13.悩む人 :小川視点
玉子焼きは甘いのがいいか出し巻きがいいか。
ひやりとした冷気が足元を凍えさせる早朝の台所で、私は大いに悩んでいた。まだ家人は寝静まっていてことりとも物音はしない。そんな静けさは考え事には最適だろう。しかし、だからといって私の悩みは簡単に解消するものではないのだけれど。
悩みの元は、お弁当に詰め込むおかず。
そして、当日になってもまだ頭を悩ませる羽目になったのは――大原くんの好物を聞き損ねたから。
(カノジョ面して何が好き? ……なんて訊けなかった)
何をカンチガイしてるんだとか思われたらイタイ。
……別に本当のことだから痛がる必要もないハズなんだけど、想像すると胸がぎゅっと痛くなるので、そんなことは聞けなかった。
せめて中條くんにリサーチできたらよかったんだろうけど、そちらはそちらで別の意味で私にとってハードルが高かった。
中條くんは、大原くんとはタイプは異なるもののこれまたとっても目立つ人なのだ。
大原くん同様、存在感があるというか、人目を惹く。
頭を金髪にするとか、ピアスを開けるとか、特に派手な外見を作っているわけでもないのに、そこにいるだけで衆目を集める。
大人びているのだけど、取り澄ました風でもなく気さくに周囲にも接するし、私みたいな地味な女子にも気を使ってくれて優しい。
もちろん私だけに優しいのではなく、彼は女子には平等に優しいフェミニストだ。
当然、モテる。
彼女を簡単に見繕っても不自然ではないくらいは、おモテになる人だ。
実家が、芸能関係のイベントマネージメントをする会社で、芸能人なんかの知り合いもいるらしいからその影響なのか、中條くん自体が華やかな雰囲気を持つ芸能人っぽい人だ。
……そんな人が話しかけてきたら誰だって緊張すると思う。
彼が大原くんの友達なのはもちろん知っているし(大原くんがそれを認めているかは微妙だが)、こちらは一方的に彼らの会話を盗み聞きしていたりするし(なんとなく気になって)、まがりなりにも私は現在大原くんのカノジョなのだから大原くん繋がりで彼に話しかけられてもおかしくはない、……のだけど。
同級生に対して緊張しすぎて「はい」しか答えられなかった自分はどうかと思う。
「小川さん、次の日曜日空いてる?」
「はい」
「じゃあその日、大原と俺と俺のカノジョでダブルデートしようね」
優しげで柔らかな口調だったが、断る隙はまったくなかった。
はっと気付けばすでにダブルデートをする前提で話が進められていた。……大原くんとの会話でなんとなくわかっていたが彼は、結構強引で押しが強い。
言い方というか口調がソフトなので相手にそう聞こえないところがさらに厄介極まりない。
「時間とか待ち合わせ場所とか行き先とかはまた後で。とりあえず日曜日は他の予定入れないこと」
その後、二度ほど話す機会はもてたのだが、毎度緊張してしまって大原くんの好物を訊ける心のゆとりなどなかった。
まことに不甲斐ない限りである。
(本当は、大原くんの好きなおかず入れたかったんだけどな…)
なにげなく、でも、結構真剣にそう考えた私は諦めの小さな溜息を一つついてお弁当作りに取り掛かった。いつまでもぐずぐず悩んでいたら作り終わらず遅刻か弁当なしになってしまう。……それは最悪だ。
雀のさえずりがほんのり白んできた窓の外から聞こえる。
私は「よし」と気合を入れてエプロンを着け、腕まくりした。
――そう、本日は、とうとう訪れてしまった大原くんたちとのダブルデート当日なのであった。




