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第1話:安定を求めたのが運の尽き

4月といえば、新入社員が入社する今日この頃…

世の中にある中小零細企業は、俗にいうブラック企業と呼ばれることが多々ありますが、かくいう私も新卒から今日に至るまで、黒寄りの灰色に近い一般企業に勤めて早8年…時が流れるのもあっという間です。

そんな社会人8年目の凡人が、ふと思いつきで描いた物語ですので、生暖かい目で見てください。

「採用だ。明日から…いや、今日から働けるな?」

目の前の男…王都魔導省・遺物整理課の課長ゼノスは、死んだ魚のような目でそう告げた。

その瞳の奥には、新たな獲物を見つけたハイエナのような薄暗い歓喜が揺れている。

佐藤智(サトウサトシ)、25歳。

前世では、都内の零細IT企業で「不具合対応」という名の終わらない戦争(業務)に身を投じていた。

三日三晩の徹夜明け、意識を失うようにして駅のホームの中に倒れ込み、気づけばこの異世界の地に立っていた。

異世界に転生し、第二の人生を授かった当初、彼は誓った。

「二度とブラックな環境では働かない。安定したノルマのない、定時で帰れる職に就くんだ!」と…

幸い、異世界の文字が読める程度の加護はあった。

彼は必死に勉強し、もっとも安定していると思われる「王宮の公務員」の門を叩いた。

倍率は数百倍と聞いていたが、なぜか「遺物整理課」だけは、履歴書を出した五分後に面接が決まり、さらに五分後には採用が決まった。

「あの、ゼノス課長。契約条件の確認をしたいのですが、募集要項にあった『アットホームな職場』というのは…」

「ああ、そうだ。家族同然だよ。逃げ場がない…という意味ではね」

「…はい?」

ゼノスはサトシの問いに答えず、錆びついた鉄の扉を開いた。

その瞬間、サトシの鼻を突いたのは、埃と焦げた魔力の残滓、そして何かが腐敗したような、この世のものとは思えない異臭だった。

地下へと続く階段を降りる。

壁に灯された松明の炎が、不気味に揺れている。

「ここが君の職場…いや、戦場と呼ぶべきか。遺物整理課の第一倉庫だ」

広大な地下空間に足を踏み入れたサトシは絶句した。

そこにあったのは、整然とした棚ではない。

禍々しい紫のオーラを放つ大剣、不気味に脈動する髑髏の杖、そして「助けて…出して…」と低い声で囁き続ける鏡…それらが、まるでゴミ捨て場のように無造作に積み上げられていた。

「これらは勇者や冒険者が辺境から持ち帰った『呪いの遺物』だ。鑑定が終わるまで王宮の蔵には入れられない。だが、そのままにしておくと呪いが街に漏れ出す。だから、君のような『選ばれた社員』が仕分けして浄化の準備をするんだ」

サトシは足元を見た。

何かの骨のようなものがパキリと音を立てる。

「…これ、全部やるんですか?」

「そうだ。ちなみに前任者は昨日辞めたので、引継ぎのマニュアル等は存在しないが…まぁ、君なら何とかなるだろう」

「辞職ですか?」

「いや、精神が崩壊し、自分が彼の国の魔王だと信じ込んで、この国のはずれにある魔境の森へ消えた。だから今は社員の手が足りない状態なんだ。君が来てくれて助かるよ」

ゼノスはサトシの肩をポンと叩くと、出口に向かって歩き出した。

「あ、言い忘れた。そのエリアは『精神汚染』がひどいから、普通の人間なら一時間程で発狂する。まあ、適度に休憩を取ってくれて構わないよ。もっとも、仕事が終われば…の話だがね」

ガチャン。

重厚な鉄の扉が閉まり、外から鍵をかける音が響いた。

ひと時の静寂だけが残る。

そして、積み上がった呪いのアイテムたちが、一斉に新入りを歓迎するように鳴き始めた。

「はは…嘘だろ」

サトシは立ち尽くした。

前世での経験が、脳内で警鐘を鳴らしている。

これはブラック企業どころではない。

物理的、精神的な死が、常に隣り合わせの強制収容所といったところだ。

「とりあえず、帰らせてくれって言わないと…」

彼は扉を叩こうとした自分の手を見た。

呪いの大剣から漏れ出すどす黒い霧が、サトシの手首にまとわりついている。

普通の人間なら、この時点で激しい頭痛と吐き気に襲われ、失神するレベルの呪力だ。

しかし、サトシが感じたのは「なんか冷たくて気持ちいいな」という程度の感覚だった。

「…?」

彼はステータス画面を呼び出した。

異世界転生後、一度も確認していなかった彼のパラメーターが、異常な数値を叩き出していた。


名前:サトシ

固有(ユニーク)スキル:神に抗う社畜

保有能力:不眠不休、感情殺し、環境適応

【不眠不休】…デスマーチ(三日三晩の徹夜)に耐えうる肉体

【感情殺し】…上司の理不尽な罵倒(パワハラ)を右から左へ受け流す心

【環境適応】…どんな劣悪な職場にも自然と馴染む適応力


「これ…前世の社畜生活で作られた体質が、そのままスキルになってるのか?」

試しにサトシは目の前の「呪いの大剣」を素手で掴んでみた。

『警告:強力な精神汚染を感知…スキル【感情殺し】により無効化されました』

脳内に無機質なアナウンスが流れる。

大剣が放つ「世界を滅ぼせ」という呪詛の叫びも、サトシにとっては「何で頼んだ仕事が今日中に終わっていないんだ!」という上司の理不尽な罵倒よりも遥かに優しく聞こえた。

「なんだ。罵倒されるよりは、ずっと静かじゃないか」

サトシは溜息をつき、近くにあった壊れた椅子に腰を下ろした。

逃げるのは簡単だ。

だが、この世界で生きていくためには金がいる。

そして、彼には前世から染み付いた「悲しき性」があった。

目の前に山積みのタスクがあると、片付けずにはいられないという、呪いよりも強力な社畜根性である。

「…とりあえず、暫くは様子を見るか。石の上にも三年って言うしな」

彼は袖をまくり、近くにあった台帳を手に取った。

そこにはデカデカと、前任者の血文字で「無理…」と書かれていたが、サトシはそれを手元のペンで二重線を引いて消し、その隣に新しく「1. 呪いの剣…仕分済」と書き込んだ。

外では、夕闇が王都を包み始めていた。

しかし、陽の光すら届かない地下倉庫で、サトシの「異世界残業」は始まったばかりだった。

彼がこの時、三年の月日が、自分をどれほどの怪物に変えてしまうのか、知る由もなかった。

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