七本目
この村には”災厄”が訪れるときがある。
名前の通り、人にとってはあまり好ましくない存在だ。
天変地異を起こすことだって何ということはないらしい。
”災厄”はひとつだけ願いを叶えてくれる。
対等の代償を引き換えに。
一回の来訪時に一人の願いだけをかなえるのだ。
選ばれる一人とは、”災厄”を招いたものだ。
人間のように感情を抱ける存在ならば、何でもいい。
そのため”災厄”の見た目や正体を知っているのは、呼び出したことがある人だけだ。
村長すらきちんとした情報を持っていない。
わたしはループする度に”災厄”と出会った。
残虐で、横暴で、非道で・・・・。
言葉のもどかしさを初めて味わった。
最終的に言語道断しか出なくなってしまった。
それほどまでに、ひどい存在なんだ。
見た目は幼女なのだが、如何せん中身が悪い。
金髪碧眼で、百四十センチほどの背丈。
服はいつもゴスロリ。
にやりと笑うと犬歯のような歯が覗く。
それが”災厄”の姿だ。
名前を遙香と名乗った。
「おっかえり~、咲ー希ちゃん」
ねっちょりとした声音で話しかけてくること何百回。
回を重ねるほど気持ち悪さに拍車が掛かってくる。
最初はなんの悪意も感じられないような話し方だったのに。
きっと彼女は飽きてきている。
次は、ないかもしれない。
どうしたら、回避できるだろうか。
そもそも誰が村を滅ぼすのだろうか。
もしかして巫女が死ぬことによって、村を滅ぼそうとする存在が現れるのだろうか?
巫女を誰よりも慕っていて、それを殺す村人をすべてその手で──?
いや、これはない。
だってそうしたらあの黒い影はなんだ?
明らかに”災厄”に力を受け取ったものの力じゃないのか?
まるで、人を殺すために得たような力。
もしかして人を殺すことを娯楽としている愉快犯だろうか?
この村には娯楽がない。
デパートや、コンビニなんてものも存在しない。
あるのは永遠と続く畑ばかりだ。
他の町や村と交流を取り合うことは極力避けている村のためだ。
自給自足は当たり前。
村のみんなで助け合うのも当然のこと。
みんなが飢えることなく暮らしていくために、畑仕事をする。
そういった見えないルールができているのだ。
大人の間では。
子供はそれと比べたら全然辛くなんかない。
退屈ではあるが、その分習い事をさせられる。
その種類は結構豊富で、どれか一つくらいは好きなものが見つかる。
まぁわたしはどれも嫌いだけれど。
(頑張ることがあまり好きじゃないから)
明樹は確かそろばんを弾くのが楽しいと言っていた。
そろばんの教室にはあの春樹が来るのもあるのだろう。
漫画やゲーム、パソコンなどもない。
かといって参考書や文献が多くあるのかと言えば、そうでもない。
利点は・・・・自由時間が多いこと、かな。
文明の利器に時間を取られることがないのだから。
もしもいるならば、その愉快犯はループに気づいてはいないのだろう。
気づいていたのならば、真っ先にわたしを殺しに来るはずだ。
なのに毎回先に死ぬのは明樹だ。
そのせいでループが始まってしまう。
それに、巫女のことだけじゃない恨みを持っているのがわかる。
村全体に何かしらの危害を加えられているような存在。
そうでなければ、あの力は発動しない。
強い願いを叶えようとする力なのだから。
代わりとして自分の存在に関わるなにかを削ることになるが。
わたしが何回もしているループは、相当”災厄”の力を使ってしまう。
それは世界の理をゆがませる所為だ、と遙香は笑って言った。
単純に人を傷つけるだけならば、そうとも限らない。
人を傷つけるための刃物を、どこかから調達するのも同然な使い方だから。
至極ふつうな発想であり、正しい用途である。
「今日はここまで、きちんと予習復習してくるように!」
はっ、として周りを見回すと委員長が終わりの挨拶の号令を掛けた。
慌ててそれに追いつく。
やばい。半分以上考え事に費やしていた。
まったく聞いてなかった。
今日の香水の香りが薄めだなー、しか思わなかった。
ぺしっ。
「こら、咲希。寝てたでしょ?」
「・・・・う゛」
後ろからノートで叩かれた。
振り向かなくたってわかる。
明樹が笑ってノートを差し出してくれている。
どうやら写させてくれるようだ。
「ほら、ノート。次はちゃんと起きててね」
「うん。ありがとうお兄ちゃん」
明樹が貸してくれたノートには整った字ばかりが並ぶ。
字の読みやすさなら、ほかの誰にも負けないくらい。
ただ・・・・。
「・・・しかたないよね」
鉛筆だけで書かれたそれは、重要な点の印は一つもない。
全て黒の活字。
休み時間の間に板書だけを写しておこう。
後で色を付けたせばいいだけだ。
何の問題もない。
そもそも写す必要はあるのだろうか?
また失敗してしまうかもしれないのに?
いや、今回で、終わりにするんだ。
今度こそ終わらせてみせる。