第十五歌
今や頑丈な堤防が、ダンテたちを導いている。小川から立ち上る蒸気は、上空を覆う雲をつくり、川面と堤防を炎から護っている。
フランドル人は、高潮を恐れ、ヴィッサンからブリュージュまで海を押し返すように堤防を築いた。パードヴァ人は、自分たちの街と城塞を護るため、カレンターナ領で、暑さを感じる前にブレンタ川に沿って堤防を築いた。
この堤防も同じ姿に造られている。
ただし、工匠が誰であれ、それらのように高くも大きくも造られてはいない。
すでに、ダンテたちは森から遠ざかり、振り返ろうとも何も見えない。
そのとき、堤防に沿って進んでくる一群の魂たちに出会う。新月の宵の中、人の顔を覗き込むときのように、年老いた仕立屋が針穴に糸を通すときのように、ダンテたちに向かって目を凝らしている。
一族から見られている中、ひとりの男がダンテを見つけて、ダンテの裾をつかんで叫んだ。
「なんという奇跡だろう」
自分に伸ばされた腕に驚いたダンテは、焼け焦げた顔をじっと見た。
顔が焼け爛れていても、彼は記憶の中にいた。ダンテは、彼の顔に手を差し伸べ答える。
「ブルネット先生、ここにいらしたのですね」
先生は、言う。
「我が息子よ、差し支えなければ、このブルネット・ラティーニが列を先に行かせ、君と引き返してもよいかな」
「ぜひ、お願いします。ウェルギリウスの許しを得て、立ち止まり、座りましょうか」
ダンテは、答えた。
「この群れの誰であれ、一瞬でも立ち止まれば、その後の百年間は、炎を払うことさえできずに、伏さなければならないのです。このまま前に進んでください。私は君のそばについていきます。永遠の罰に涙しながら進む仲間には、後から追いつけばよいでしょう」
ダンテは、堤防を降りて先生と同じ高さで歩くことはせず、敬意を表し頭を下げて歩いた。
先生は、話し始める。
「最後の日を迎える前に、この地に君を導くのは、なんという偶然か、運命なのか。道を指し示す方は、どなたなのでしょう」
「遥かな地上の晴れやかな人生において、力みなぎる年齢を前に、私はある谷で道を見失いました。昨日の朝、谷に背を向け、再び戻ろうとしたとき、この方が現れ、戻るべき家へと、この道を通り導いてくださっているのです」
「もし、君が自分の星に従い、美しく生きた世界での私の見立て通りならば、必ず栄光の港にたどり着くでしょう。天が君の味方であることを知っていた私が、もっと長生きしていれば、君の仕事を応援することができただろうに。しかし、古代ローマの時代にフィエーゾレから降りてきた邪悪で恩知らずな民は、今も山と岩の荒々しい気質を持っています。酸っぱいナナカマドの実の間に甘いイチジクの実はならない道理のように、君の素晴らしい行いには敵となります。昔の諺にあるように、彼らは盲目と呼ばれ、貪欲で、嫉妬深く、高慢です。彼らの習いに染まってはいけません。君の運命は、白派も黒派も君を貪ろうとするほどの大いなる栄誉を用意しています。しかし、草は山羊から遠くにあります。フィエーゾレの獣たちには、互いを餌とさせておき、彼らの堆肥の中から草木が芽吹いたのであれば、触れさてはなりません。その草木の中にこそ、悪の巣窟が造られたときに、そこに留まったローマ人の聖なる種子が息づくのです」
ダンテは、答える。
「もしも、私の願いが完全に叶えられていれば、先生は人間の生きる世界から追われてはいなかったでしょう。現世で折あるごとに、いかにして人は永遠になるのか、私に教えてくださった素晴らしい父のような先生の姿は記憶に刻まれ、今は悲しみしかありません。私がどれほど感謝しているか、私は、生きている限り、言葉で表し続けるつもりです。先生が、私の人生についてお話ししたことを記し、たどり着けるであれば、理解してくださる女性に他の詩と共に届けましょう。これだけでは知っておいてください。私の良心が咎めない限り、運命の女神が望むままを受け入れる覚悟ができています。教えてくださった予言は、目新しいものではありませんので、女神フォルトゥーナには運命の輪を回させ、農夫には、好きに鍬を振り回せましょう」
ウェルギリウスは、右頬を見せながら後ろを振り向き、ダンテを見て言った。
「心に記す者は、よく聞いているものです」
ダンテは、ブルネット先生と歩き続ける。
連れの中で最も名高く、最も優れた者は誰かを尋ねた。
先生は、答える。
「何人かについては知っておいた方がよいでしょうが、その他の者は、話す時間もなく、黙っていた方がよいでしょう。まとめれば、全員が聖職者や名声を得た学者ばかりですが、現世で同じ罪に穢れたのです。哀れな群れの中にいるのは、プリスキアヌスです。フランチェスコ・ダッコルソもいます。君が爛れた肌を見たいのならば、僕たちの中の僕ボニファティウス八世によって、アルノ川からバッキリオーネ川に左遷させられ、その地にいきり立ったものを残した者アンドレア・デ・モッツィを見ることができるでしょう。もっと話したいのですが、砂漠から立ち上る砂塵が見えます。一緒に歩き話すのも、最早これまでです。私は、向かってくる人々と一緒にいてはならないのです。私が著した『法典』を君に託します。その中に、私はまだ生きています。それ以上は、何も望むことはありません」
引き返す姿は、緑の旗を競いヴェローナの野を駆ける者たちのようだった。
それは、敗者ではなく、勝者の姿だった。
改稿するお話「ダンテは『神曲』を改稿する」は https://ncode.syosetu.com/n0731jq/
本編のお話「ダンテが街にやってくる」は https://ncode.syosetu.com/n2704ja/




