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#3 忘れられた過去

▼忘れられた過去


 時は平安、名を忘れた少年は平和なここ安芸の地で生まれ育った。そして今、興味津々と母屋の裏の木陰で積み重ねられた書物にじっくり目を通していた。

「おかしい事もあるんじゃなぁ〜あの子は全く成長せん。しかもあの容姿じゃ。これから先苦労する事じゃろうのう……」

 年老いて子を授かったこの少年の父はその少年の容貌に引きずられる事無く、愛情深く育てて来た。がしかし、成人するハズの歳のソノ子供を不安げに庭先から眺めていた。

 安芸本土のその家は、京からの按察使(地方行政の監督官)として設置された令外官としてこの安芸に代々永きに渡り赴任していた為、そこそこ裕福でもある。

「ほんじゃあ、このままにしておく事も出来んじゃろ?一度あの村はずれの有名な占い婆にみてもらおうじゃないかね?」

 ついに言葉に出して心配し始めた父の不安を受け止めたのか、母は少し考えたかのように父に切り出した。そうしなければ、この先おちおちと少年を外に出し歩かせる事も出来ない。

 こうしてその話をまとめる父、母の意向をのみさっそく次の日その少年を村はずれ迄連れて赴く事に考えが到ったのであった。


 訪れたその家は農家を営んでいる傍ら、占いをしてくれる。ここ安芸では名を知らない者は無かった。それだけ有名で、しばしばここを訪れる者は数限り無い。そんな行列が出来る占い屋敷は今日も朝早くから人だかりが出来ていた。その最後列に、少年を連れた両親に並び順番を待つ。そして、暮れ前迄掛かった頃順番がやって来た。

 少年は何故こんな場所に自分を連れて来たのか?だいたい察しが付いていた。成長しない自分。そして他人と容貌が異なっている自分。今迄コノ自分を不思議に思っていた。何故こんな風に生まれついたのか?その謎に迫れると想った。

 物心付いた時に感じた意志。両親は愛を注いで育ててくれた事は覚えている。しかしだからと云って素直に子供らしく振る舞う事が出来なかった。そうしてはいけないのではと思っていた。だから一度なりと自分の本心を打ち明けた事はなかった。そして、聞き分けの良い子供を演じてきた。だから今この場所でも平常心を装いただ黙って両親の側に立っている。そして敷居を跨いだ。


 占い婆は、一目少年を見るなり目を丸くした。

「この子を占うのじゃろ?」

 倭人ばなれしたその少年を訝しげに見詰めてはいたが、自分の仕事をおろそかにする気はさらさら無いらしい。

 それから亀トを直ぐさま始めた。

 亀トとは亀の甲らを火であぶりその割れ方を見て占うと云う、中国古来の占いで日本には5世紀頃伝わったとされている。そして、こう言った類いの占いをする者は、律令政沿の官職として神祓に仕える専門職としても名高い。特に有名なのが、伊亘・壱岐・対馬のト部氏から選ばれる事が多かったが、密かにその才を持ちこの地で営んでいる者もいたのである。

「この子は、ミズチに依る恩恵を被っているようじゃのう……」

 割れた甲羅を見て判断した占い婆は何の驚きの表情を見せずに軽く流した。

「ミズチ?」

「そうじゃのう……架空の生き物とされとるが、実際いるのかもしれんけぇ……捜がしてみてみるのも一考かもしれん」

「では、この子が成長せんのもその恩恵に預かっていると言う事じゃろか?それにこの容姿。何かしらある事はわかっとるんじゃが……どうすれば一番ええんじゃろ?」

 父親はその横で話を聞いているのかいないのか?ビクリとも動かず黙って座っている少年を見て問いかけた。

 少年は、決して話を聞いていない訳ではなかった。ただ、真実を知る上にここは静かに黙っているのが得策だとそう想っていたのである。どこまでも冷静沈着だった。

「山城の平安京は今悪霊が蔓延っとる。もしかしたら、こん子は陰陽師の力をも宿してるんじゃ無かろうか?こういう時代じゃからのう。不思議じゃあるまい?一度平安京の地に足を運ばせてみる事をお勧めするんじゃがどうじゃろ?」

 確かに今の世、悪霊が京の都を占拠せんとし蔓延っている事は離れているここ安芸でも噂には聴いている。

 しかしその言葉を聞いた両親は複雑な顔をした。何しろ大事な一人息子であり後継者でもある。そんな所へこの子を上京させて何か有ったなら、とんでもないと思った。もちろん、母親も同様であった。

「他に方法は無いのじゃろか?」

「息子が可愛いと感じるのは当然じゃが、一番良いのは手放してみる事じゃ……あと、恩恵を預かっている場合、こん子に死は無いとおぼしめせ」

「死が無いとはどう言う事じゃろか?」

 母親はすぐに問いかけた。納得の行かない説明の上こんな占い結果では追求する必要が有った。

「ミズチにも色々有るが、基本的には水を司る竜紳じゃ。占いによれば癒しのカを秘めておる相が出ておる。その恩恵を受けているとなると成長せんこん子はこのままこの姿を保ちつつ生き永らえる事となるじゃろうて。言うなれば、不死のカを手に入れておると云う事じゃ」

 不死のカ?両親はその言葉が胸に深く突き刺さった。何故この子がそんな運命の下に生まれてしまったのか?神を疎みたいとさえ思った。

「あと、占いにこう出とるんじゃが何千年と云う時を経て、こん子の前に真の占夢者人が現れるじゃろう。それが転機となり、こん子の成長は成し得る。この占いを信じるかどうかはこん子の生き方次第じゃな……」

 とにかく、少年は老いを感じる事無く死ぬ事すら出来ない。そして、陰陽師として平安京へと一時派遣して再びこの安芸に戻って来る事が運命付けられていると云う事らしい。それはまだ先の時を経て後の事となる。


 少年は、後ろ髪をひかれる思いで今迄お世話になった両親の元から立ち去った。全て話し合いは事なく進んだが、実際は離れたいとは思わなかった。ただ、白分の運命がどうなっているのか?その事に興味を持った。その為、安芸の地を去り、平安京へと旅立ったのである。


 平安京の悪霊退治は、かの有名な安倍清明の陰陽師達との出会いで一戦を交える事となった。この頃の陰陽師は、どちらかと言うと呪禁師と言ったった方が正しいかも知れない。それがいつしか、一般的に陰陽師と名乗られるようになった。

 この少年は、その補佐を担当し四六時中気を張っておかなければならなかった。何しろ、陰陽師としての働きは初めての経験で、一から十迄教えてもらわなければならないと言う困難きわまりない事であった。コツを掴み術がどう云うモノであるのか把握し吸収する能力はずば抜けてはいたが、それでも始めは苦労した。

「この子はよく働く子ですなぁ〜」

 一心不乱に仕事を片付けて行く少年を、不思議と思う事無く周りの貴族達は評価して行く。その評価が自分に跳ね返ってくる事は何より嬉しかった。そしてそれが自らの生きている証であると少年は自負していた。そうで無ければ存在価値を見い出す事が出来なかったのである。

 時々、何の為に生まれてきたのか?その疑問が沸き起こる度に言い聞かせておく。そうする事で自らの気持ちに整理が付いたのである。

 しかしいつしか時は流れ、この平安京に蔓延っていた悪霊も消え失せた頃少年は、陰陽師という役所を退き平安京を後にする時が来た。どうせならこのままこの地でこれからも自らのカを発揮させて生き長らえるのも良いかもとは思っていたが、何しろ自らの命が尽きる事は無い。それに自らの成長と関係するミズチ捜しをなし得てはいない。それが頭を駆叶巡った。

 つまり、これから先の自らの身の振り方。そして居心地の悪さがその内自らの心に病むのでは無かろうかと云う恐怖が沸き起こって来始めた訳である。よって、少年は時期を見て、静かに周りに悟られる事無く華やかな平安京を後にし安芸に自らの住居を移したのであった。


 安芸に身を寄せ、両親の元に戻ろうとした少年ではあったが、そこにはもう自らを育ててくれた両親は不運にも死してこの世の者ではなかった。始めのうち少年は、途方に暮れる日々を過ごした。とにかく、平安京での報酬は有り余るくらいあり、普通の生活をする事が出来ない訳では無かった。しかし、今迄この地で代々続いた按察使の仕事をする事は出来ずにいた。知識が無い訳では無いが、生まれ育ったその土地の様子が急変し尽くし、もう自分を今迄通り表に出す事は難しい。その為自らの目的を違う面で生かす事にしたのである。この地で不死の陰陽師または呪禁師として周りの人間に救いの手を差し伸べる事に全力を尽くす事にした訳である。

 薬を作ったり、悪霊払いをしたり、占いをしたり。できる限りこの地の者違の為になる事をしようと思った。そうこうしていつしか時は流れて行く中、そうする事で安芸での自分の存在価値を上手く身に付けて行く事が出来るようになった。それからと云うものの多くの人が家に訪れる。ある意味信者が増えて来て少年を訝しげに見る者も少なくなり、逆に神のように崇め奉られる。

 それを好ましいと思う暇も無く少年は必死で事に従事した。そうする事で今の自分を支える事は上手く出来た。この頃は良い時代であった。長きの時代を生き永らえたその過去を振り返りそう実感していたのである。


 しかし、やはり時代は変わって行く。今迄子供であった者達は、老人になり死を迎える。何もかも自分の前から人は消え去って行く。それを何度と無く見守って行く内に、少年は一時山ごもりを始めることにした。

 この世は鎌倉時代、室町時代、戦国時代へと流れて行く。戦火が起こる度に身を預ける所は無くなって行く。至る所で名前を何度となく返えることにした。

 今の世は戦国時代。荒野に悲惨な戦の後が残されている。山から降りてその有様を見る度に心が痛んだ。

 この頃少年は、薬売りで生計を立てた。どんなに陰陽飾の癒しのカを使おうとも、ただ虚しい結果しか生まない。それに戦で死んで行く者を生き返らせる力など無い。それならば、気休めでも薬売りをしていた方が何事にも勝る事ではないかと少年は考えを巡らせた。それは正しい判齢だったのか?その事に関しては、余り自信は無かった。が、それしかもう手は無かった。

後は、戦を退ける為の結界を張る事くらいである。その頃の安芸は毛利氏の配下に治められていた。が、最終的に戦の世を統治したのは歴史にも名高い徳川家であった。参勤交代、武士の時代。

 少年はそんな時代で他人に悟られないように色んな地を彷徨いながら自らを奮い立たせ、時代に乗り遅れないように勉強を重ねながらあちこちを見聞した。因みに、その頃には自らの姿を消す術を身に付ける事が出来るようになっていた。そうする事で何とか、言い訳できない対応に迫られた時都合が良かった。もちろん、普通に生括する際は、再び幾度となく名前を変えながらこの世を生き抜いていた。

 そして、ペリー来航、徳川家の衰退。尊王攘夷運動。時代は鎖国を撃ち破った亜米利加の動向で変わって行く。それは、明治と言う幕開けであった。

 武士の時代から、商人の時代。外国様式に人々の眼装は変わって行く。しかし、少年はその時代の流れを見守るしかなかった。どうしてもその時代の流れに意識を入れ変える事が出来ない。それがこの少年の柔和な考えが出来ない短所でもあった。

 自分が存在して良いのか?そんな考えが頭を過る。もうどれだけ生きたいのか?ただただ疲れきった身体。しかし、少年は死ぬ事が許されない。そんな状況を回避する為に、本格的に自らの足でミズチ捜しを始める事にした。


 ミズチ捜しは、困難きわまりない宛て所も無い旅である。誰にもこの事を悟られる訳には行かない。廃藩置県で安芸は広島と呼ばれるようになった。初めは慣れなかったが、時が経つにつれ何となしに受け入れる事が出来た。しかしその広島の一体何処に?放浪しながら少年はただ一人の身で放浪した。まずは本土。

 時代は、第二時世界大戦まっただ中になる。もう完全に何が起こっているのか分からない状況下であった。空を飛ぶ飛行機と言う物を目の当たりにした時の驚きは目を見開き空を仰いだものだった。

 そして、運命の歯車はここ広島を襲った。有名な広島原爆投下である。

 丁度その時たまたま少年はその投下現場に居合わせていた。突然光が目に焼き付いた。そしていきなりの火の海。放射能汚染。周りの建物を吹き飛ばす爆風。何もかもが一瞬にして消え去った突然の異変。何が起こったか全く分からなかった。訊ねようにも周りの者達を飲み込んだその事象は死ぬ事の出来ない少年を避けてただ独りその場所に取り残された。

 少年は走った。黒々とした鉄筋の柱。何処もかしこも見るも無惨なこの有様。崩れ落ちそして消え去った建物をかいくぐりながら、無我夢中で少年は息も継がずにひたすら走った。誰か?自分以外の誰でも良いからと言う想いで走り抜けた。世界が無くなったのかとさえ想った。何が起こったのか分からない。だけど、最悪な事態がこの地に降り掛かった事だけは、間違い無く事実だ。そして、川岸に立った。目も当てられないくらいの焼けこげた人の山が……水を求めて這いずる人を目の当たりにし、膝がガクンと落ちた。全て悪い夢だとそう思いたかった。考えられない程の衝撃が少年を襲った。吐き気と何かをしないといけないと思う心が少年を動かした。どうすれば良い?この状況下、自分が出来ることを考えた。

 そして、その黒焦げた、人だったその塊を……周りを見渡し、

「浄化!界!」

 言い放った。念を込め腕を広げ、自らが守護出来るだけの範囲に癒しの呪文と結界を張った。蠢くモノ達が静かに呻き声を落とす。

 少年は瞬時に駆け出し、出来る範囲の行勤に出る。もう亡くなってしまっている者もいたが、直ぐに判別を付けまだ息が有る者を一人一人回復させて行く。熱傷は体全体を覆い、はっきり言って手の施し等出来はしない事くらい見れば分かった。が、それでもこの状況をほっておく事は出来なかった。

 遠くで、近くで……癒しの呪文を裏切って、人の最期の言葉が聞こえる。涙が煩を伝って流れた。

 悔しいと思う自分がその場にいた。救えない自分に苛立った。何故こういう事が起きたのかという事よりも、今この場にいる自分が、どうしてここにいるのか?という疑問が体中の血を沸騰させる勢いで流れた。そして心の中で蔑んだ。自分が生きている理由が……これまでの……そしてこの最悪な状況下を見る事なのかと言う事を、改めて思い知らされた気がした時、術が糸が切れたかのように途切れた。すると、少年を取り巻く様に魂が浮遊して行くべき所に……戻るべき場所に飛び立って行くのが少年の目の端に映り込んだ。そしてここには誰も生き残る者はいなかったのである。


 少年は、この場所から速やかに立ち去った。もうこの場所にいたくは無かった。去ってしまいたかった。生きていたく無かった。どうすればこの身体から魂を抜き出す事が出来るのか?神を呪いたかった。死に場所を探す事等出来ない身。こんなちッぽけな何も出来ない者がどうしてこんな所にいなければならないのか?そして、産まれ落ちてしまったのか?何故自分はミズチを未だ見つけだせないのか?伝説の占夢者人はいつ現れるのか?

 冷静になればなる程その事を考えてしまい何も考えないようにしようと心掛けるだけ逆に苛立たせた。今まで何千何万と云う人の死を見届けて来たが、今回は余りにも酷かった。一瞬だった。世界の動向がどうなっているのかもっと知っておくべきだった。打つべき手を打つ事が出来たかも如れない?まさかそんな事が出来たとは思えない。未来が分かる力等無い。ただちっぽけな自分。そして立ち止まった。微かに生きている小さな赤子の泣き声に気が付いたからであった。

 少年は、その泣き声を頼りに側の木の根元で泣いているその子を取り上げた。母親はその子を抱き締めていたのであろうが、黒焦げたその手から転げ落ちていた。少年はその子を取り上げあやすように、腕の中の温もりが嘘のようだった。その赤子は、少年のその腕に抱かれたと分かったとたん、泣き止心だ。まるで、母親の胸に抱かれているかと思ったかのように。

 そして、静かに眠りに就く。少年は、どうするべきか?悩んだが、両親と思われる人物はこの世を去っている。孤児となった訳だ。

 まるで写し鏡で今の自分を見ているようだった。別に境遇を言っている訳では無い。しかしそう感じた。この世に頼れる者が無い。そう云う意味である。育てるべきであろうか?そう考えると、何故か笑いが込み上げた。この子は育って行く。いつしか自分の背を追いこし、そして、死を迎える。もう、見たくなど無い。でもこのままこの場に捨て、自然淘汰として死を導くのか?まるで神のように見放す事が出来るのか?出来るはずなど無い……そう確信した時、少年はその赤子を連れてその場を去ったのである。


 神は加護する者を導いた。そして、運命の輪は回った。少年はその後その事に気が付いた。それは、その子が成長し、言葉を喋る事が出来るようになった時の事だった。

「ねえ、おにいちゃん?」

 その子は五歳になった。名前は新山潤と言った。少年が付けた名前である。

「ぼく、まちにおりたいんじゃけどえーじゃろか?」

 その時、少年は、あの惨事が起こって少しずつ平和な世が訪れたそんな時に山に引きこもりった。色々大変な日々。子供を育てる事の大変さを初めて知った。そしていつしか本当の弟のように思い込む事がしばしばあった。しかし、周りにこの潤に見合う友人もいないようむ山奥に引きこもった。なるべく自分の身を隠していたかった。そしてもうミズチの事等頭に無かった時の事であった。

「山を下りたいのか?また何でじゃろか?」

 判りきっていた事に頭を悩ませた。この子を育てるには、まだまだ時間を要する。人に会いに行きたいと言い出したら面倒だ。でも、もしかしたら、この子の親戚を捜し出す事はできるかも知れない。そして手放す事も……

 この潤があの身に付けていた物の中に住所を記していた物と名前が有った。本名は、田中克行。その事は潤には敢えて話していなかった。ただジッとその事を隠し通していたかった。なるべく身近に感じていたかった。それが自分の只の自己満足だとしてもだ。

 でも、潤はその事を知らない。自分が考えている事など気にもしていない。だけどこのままにしておく事もできない。自分を追い越す事が出来る背丈になった時、きっと潤は訝しがるであろう……その時の事を考えると、少年は胸を嫡まれる感覚を味合うであろう。だから、少年は潤を連れて、山を下りた。手放さなければならない時が来たのかも知れないと心が痛んだ。


 山下はもう復興を始めていた。もちろん、完全とは言えない。だけど第二次大戦が終わり、倭の国……日本が戦争に負けたと云う情報だけは頭に入っていた。

「おにいちゃん、まちにでるの?ぼくうれしい!あのねあのね、いろんなひとがいるんだよね?」

 少年は、喜び勇んでいる潤に微笑みながら、でもその心の裏では少し寂しい思いだった。

 少年はあの時、潤が身に纏っていた物とお守りを隠し持っておんぶし街を歩く。そして、住所を頼りにその場所だった所へと向った。歩く事には慣れている。足腰は鍛えているから。そして、住所の場所を訪れる事が出来た。家は建て直されたのか?あの惨事を物語るモノはそこには無かった。

 恐る恐る、その玄関の戸を叩く。すると、一人の少女が現れた。

「なんじゃろ?どちらさん?」

 少年の時代錯誤な服装と、容貌に一瞬目をこらしたが、背中におぶっている潤を見て少し心を押し沈めたらしい。潤はというと長旅の為にか、眠っている。だからわざわぎ起す事もあるまいと少年は事の次第を伝えた。

 少女は驚いたように目を少年と潤に向けた。

「お父さん!克行が生きとったんじゃ。早う来て!」

 少女は、嬉しさの余りに大声で喚いた。それが凄く少年の心を痛めた。潤は自分の元から去って行くのだとはっきりと感じたから。でもその方が潤にとって幸せな事かも知れない……

 少女の言葉を聞き付けた父親は、嘘しさの余り飛び出して来た。その父に、少年は潤の身元となる物を差し出した。

「確かにこの子は克行じゃが!」

 少女と父親は喜び勇んだ。これ以上嬉しい事が無いとでも言いたげなそんな表情であった。

「どうぞお上がり下さいな」

 少女は、少年にこんな玄関先で話をする訳には行かないと、そう思って進めたが、少年はそれを断った。これ以上ここにいたら自らの素性を話さなければならない。こんな時代にこの少年の言葉を信じる事が出来る者はいないであろう。それに、潤が眠っている間に何とかしたかった。起きて、潤が兄だと思って過ごして来た時間を思い出して泣き出しでもしたら、事は重大だったから。

「すみません、そう云う時間は私には無いものですから……このまま失礼したいと思います。今この子は良く眠ってます。その間に私は去りたいと思います……」

 その言葉に、潤の父親は、

「では名前だけでも……後でお札に行きたく思っとるんじゃが?」

 少年は、心の底がチクチクと痛んだ。この痛みを癒す方法をなど無い。そう想うと、

「いえ、結構ですよ。名乗る名等私にはありませんし……それでは失礼します」

 少年は、潤をその場に預けると同時に玄関から駆け出した。忘れなければ!その想いがドンドン心に広がった。この二年間全てを、忘れたい!いつになったら終わるんだ?こんな事をいつ迄続ければ良いんだ!少年は自暴自棄になっていた。全ての事が呪わしく感じられた。恨めしい。行き交う活気を取り戻して乗た人々。そしてこの街。そう考えている自分に気付き大声で笑った。行き交う人々は少年を振り返りそして何事も無かったかのような顔で行き過ぎる。他人にとったらこの少年の存在は只の日常にある気が触れたそんな者に感じられたのかも知れない。少年は、身を隠すように路地を曲がった。そこは少し暗めの場所であった。そして、一人の老女に出会ったのである。


「道に迷いなさったのじゃろう?」

 そのお婆さんは頭からひっかぶっている簿ぎたない布をとって少年の前に小柄な身体で塞いだ。少年は苛立ったように、

「何の事じゃろ……」

 と言い返す時に、驚くように目を見開いた。そこに立ちふさがっているそのお婆さんの顔に見覚えがあったからであった。

「もう、ミズチは見つかったかの?」

 そう、そこにいるのはいるはずもない、あの予言を伝えた占い婆であった。

「あなたは……」

「私に見覚えがあるのじゃな?あり得ん事じゃ」

 老婆は二タリと笑った。

「ミズチは、ここより南西に位置する所に封印されとるんじゃ。行ってみるのも一考じゃと私は思うぞよ?」

「南西?しかし、この安芸……いや、広鳥は調べたはずじゃが……?」

「宮島に行ったかの?ほれ、この先の船から行ける神秘的な所じゃわい」

 老婆はケタケタ笑いをやめない。

「いえ。でも、何故そんな事を私に言うんじゃうか?一体あなたは何を隠しているんじゃ?」

 少年は、詰め掛けるように言葉を零した。

「なあ〜に?私はそなたの味方じゃ。いや?そうかどうかも怪しいのう?予言を貫く事は私の仕事。心迷ったそなたにそれを導くのが使命なのじゃ……何。忘れようがどうしようが、関係ないと言えば無いのじゃが、そなたは忘れてしまってるじゃろ?時はジワジワと……そして、ゆっくりと進んどるんじゃ。今すぐにとは言わん。でもな、お主は宮鳥に行けば良い。それだけを伝えたかった訳じゃ」

 占い老婆は、クルリと身を翻し、路地奥へと進んで行った。

 少年にはまだ聞かなければならない事があると云う勢いでその老婆を追いかけたが、その腕を引っ張り振り向かせた時、それが今話をしていた老婆では無い事に気が付いた。小柄な女性は訝しげに少年を見た。

「すみません、人を間違えました」

 と引き下がる事で、その女性はイソイソと去って行った。こうして、少年は占い婆の言う通り宮島へと足を向けることなったのである。

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