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第12話 八墓村

 1977年に公開された八墓村は松竹で制作・配給され、監督は野村芳太郎、金田一耕助役は渥美清で、この映画は俺が大好きな映画だ。何度視聴したか分らないほどに観た。しかし長い。151分もあるのだ。

 ちなみに渥美清を起用した理由は原作者である横溝正史が「私が描く金田一耕助は石坂浩二のような頭がよくて二枚目じゃないんだよね。松竹なら渥美清でしょう」と言ったことからだそうだ。又、その石坂浩二が演じる金田一耕助は東宝映画。その東宝作品に対抗するように作成されたのがこの映画で、制作期間は2年強、更には製作費は当時で7億円という、日本映画の中では凄まじいほどの力の入れようだ。そのかいあって19億円以上の配収となるメガヒット映画。そんな映画だから初めてテレビ放映された際の視聴率は30%を超えたらしい。スゲーよな、映画だぜ映画。


 1996年に公開された八墓村は東宝系で、監督は市川崑、金田一耕助役は豊川悦司。上映時間は127分と、松竹版より30分程度短い。だが、この映画はどうにもこうにも魅力がないとしか言いようがない。実は俺は市川崑監督が非常に好きなのだ。あの独特なカット割りなんかたまらない。それなのにだ、とにかく好きになれないのだ、この映画は。いったいぜんたい何故なんだろう?


【1977年松竹版】

 監督:野村芳太郎

 脚本:橋本忍

 寺田辰弥役:萩原健一(27歳)

 金田一耕助役:渥美清(49歳)

 森美也子役:小川真由美(38歳)

 多治見要蔵役:山崎勉(41歳)ーー頭に2本の懐中電灯をつけて狂いながら大量殺人を犯すヤツ

 多治見久弥役:山崎勉(二役)

 多治見春代役:山本陽子(35歳)

 多治見小竹役:市原悦子(41歳)

 多治見小梅役:山口仁奈子

 井川鶴子役:中野良子(27歳)ーー辰弥の実母で要蔵に拉致監禁され強姦される

 井川丑松役:加藤嘉(64歳)ーー辰弥の祖父。最初に毒殺される爺

 磯川警部役:花沢徳衛

 巡査役:下条アトム

 諏訪弁護士役:大滝秀治

 久野医師役:藤岡琢也(47歳)

 濃茶の尼役:任田順好(40歳)

 尼子義孝役:夏八木勲ーー落武者の大将

 落武者A役:田中邦衛

 里村典子役:物語から削除

 里村慎太郎役:物語から削除


【1996年東宝版】

 監督:市川崑

 脚本:大藪郁子

 寺田辰也役:高橋和也(27歳)

 金田一耕助役:豊川悦司(34歳)

 森美也子役:浅野ゆう子(36歳)

 多治見要蔵役:岸部一徳(49歳)ーー頭に2本の懐中電灯をつけて狂いながら大量殺人を犯すヤツ

 多治見久弥:岸部一徳(二役とおもいきや三役)

 多治見春代役:萬田久子(38歳)佳

 多治見小梅役:岸田今日子(66歳)

 多治見小竹役:岸田今日子(二役)

 井川鶴子役:鈴木佳(全然知らない女優、年齢も不明)

 井川丑松役:織本順吉(69歳)

 等々力警部:加藤武

 巡査役:うじきつよし

 諏訪弁護士役:井川比佐志

 久野医師役:神山繁(67歳)

 濃茶の尼役:白石加代子(55歳)

 落ち武者役:今井雅之

 里村典子役:喜多嶋舞(24歳)ーー多治見久弥や春代のいとこ(原作ではヒロインらしい)

 里村慎太郎役:宅麻伸(40歳)ーー里村典子の兄



 原作は登場人物がやためったらに多く、更には本家やら分家やらで人物の相関関係が非常に複雑だ。だがら映画化やドラマ化ーー3回の映画化と7回のドラマ化で計10回も映像化されている凄まじい小説なのだが、いずれも登場人物を大幅に減らした脚本となっているらしい。

 併せてだが、原作では「祟りを偽装した連続殺人事件」なのだが1977年松竹版では「やっぱり祟りだった」というオカルトミステリーものに仕上がっている。それと上記のキャスト一覧にも記載したが、原作では里村典子が主人公の寺田辰弥と恋に落ちるヒロインで、村人に追われた際にはこの二人で鍾乳洞に逃げ込み、エンディングでは多治見家の財産を放棄した二人が結婚して妊娠という、人が沢山死んだ割には爽やかな終わり方らしい。

 ちなみに連続殺人犯は森美也子なのだが動機は、里村慎太郎のことが好きだった美也子は、多治見家の面々を殺せば相続権が里村慎太郎に移り、そうなれば自信を取り戻した慎太郎が自分に結婚を申し込むだろうという理由らしい。このように端折って書いてしまうと、「それで8人もぶっ殺したのか? いくらなんでも動機が弱いだろ」と思われるだろうが、俺もそう思う。


 だが1977年松竹版ではそのヒロインーー里村典子を見事に抹消し、殺人犯の森美也子と主人公の寺田辰弥をくっつけ、その二人が鍾乳洞内での恐怖の追いかけっことなり、エンディングでは怨霊となっていた尼子義孝ら落武者どもが、滅んでいく多治見家を眺め「ニヤリ」と笑う。


 俺は1977年松竹版でアレンジされたストーリーが最高だと思っている。この映画の脚本を担当した橋本忍という人物が他にどのような映画の脚本家であったのかを調べてみたところ、羅生門、八甲田山、日本沈没など錚々たる映画名が出てきた。


 原作のファンの中には「面白くない。なぜ原作に忠実に描かないんだ!」と感じている御仁も多いかと思うが、先にも書いたように、原作では複雑に入り組んだ関係の登場人物が多すぎるために映像化するには相当なアレンジが必要な作品で、10回の映像化全てで何らかのアレンジと削除された登場人物がいる。それを前提に考えると、1977年松竹版は、長すぎて途中の中だるみが少し気になるが最高のストーリーだと俺は思う。


 前置きが長くなったが、なぜ1996年東宝版が面白くないのか。俺が大好きな市川崑監督がメガホンを取っているのにだ。

 まずは脚本だろうな。この映画の脚本家の大藪郁子が脚本した代表的な映画は、おやゆび姫、アンデルセン童話にんぎょ姫…だそうだ。……よくわからんし見たいとも思わないぞ。

 そして最も大きな理由ーー東宝版が面白くないと感じる理由は、1977年松竹版が強烈なインパクトを放ちすぎているせいだろう。なぜこんなにも強烈な印象を残す映画になっているのか? 


 先ずは出演している女優陣が凄いことが挙げられる。特に殺人犯役の小川真由美と拉致監禁され強姦される中野良子。この二人の存在感が物凄い。当時の小川真由美は40前の38歳。女ざかりでもあってとにかく色っぽいのだが、鍾乳洞で辰弥を執拗に追いかける姿は正に狂った女で、辰弥を演じたショーケンは後に雑誌のインタビューで「追って来る真由美さんが本当に怖くて必死に逃げました」と応えている。とにかく当時の日本映画界を代表する大女優であったのは間違いない。

 そして中野良子。この女優は絶対に美人ではない。顔のパーツも一つずつ見ると、どちらかというとブスの部類に入ってしまいそうなのだが、どういう訳だが異様なエロさを醸し出している不思議でチャーミングな女優なのだが、この映画が制作された当時はまだ27歳。どうしてあれほどの存在感を視聴者に与える事が出来たのか不思議だ。この映画での出番の長さなら多治見春代を演じた山本陽子の方がずっと多かったのに、その山本陽子が霞んでしまう程のインパクトを与えている。ミニ情報だが、中野良子は少しボッテりとした唇がチャームポイントなのだが1978年にカネボウが実施した「くちびる美人」調査では堂々の一位だった。彼女は1950年生まれだが後50年遅く生れていれば、そうとうに持てはやされた顔だと思う。


 そんな女優二人が演じた役どころを…

 小川真由美(38歳)→浅野ゆう子(36歳)。これは比べたら可哀そうだ。

 中野良子(27歳)→鈴木佳(全然知らない女優、年齢も不明)。ふざけるなって言いたくなる。


 ちなみに森美也子役をドラマ版で演じた主な女優は、鰐淵春子(33歳)、夏木マリ(39歳)、名取裕子(38歳)、真木よう子(37歳)。

 去年だったかな……NHKでやった八墓村ーー美也子役の真木よう子ーーを観たが、やっぱりどうしても小川真由美と較べてしまってダメだった。しかし、夏木マリと名取裕子が演じる美也子は観てみたい。


 次に大量殺人をやらかした多治見要蔵ーー懐中電灯を頭につけて村人を殺しまくる役どころを…

 山崎勉(41歳)→岸部一徳(49歳)これもちょっと比べたら気の毒だ。

 確かに山崎努演じた要蔵は、先祖の犯した過ちで呪われていたという設定だろうから、狂人というより鬼や悪魔で見事にそれを体現した演技なのだが、岸部一徳が演じた要蔵は、なんていうのか狂った男だったんだろうね。その違いもあって単純な比較は出来ないと思うんだけども…一徳さんには狂人役は無理だ。


 そして寺田辰也役なのだが…

 ショーケンこと萩原健一(27歳)→高橋和也(27歳)

 ショーケンは20歳ごろまでザ・テンプターズのヴォーカルで解散後はPYGというグループで沢田研二と共にダブルヴォーカルだったが22歳頃から俳優業に転向している。

 髙橋和也はジャニーズ事務所の男闘呼組のメンバーだったが解散後は俳優業に転向。

 東宝版はショーケンと経歴が少し似ているから高橋和也を抜擢したのだろうか。

 ショーケンについて書くが、ドラマでは太陽にほえろと傷だらけの天使、それと前略おふくろ様が超有名だが、映画でも約束、影武者、誘拐報道、それと連城三紀彦がショーケンをモデルにしたという直木賞作品「恋文」が映画化された際にはショーケン自らが演じているなど、俳優としての評価も非常に高いのだ。あえて言うが、どうして高橋和也なんだ~??

 ちなみにドラマ版で寺田辰也役を演じた主な俳優は鶴見慎吾(27歳)、藤原竜也(22歳)、村上虹郎(22歳)。藤原竜也のは観たいと思う。


 そして金田一耕助役なのだが、渥美清が演じたことに賛否があるが俺は好きだぞ。うん、うん。というのも映画であれば石坂浩二、ドラマであれば古谷一行がどうしても定着しているのだが、この二人が演じた金田一耕助だと、本来は狂言回しの役どころのはずが何故か主役になっている。渥美清が抑えた演技で淡々としゃべる金田一耕助は本筋の邪魔をせず、他の主役級の登場人物たちを十二分に輝かしていた。その点、豊川悦司の金田一耕助は、他の役者たちがあまりインパクトを与えないせいもあってか目立ちすぎていたと感じた。


 1996年東宝版は全てが凡庸であった。しかし、1977年松竹版は製作費7億円(現在の貨幣価値に換算すると15億円を超えると言われている)、製作期間は2年超という正に社運を賭けた映画だったのだろうと推測される。結果的にメガヒットとなったから良かったものの、滑っちまったら松竹が傾いたんじゃないのかね~。それは監督は勿論のこと出演者全員が感じてたことだろうし、「絶対に良い作品にしようぜ!」という熱いものがあって出来上がった作品がこれなんだと思う。


 いや~、これ書いていると又観たくなってきた。1977年版八墓村。


 追記だが、山崎勉演じる多治見要蔵が、桜の咲き散る下で刀を振り回すシーンは最高だ。恐ろしくもありそして綺麗だ。


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