミズチの夢の中へと旅だったのである。

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