第一話 限界魔法少女、その名は
人々の悲鳴が響き渡る繁華街。
土日で歩行者天国になった流行りの飲食店やファッション店が軒を連ねる若者が多い通りを、猫に追われるネズミのように走って逃げてくる人々。その顔には大なり小なり恐怖の色が見える。
振り返る人々の視線の先にいるのは、やたらと露出の多いゴスロリをモチーフにした服に身を包んだ少女の姿。映画の撮影か何かのように宙を浮いている。
ワイヤーで吊り下げられている不自然さはなく、気流を捉えた鳥が羽を広げて空中に留まるような自然さで建物の二階くらいの高さのところに浮いている。
ちなみに下から覗き込んだところであまり意味はない。なぜならゴスロリ少女の下半身を覆うフリルマシマシのロングスカートの前後はバッサリ切り取られたデザインになっていて、紫の見せパンらしきものがだいたいの角度から常に見えている状態だから。
下着も隠せずなんのためのスカートなのかさっぱりわからないが、腰の左右を覆う布はヒラヒラしてかっこいい感じはする。こう、マントをなびかせる感じで。パンツ丸見えだけど。
パンツの上には同色のガーターベルトが装着されており、太もも丈のレース編みの靴下と繋がっていて、それがなんとも扇情的だ。
それはともかく、露出狂のような格好をしたゴスロリの足元には六芒星のような幾何学模様が浮かび、それが浮力を生み出している。
浮遊の魔法陣。
そう、ゴスロリ少女はただのゴスロリ少女ではなく、悪の秘密組織に所属する闇魔法少女なのだった。
「ギャハハハ!逃げろ逃げろ!休日をホコ天で謳歌するリア充どもめ!」
友だちとかいないんだろうなと察せられるセリフを吐いて、ゴスロリは右手に持った杖を構えた。黒とピンクを基調としたスパンコールでデコられた魔法の杖。
「ダークアウト!」
ゴスロリは恥ずかしげもなく必殺技のような名称を叫んで杖を大げさに振った。パンツ丸見えで平気なのだから羞恥心的なものは皆無なのだろう。
杖の先端には黒い星がついており、一振りするのに合わせて無数の星ぼしが手品のように飛び出て、逃げ惑う人々に向かって流星のように襲いかかった。
「うわあー!」
星の当たった人は苦しみ悶え、そして口々に叫びだした。
「家にいるときはずっとおしゃぶり付けてる!」
「実はシャワー浴びてるときにおしっこしてます!」
「中学生のころにノート三冊分の夢小説書いてた!」
それを聞いた周りの人々は気まずい顔になって、気まずそうに距離を置いた。
「クハハハ!これをくらったヤツは人には言えない恥ずかしい秘密や黒歴史を暴露しちまうんだ!そいつがホントはどんなヤツか知ってなお、お前らは元のままの関係でいられるかなあ!」
なんとも楽しそうに笑いながら、親切に魔法の効果を説明してくれるゴスロリ。しかし魔法の効果はなかなかえげつなく、逃げる人々はもう必死の形相だ。
「ああっ!」
逃げ惑う人々の中、転んでしまった少女がいた。まだあどけない、中学生くらいの少女。その少女をゴスロリは見逃さなかった。
「へへっ、なんだ。どんくさいヤツがいるじゃねえか」
少女の顔を見つめながら嗜虐的な笑みを浮かべて舌なめずりし、近くへと降り立つ。その姿はカラスのように不吉で軽やかだった。
「ゆかり!」
ゆかりと呼ばれたその少女の連れ合いの、気の強そうな少女が名前を呼んできびすを返した。
「私のことはいいから、かんなは逃げて!」
「でもあたし、ゆかりを置いてなんて…」
「いいから早く行ってよ!私、かんなにだけは聞かれたくない話があるの!」
気の強そうな少女、かんなは逡巡するかのように後ろを振り返り、グッと歯を食いしばって倒れたゆかりとゴスロリの間に立ちふさがった。そしてゆかりを守るように、大きく両手を広げた。
「ならゆかりが、あたしの暴露聞いてよ。あたしなんてゆかりに何度も恥ずかしいところ見られてるし、今さらひとつやふたつ増えたくらいでゼンゼン平気だし」
「か、かんな…」
かんなの足の間からゆかりが瞳を潤ますのが見えて、ゴスロリは不機嫌そうに舌打ちした。そしてヤンキーのような面構えになってかんなにガンをつける。
「チッ、なんだよユウジョーゴッコなんか見せつけてくれてよお。オマエいいのかよ、友だちにあんなことやこんなこと知られちまってもよお」
「ぜっ、ゼンゼン平気だし。それくらいであたしとゆかりの友情は変わったりしないし。あっ、でも、もしかして、愛情になっちゃうかも…」
「えっ…」
もじもじとはにかむように言うかんなに、ゆかりの顔も徐々に赤らんでいった。その表情に拒絶の色はなく、むしろ華やいで紅潮しているように見えた。尊い。
そんな尊い様子がまた、おそらく友情とも愛情とも無縁なゴスロリの神経を逆撫でするのであった。
「ああそうかよ!ならとっとと恥ずかしい秘密を暴露しちまいなあ!ダークアウト!」
杖がひと振りされるのとともにばら撒かれる無数の黒い星ぼし。避けるすべもなく、避ける気もないかんなが仁王立ちしていると、その前に白い人影が天から降り立った。
「ピュアシールド!」
凛とした声とともに白く半透明の壁が出現し、黒い星とぶつかり合うと激しい爆発音が鳴ってもうもうと煙が立ち込めた。
煙が晴れるにつれて、かんなとゴスロリの間に立ちはだかった者の全容が見えてきた。
意思の強そうな凛々しい眉に大きく綺麗な二重の目。瞳の色は瑠璃色で心まで見透かされてしまいそうなくらいに澄んでいる。やや大きめの鼻は高くてスッと通り、唇は桜貝のような可憐な色をしている。茶色い髪はポニーテールに結い上げられていて、それが活動的な印象を与える。
服は目の前のゴスロリと対照的な、純白のドレスのような華やかな衣装。肩口やスカートの裾がふわっとふくらみ、やたらとフリルが付いている少女趣味な服。背中側の腰上のあたりにやたらと大きなリボンのような飾りが付いていて、先端が尻尾のようにヒラヒラと風に舞っている。
胸元にはムーンストーンのような青白い輝きを放つ大ぶりな宝石が付いており、それがどこか神秘的な雰囲気を漂わせている。
「来やがったな、おじゃま虫。魔法少女、ピュアホワイト!」
ゴスロリが忌々しげな口調で名前を叫び、ビシッと杖を突きつけた。
しかし突きつける側はノリノリであっても、突きつけられた側は気恥ずかしそうにもじもじしている。
「あ、あの、前も言いましたけど、少女ってちょっとやめてくれませんか。私もう二十二歳なんで、少女って呼ばれる歳の限界は超えちゃってるような…」
ゴスロリは白けた顔で杖を持ち直して手をパンパンと叩き、かんなとゆかりはポカンとしていた。
ポカンとしながら、同時に思った。
たしかに二十二歳で魔法少女ってちょっと、いや、けっこう厳しいな、と。




