#2
本当にのどかだ。人の動き一つとっても、密度がない。いわばせせらぎのような清涼感がある。だが、サイダーのような、シロップ漬けや爆音の炭酸のような俗性はなく心が洗われるということはこのことを言うのだと感じた。
ここでは、たとえそれが商業施設であっても汚らわしさは感じない。20分ほど進むと、都会でも見るようなファストフード店や特大のホームセンターが、ミニチュアのように詰め込まれている。変わらないなじみのある店舗の外観であるが、集合体としての規模はどこか際限があるようでコンパクトだ。一方で、人の渦は何処かへと吸い込まれてしまったように車へ吸い込まれ、すれ違う人々の焦りなど微塵も感じられない。
いちど町を飛び出せば、古風な瓦仕立ての家々が軒並み、といかずとも河川の飛び石のようにある。縦横無尽に広がる建造物が、影を作るだとか鏡面に光が反射するだとかを考えずともよい。この解放感に満ちた空間、土地の空気。このおおらかさ、土地の豊かさ、この心を失わずに行きたいものだ。
庭にだって、菜園が見えた。確か私の知るオフィスビルにもそういった緑地化に力を入れる企業がいた。こういうゆとりが、元来の人の精神だとか、豊かさを作っていたのだ。
車屋が見えた。そうだ、私たちは車を置く土地だとかその値段だとかどのメーカーであるとかのことをすぐ考える。しかしここでは違う。個人のディーラーがあって、そこに人がいて生活をしているのだ。一帯に広がるカッサータの様な舗装の上には、うっすらと茶色が広がりその年季を感じさせる。
そういえば、タクシーをこんなに乗ることは初めてだ。普段であれば、数分待てばいくらでも次の電車が来る。そんな便利さやらを捨て、こうして何十分もかけ移動するなんていうのも、こういった機会がなければないから。
ここいらで少し、仮眠を取ろうと思う。今朝は3時までY2と飲んでいたのだ。彼女は、まぁ悪くなかったな。
夕日に瞼が透け、橙色に視界が染まり始める。Y2は、私とTの関係を知っていた。そしてその悪化も。私も彼女の甲斐性にも似た自己満足を知っていた。つまり利用されたのだ。そういうことにしておこう。




