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者騙~モノガタリ~  作者: 重垣刹那
一話『ボクガ見分ケタモノガタリ』
9/16

不等式(不幸識)

天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず。

但し

人は人の上に人をつくり、人の下に人をつくる。



◇ ◇ ◇



 全体的に思い出すと何だかよくわからなかったけど、あのスーツ姿の男の言っていたことで一つ気になることがあった。


 《物語》。


 ――この単語である。


 あの男の口振りからすると、人生を一つの物語として考えていた節がある。


 この考え方は――面白い。


 人生を物語に置き換えたところで、平凡な人生はあるし、《事実は小説より奇なり》といって物語より珍妙で理不尽な出来事もあるから、とどのつまり――何も変わらないのだ。


 ――が、そんなことを抜きにしても、その考え方は興味深かった。


 あのスーツ姿の男の持論なのか、それとも誰かの受け売りなのかは知らないが、なかなか粋なことをするなぁ、と思う。


 しかし、いくら人生が物語と言ったところで、これはあんまりな出来事だ。


 僕は片羽(かたは)科理(しなり)さんとの紆余曲折を終え、人見(ひとみ)(ひとみ)に会いに行こうと《異端の流れ場》の廊下を歩いていた。


 すると、少し前に僕が雀の涙程度の元気を補給して、あのスーツ男に会った休憩所に――人見瞳がいた。


 彼女は《学問の伍狂人》の一人に数えられる《天才》で、さらに《異端の流れ場》の最年少者でもある。


 その年齢は――僅か八歳。


 外の世界なら、小学生である。


 容姿も完全に子供だったが、遠目にも雰囲気が異質だということは解る。


 人見瞳が休憩所にいることは、言ってしまえばラッキーな出来事だ。わざわざ部屋まで行かなくて済むのだから。


 ――しかし何故か、片羽美麗(みれい)もいた。


 噂通り、彼女の容姿は科理さんと見分けがつかない。服装が白衣ではないので、片羽美麗だとは推測できるが、科理さんが自分の部屋にいることを知らなければ、言い切ることはできなかっただろう。


 二人は話をしていたが、ほぼ一方的に片羽美麗が話を嫌々聞いているという形だった。


「............何でいるんだよ」


 物事には、それ相応の順序があるだろう。


 アニメ、映画にもなっている某ゲームでも四天王一人ひとりとバトルしてから、チャンピオンという流れが定着しているじゃないか。


 これはその順序を極端に短縮したようなものだった。――四天王を同時に二人相手にするようなものだ。


 しかし、二人を見つけてしまったのだから、二人に話を聞かなければならない。


 僕は、まず休憩所の自動販売機のところへ行って、飲み物を買う。


 何気なく、休憩所のベンチに座って、二人に話をふる――そんな流れでいこう。


 さて、何を飲もうか。――やっぱり元気がハツラツとするやつにしよう。


 そう思い、自動販売機のボタンをみると――無情にも《売り切れ》の文字。


「はあ............」


 じゃあ何を飲もうかな。


 僕が飲み物を選び直そうとした時、不意に声をかけられた。


「飲む?」


 振り向くと、そこには片羽美麗がいた。――声の主もまた然り。


 でも、僕には科理さんに驚かされたあの出来事がフラッシュバックしたように感じられた。――声も判別がつかないのだ。


「............えっ」


 思わず、声がでる。


 片羽美麗はそんな僕に苛ついたようにして、「これ」と、左手を僕の目線まで上げて言う。


 彼女は僕が飲もうとしていた飲み物の瓶を持っていた。――でも蓋がついていない。


「あなた、これを飲もうとしていたんじゃないの? 私、もういらないからあげようと、親切してあげようというのに、何よその態度。あなたには感謝の気持ちがないの?」


 感謝の気持ち――って言うけど、それ飲みかけだろ? 間接キスになるじゃねえかよ。あんたは気にしなくても僕は気になるんだよ。


 しかし彼女の雰囲気は、科理さんの言う通り――いやそれ以上に威圧的だった。初対面の相手にゴミをみるような目線を浴びせている。


 その視線に晒されていながら、断ることはできない。――この際、常識なんて考えていたら自分の身を滅ぼすことになる。


「............わ、解りました。あ、ありがとうございます」


 そう言って、僕は彼女から瓶を受け取る。


 ――軽かった。


 まるで、中身が入っていないように。


「あ、それ。捨てといてね」


「..................っ!」


 嵌められた! こんな子供じみた悪戯に引っ掛かってしまうとは――完全に片羽美麗の雰囲気に気圧されていた。


 その様子を見ていたのであろう人見瞳が、大きな声で片羽美麗に言う。


「おいおい! 美麗さんよぉ、相変わらず性格が悪ぃなぁ!」


 どんな荒っぽい口調だよ。八歳の《天才》少女の言葉使いではない。どんだけ男勝りなんだよ。ってか、誰の影響だよ。声の高さは八歳のそれなのに、口調だけそんな感じだと軽く混乱してしまう。


 人見瞳の言葉を、僕に目を向けながら片羽美麗は返答する。


「ふん。何を言ってるの、人見さん? 私はこの冴えない男より確実に上位の人間よ。こんな取り柄もなさそうな凡人は、私のゴミ捨て係をやるぐらいしか生きている意味がないのよ。――目上の人間は敬うべきなのよ」


「..................」


 あなたは目上の人間ではあるだろうけど、敬うべきではないと思う。


「はん! つっても、そのゴミ捨て係として生きているしか意味のない人間は、オレたち二人に用があるみてぇだけどなぁ」


「..................っ!」


 見抜かれた、か。一体何を見て気づいたのだろうか。


 理由があるとすれば、《彼女が人見瞳だったから》ということになるのだろうか。――《人間学》の権威。万の人間性の分析してきた少女。


「――何の用があるのよ?」


 ああ美麗さん、機嫌が悪そう。


 でもまあ、ここまで来たら無礼を承知で動くしかないだろう。


「あの、二人に聞きたいことがありまして。――最初は、そのぉ、人見さんに話を聞きたいんですよね。だから、あの、片羽さんにはこの休憩所で少しの間待っててほしいんですよね」


「はぁ?!」


 不機嫌さが返答に集約されている気がする。


「どうして?! なんでこの私が待たなくちゃならないの? 理解できないわ!」


 ――言ってしまえば、最初にあなたと話をするのは気が重いからなのだが、言わない。


 しかし、何とかして機嫌を取り戻さないと。――生憎ミカンを用意する時間はなかった。


 ――!!


 自動販売機に一縷の光を見つけた。――これは過言でない。


「あ! あの、ただ待たせるというのも悪いので、何か飲み物を飲みますか? この自動販売機のドリンクならすぐ用意できますよ」


 幸い、この自動販売機にはオレンジジュースがあった。しかも缶とペットボトルの二種類(なぜ二種類あるかは不明。そんなに需要があるのだろうか?)。


「............ふん。じゃあ待っててあげるわ。ありがたく思いなさい。この私が凡人の言うことを聞いてあげてるのよ」


「あ、ありがとうございます」


 しかし考えてみたら、片羽美麗が唯一、僕のことを《凡人》だと言ってくれている。それは少しばかり嬉しい。


「――オレンジジュース」


「............あ、はいはい。オレンジジュースですね」


 僕はへこへこしながら、自動販売機に硬貨を入れる。――量が多い方が得だろうから、ペットボトルのオレンジジュースを押そうとした。


「ふざけないで!」


「えっ?!」


 いきなり何だ?


「あなた、どうしてペットボトルを選ぶの? そっちは果汁が全然入っていないじゃないの。缶は果汁一〇〇パーセントなんだから、そっちにしなさいよ」


 片羽美麗は、筋金入りのミカン好きらしい。


 僕は缶のオレンジジュースを買って、片羽美麗に差し出す。


 彼女は奪うようにそれを取って、早々に開けると一口飲んだ。そして微かに笑った。


 僕と片羽美麗のやり取りが大体終わったところで、傍観していた人見瞳が僕に言う。


「おいてめえはオレから話を聞くんだろ? 早く済ませちまおうぜ」


「じゃあ、喫煙所に来てください」


 喫煙所には多少なりとも、防音効果はあるだろう。


 僕と人見瞳は中に入り、向かい合う。


 それにしても、未成年二人(その内一人は八歳)が喫煙所に入っているというのは、端からみるとかなり異質なことだろう。


「おい! 兄さんよぉ」


 台に寄りかかりながら、相変わらずの口調で人見瞳は言う。


「てめえ、名前はなんて言うんだ?」


「リョースケだよ」


「ふぅん。特に変わった名前でもねぇな。コメントも特にない。――オレの名前は知ってるか?」


「人見、瞳でしょう?」


 本当に変わった名前だ。音が同じとは。


 僕がそう思っていると、人見瞳は呆れたような顔をして言った。


「おいおい、兄さんよぉ。さっきから聞いてりゃ、敬語ばっか使いやがって。――オレは敬語つーもんが大っっ嫌いなんだよ」


「じゃあ、敬語は使わないよ。人見さん」


「おいおい! 敬語を使わねぇが、名前は《苗字+さん》で呼ぶのかい? 大して変わらんじゃないかよ」


 何で音が同じなのに、苗字で呼んでるって解るんだよ。


「じゃあ、瞳ちゃん。こんな感じで話を進めてくけど、何の話があるとか、そういうことを知ってるかい?」


「知らねぇな」


 ということは、やはりさっき僕が二人に用があるというのを見抜いたのは、瞳ちゃんの観察眼ということにある。


 それにしても、透子(とうこ)ちゃんから聞いていないのか。


「透子ちゃんから聞いていないんですか?」


「知らねぇよ。第一《交渉人(ネゴシエーター)》とは関わらないようにしてんだ」


 ――どうしてだろう。透子ちゃんのことが嫌いなんだろうか。しかし、その確率はかなり低い。全ての人間の価値観を《共感》でき、それを元に人間関係を潤滑に進めているのだから。

 

「――まあ、理由があるとすりゃ、皆好(みなよし)透子は本物で、オレは偽物だからだよ」


「偽物?――どういう意味?」


「まず、《交渉人(ネゴシエーター)》――皆好透子の才能(スキル)は知ってるのか?」


 偽物の意味を訊いたのに、本物である透子ちゃんの話を始めた。まあ、偽物と本物なんて概念は比較の上で成り立っていると言っても間違いじゃないから、筋は通っているか。


「まあね、全ての人間性に《共感》する、だろ?」


 僕はそう答える。


「ああ。オレは《共感》というか、《同調(シンクロ)》だと思ってるけどな」


 ――《同調(シンクロ)》か。なるほど。


「皆好が《同調(シンクロ)》できるのに対し、オレは《理解》が限界だ。――さらに、皆好は完全に無意識でその《同調(シンクロ)》を行っているのに対し、オレは頭の中で理屈があって、そこと照らし合わせて判断してる。いわば意識的に行っているのさ」


「でも、本質は同じだろう?」


「本質は一緒だから、偽物とか本物って言葉を使うんだろうがよ。本質が違うなら、《別物》って言うんだよ」


「でもさ、君たち二人を比べたら、絶対に偽物である君の方が社会的地位は高いんじゃないか? 何せこの《異端の流れ場》で《学問の伍狂人》に数えられてるんだよ」


「ふん。そりゃオレが偽物だからだよ。とどのつまりなぁ」


 ――やはり、偽物だから。そう言う瞳ちゃんは諦めているようだった。


「そもそも、オレらの才能(スキル)は何のためにあると思う?」


 他人の人間性を《同調(シンクロ)》や《理解》する才能(スキル)――


 僕は少し考える。


「.............人間関係を円滑にするためかい?」


「はん! よく解ってんじゃねぇかよ。――そういう意味で考えると、皆好は本物さぁ。人間関係を円滑にするためだけに、才能(スキル)を使役してる。さらに無意識である以上、悪用もできない。考えたことないかい? 皆好が詐欺師だったら――とか」


 透子ちゃんが、詐欺師――それは最凶だろう。誰もが透子ちゃんに人間性を《同調(シンクロ)》され、その弱みを的確に突かれ騙されるだろう。


 しかし透子ちゃんは、そうではない。


「でもさ、自分と同じ価値観を持った人間ってのが目の前にいたら、気味悪くないかい? 鏡と会話してるようなもんだよ」


 僕が、僕と会話するようなものだ。――嫌すぎる。最終的に自己嫌悪で死んでしまうと思う。


「そりゃ、てめえらが実感してんじゃないのか? ――いや、実感できないんじゃないのか? その自己嫌悪とやらをさぁ」


 確かに、透子ちゃんと会話して、自己嫌悪を感じるようなことはなかった。


「相手に自己嫌悪なんて粘着質な感情抱かせたら、円滑でも何でもねぇぜ。そこは、目的――つまり人間関係を円滑にするために調整するんだよ。相手の人間性を把握して、何を言うと相手は不快に感じるのか、そんなことも皆好は無意識で行ってるのさぁ」


 透子ちゃん――すげぇな。


「つまりは、人間関係を円滑にするっていう目的のためだけに使役できるってことかい?」


「その通り。それ以上も以下もない。《交渉人(ネゴシエーター)》の役目だって、双方の人間関係を円滑にするためにやってるんだろ。――だからこそ、皆好は本物だ」


「じゃあ、君は何故偽物なんだい? ――《理解》するだけだから、だけではないんだろう?」


「ふん。オレは自分の才能(スキル)を利用して、今の地位にいる。そもそもの目的から違うことをしてる――だから偽物だ。――偽物は本物の前には立てねぇんだよ」


 人間関係を円滑にするという目的を目的どおりに完遂している本物の透子ちゃん。その目的を完遂せずに《人間学》の若き権威として今の地位にいる偽物の瞳ちゃん。――ということか。


 一応の理解はできた。


「ま、オレは皆好の才能(スキル)も、オレ自身の才能(スキル)も人間関係においては卑怯だと思ってるけどなぁ」


「何でだい?」


「だってよお、人間関係つーもんは時間をかけて、お互いに理解し合うもんだろう。一方的な理解や同調(シンクロ)はある意味罪だぜ」


 そんなことを思うとは、やはり《異端》であるが故の苦悩というやつなのだろうか。


「罪、か――」


「ああ。だって、お互いに愛を育んてから相手を押し倒すなら許されるけどよぉ、一方的に片方だけが理解したって言って押し倒したら、そんなんあっという間に犯罪だぜ」


「どんな例えだよ! つーか、なんかその例えまちがってないか?! 暴論だよっ!!」


 思わずツッコんでしまう。くそぉ、今回はツッコまなくていいと思っていたのに。


 ってか、リアル八歳児がなんてこと言ってんだよ。


「おいおい。オレは結構真面目に言ったのに、何漫才みたいなツッコミ入れてんだよ。オレがふざけてるみたいじゃねぇか」


「真面目なのかよ!」


 僕だって瞳ちゃんと漫才なんてしたくないよ。何となくシリアスな場面な感じがしたが、ぶち壊してしまった。


 ならば、話を戻させてもらおう。僕は元々、アリバイを調べるためにここに来たのだ。


 ――あれ?


 僕は記憶を反芻する。


 四式と会話した時は、アリバイ調べなどはできなかった。完全にあいつのペースにやられてしまった。


 しかし、科理さんと話した時はちゃんとした。僕は彼女と午前八時に会っており、さらに僕は死体を午前一〇時に発見しているので、アリバイ調べの範囲は《午前八時から午前一〇時》だったのだ。さらに言うなら、僕は科理さんに午前八時より前のアリバイがあるということを《ある根拠》を元に知っていた。だから時間を絞ることができた。


 ということは、つまり僕は和切(わぎり)八重子(やえこ)の死亡推定時刻を実際には――知らない。瞳ちゃんのアリバイを調べるべき時間を、知らない。


 ――これは、まずい。


 この状況で「あああぁぁ! 何を訊くんだか忘れちゃったぁ! えへへへ。ごめんねぇ、出直してきまぁす!!」なんて言ったら、待たせている美麗さんは当たり前に激昂するだろうし、ある程度寛大と見える瞳ちゃんだって、怒るだろう。


「おい、兄さんよぉ」


「は、はいぃぃ!!」


 まさか、バレた?!


 確かに挙動不審だったろうけど。


 あれ? 瞳ちゃんがこっちをじっ、と見てる。怒ってる?!


「あんたに用があるようだぜ。《交渉人(ネゴシエーター)》が来てる」


「え?」


 後ろを振り向くと、確かに喫煙所の外に透子ちゃんがいた。無邪気に手なんか振ってる。


 なるほど。瞳ちゃんは透子ちゃんに気をとられていたから、僕を観察する余裕がなかったのだろう。ナイス存在感だ、透子ちゃん。――やはり苦手なんだなぁ。


 子供のような一七歳の本物と、男勝りで大人びた八歳の偽物。――確かに相容れない。


「ごめん、ちょっと外すよ」


 僕はそう言って、喫煙所からでる。


「やあ、透子ちゃん。実にナイスタイミングだぜ」


「? よく解りませんが、ありがとうデス。――それにしても、リョースケさん! やっぱりロリコンじゃないデスカ?」


「何だよ藪から棒に。何でそう思うんだい?」


「八歳の人見さんを押し倒そうとして、冷静に諭されてしまったんでしょう?」


「そんなわけあるかぁ!!」


 変なところを聞かれてしまった。しかもいいように曲解されている。


 というか、幼女を襲おうとしてその幼女に諭される男って、情けなすぎる。


「大丈夫デス! わたしはロリコンを認めてるデスから。だって年齢差別のない愛デスヨ!」


「だから僕はロリコンじゃあないぃぃ!!」


 結局僕は、今回もツッコミ役らしい。


「で、何の用? 茶化しに来ただけじゃないんでしょう?」


 僕は仕切り直すように、透子ちゃんに訊く。


「あ、はいデス。実は《偏りきった鬼才(ワンサイド)》さんが和切八重子さんの死亡推定時刻を割り出しましたので、そのご報告デス」


「どうやって割り出したんだい?」


 解っているけど、一応訊いてみる。


「一応警察が動いているようだったので、そこにハッキングしたらしいデス」


「だろうね」


 そんな芸当、希代(きよ)なら朝飯前だろう。


「で、いつなんだった?」


「はいデス。死亡推定時刻は午前八時頃から午前九時頃の間だそうデス」


「へえ」


 思わず声を上げる。


 科理さんに訊いた時間帯は、はからずも死亡推定時刻とある程度合致していたのか。


「わかったよ。ありがとうな、透子ちゃん」


 おかげで、二人に怒られなくて済む。心の底から嬉しい。この気持ちに誇張は一切ない。


「どうしたしましてデス!」


「あ、そうだ。――透子ちゃんに頼みたいことがあるんだよね」


「何デスカ?」


四式(ししき)数斗(かずと)っているだろ。《学問の伍狂人》のさ」


「あ、はいデス。《数拝者(マッドナンバーマッドシーカー)》の四式さんデスネ」


「............あいつ、そういう通り名なんだ。――ま、それでよ、あいつのアリバイを訊いてきてくれないか? 僕が行った時は色々あって訊けなかったんだよ」


「お安い御用デス! じゃ、行って来るデスー!」


 透子ちゃんはそう言うなり、駆けて行ってしまった。


 さてと。


 僕は瞳ちゃんのところへ戻る。


「じゃあさ、本題に入らせてもらうよ」


「ふん。構わねぇぜ」


「《傀儡人形殺人事件(マーダーオブマリオネット)》、知ってるかい?」


 僕のその言葉に、つまらなそうに返答する瞳ちゃん。


「あー、知ってる知ってる。――オレが容疑者の一人で、これからてめえが皆好に聞いた死亡推定時刻を元にアリバイを訊いてくるのも知ってる知ってるー」


 ............バレているらしい。全く末恐ろしい八歳児だ。


「じゃあ訊くけど、今日の午前八時頃から午前九時頃の間、君は何をしてた?」


「オレは、昨日の午前一二時からついさっきまで意見交流会に参加してたぜ。証人はロクな意見も出さなかったヘボ研究者共だ。ったく、何であんな集まりをこんな時間にやるんだか............」


「ヘボ研究者ねぇ............。ま、教えてくれてありがとう」


「じゃあよ、オレからも質問させてくれや」


 瞳ちゃんが唐突に僕に言う。


「う、うん。いいけど」


 一体何を訊くんだろうか?


 すると瞳ちゃん、今までの表情を一変させて――それはまるで仮面を脱いだかのように――嫌悪感をだした表情になって、こう言った。


「てめえ、一体何者だ?」


「............は?」


 惚けてしまった僕に畳み掛けるように瞳ちゃんが続ける。


「オレには、てめえの人間性がこれっぽっちも《理解》できねぇんだよ」


 《才能(スキル)》を持つ、瞳ちゃんが僕を理解できないだって?


「どうしてだよ? だって君には《才能(スキル)》が――」


「オレだって、全ての人間の人間性を理解できる訳じゃあねぇ。せいぜい七〇パーセントってところだ。――皆好だって九五パーセント、一〇〇パーセントじゃあねぇんだよ」


 透子ちゃん改めてすげぇ。ほぼ一〇〇パーセントじゃんかよ。


 僕は当たり前な質問をする。


「だったら、僕はその三〇パーセントの中に入った、そういうことじゃないのかい?」


 少なくとも、瞳ちゃんには三〇パーセントの確率で他人の人間性を理解できないことがあるんだから。


 すると、瞳ちゃんはゆらゆらと首を振る。


「違ぇよ。全然違ぇ。オレその三〇パーセントの人間に対しての《才能(スキル)》は皆無。普通の人間と関わるのと大差ねぇ。――間違っても、その人間が何を考えているかを見透かすことなんてできねぇんだよ」


「――え? でも、君は............」


 自動販売機のところで、僕が二人に用があることを――見透かしたじゃないか。


「変だろ、それ。君は僕の考えを見透かしていたのに、僕の人間性は理解できないって言うのかい?」


 矛盾している。


 しかし、YESと答えられる筈のない矛盾した問いに瞳ちゃんは――


「そうだよ。だから気持ち悪ぃんだよ」


 と暴言を添えて肯定した。


 そして瞳ちゃんは続ける。


「普通、人間性を理解するとその人間の考えが解るもんだ。でもてめえは、簡単な読心術を使えば人間性を理解するまでもなく考えが解る。 逆に人間性を理解することが――全くできねぇ」


「だったら、逆に見透かした考えを元に――根拠にして、人間性を理解することはできないのかい?――例えばさ、常にお金のことばっかり考えている人がいたら、その人は守銭奴気質のある人間だろうな、と連想できるみたいに」


 僕がまた、当たり前の質問をすると今度は少し気に障ったようで軽く僕を睨み付ける。


 八歳に睨み付けられて怖じ()づく高校生がいたら、失笑ものだが、それが瞳ちゃんなら話は別。


「やるに決まってんだろ、それぐらい。――だけど、その方法によってでてくるてめえの人間性がバラバラなんだよ。全くよぉ、てめえをバラバラにしたいぐらいムカつくぜ」


「..................」


 笑えるほどうまくないし、殺人事件の捜査中には不謹慎過ぎる駄洒落だ。――もしかして、瞳ちゃんも僕のツッコミを待っているのだろうか。勘弁してほしい。


「とにかくよぉ。普通、同じ人間なんだから導き出される人間性は同じじゃなきゃあいけねぇ。つまりてめえは普通ブレることのない人間の根底の底辺の基礎の土台の、ピラミッドで言うところの一段目である重要な人間性が、揺らいでいて、落ち着いていない。――こんな状況、普通なら正常な精神でいられない。自分の価値観がコロコロ変わるんだぜ。――異常、いや............《異端》すぎるぜ」


「..................」


 《異端》、か。普通ではない、だから《異端》。


「もう一度訊くぜ。てめえは一体何者だ?」


 ああ。


 僕はまた。


 こう答えるしかない。


 僕は――


「僕は、自分自身が何より解らないんだよ」


 またこの台詞。


 もう嫌になってくる。


「だろうなぁ」


 瞳ちゃんは見透かしたように言う。


 瞳ちゃんは瞳ちゃんでしかないし、科理さんも科理さんでしかない。四式も四式でしかないし、透子ちゃんや(さい)さん、希代だって存在がブレることなんてない。


 ――だけど、僕は。


「まあ、気に障ったなら謝る。今までのはオレの妄言だと思って忘れてくれ」


「ねぇ!」


 僕は思わず、声をあげていた。


 このまま瞳ちゃんにやられっぱなしでは、かなわない。僕はそう思った。――少なくとも今は、そう思う価値観だった。


「なんだよ」


「君は何で《人間学》を(おさ)めたんだい?」


 人間関係で自身の才能(スキル)は卑怯だと言いながら、その才能(スキル)を使役し続ける瞳ちゃんは――矛盾しているように感じる。


 僕の問いに瞳ちゃんは少し驚いた風にして、苦々しい顔をして、言った。


「オレは、この才能(スキル)のせいで、人間の暗黒面(ダークサイド)を散々見てきた」


「だったら、何故君は――」


「――信じたかったんだよ。人間という存在をなぁ。まったく恥ずかしい限りだがよ」


「え?」


「権威を持てば、様々な人間と関われる。そうすれば、人間を信じるに値する根拠を見つけられると思ってたんだよ。まあ、その結果は散々だったぜ。――どいつもこいつも、皮の下に獣を隠してやがる」


 そう言って、瞳ちゃんはスタスタと喫煙者から出ていった。


 話は終わり、ということだろう。


 まあ、他に質問もなかったし、問題はない。


「............ふぅ」


 僕は息をつく。


 本当ならもう休みたいところだくど、もう一人いる。


 ――片羽美麗。


 彼女と話をしなければいけない。


 僕は喫煙所をでる。


「..................」


 ――凄い視線を感じる。


 休憩所の椅子には、オレンジジュースの缶を握りしめて、僕を呪うように、憎悪に満ちた視線を向けている一人の女性がいた。


 っていうか、片羽美麗その人だった。


「............遅い」


「す、すいませんでした」


「謝って許される問題かしらね、これ。今まで君たちが楽しいお話をしている間、私は独りでオレンジジュース一本で時間を消費してたのよ。これがどれだけの苦痛だったか。私は絵を描いていて、休憩としてここに来たの。だけど疲れたわ。待ち疲れよ。休憩になんてならなかったわ。どうしてくれるの? 休憩だって私にとっては良い絵を描く作業の一環なのよ。よくもその尊い時間を浪費させてくれたわね」


 冷徹にまくし立てて、美麗さんは立ち上がった。


「帰らせてもらうわ」


 その言葉を聞いて、僕は反射的に彼女を呼び止める。


「ま、待ってください!」


「何よ?」


「二、三質問に答えてくれるだけでいいんです。お願います」


「お願いされても嫌よ」


「なら、オレンジジュースを奢りますから」


「..................っ」


「え?」


「..................無理よ」


 今、迷ったよな? 迷いましたよね?


 オレンジジュースで意志がブレるのかよ。


「無理よ。帰りなさい。――いえ、私が帰るわ」


 ああ。


 もうめんどくさい。


「お願いできませんか?」


 こちらに責任があるのは事実だから、僕は頼み続けるしかない。――しかし、苛々する。


 僕の問いに、美麗さんは凄惨な笑みを浮かべて、言った。


「土下座して、床を()めて、オレンジジュースを一〇〇本奢ってくれたらいいわよ」


「..................」


「ほら早く、早く私にひれ伏して、汚い床を犬のように嘗めなさいよ」


 まあ、それで答えてくれるなら、別に良いか。


 僕は立ち上がる。


「あら、本当にするの? ふふ、無様ね」


 別に無様でも何でもない。僕は美麗さんのアリバイを確認するかのが目的だ。


 ならば、これは目的を達するための手段でしかない。――まあ、こんな言い訳をしてる心中は無様だろうが。


 膝をつけて、僕はこの上ないほど美しい土下座を披露する。


 えっと、あと床を嘗めればいいんだっけ?


「ふふふ、羞恥心に耐えながら土下座を敢行する君の姿は面白いけど、床を嘗めても、オレンジジュースを買ってきても、質問には答えないわよ。――つまり、さっきのは嘘」


「..................っ!!」


 ああ。


 ああ、何だろう?


 この感じ。――汚濁した心の底から沸々と沸き上がってくるこの感情は。


 ああ、解った。


 僕には珍しく、解った。


 ――これは、殺意だ。


 この女を殺したいっていう感情だ。


 コロシタイ。


 コロス。


 もう、感情に身を任せよう。


 僕は立ち上がる。


 その刹那――




『間違ってるよ。君は、間違ってる』




 ――頭の中で、声が響いた。


 希代の声――だった。


 殺意が――心の底に沈んでいく。


 確かに、間違っていた。


 僕の役目は、この女のアリバイを確認することだ。殺したりなんかしたら、話を聞けないじゃないか。


 昔、才さんに『お前は熱しやすくて、冷めやすい金属みてえな奴だな』と言われたことを思い出した。――反省しよう。


「............美麗さん」


「ふふ。何かしら?」


 そう言った後、美麗さんの顔が強張る。


 きっと僕は、凄い怖い顔でもしているだろうな。


「話ってのは、《傀儡人形殺人事件(マーダーオブマリオネット)》のことなんですよ」


「だから、私は君の話なんて聞かないって――」


「そうですか。なら、さっさと捕まってください。刑務所にオレンジジュースを差し入れてあげますから」


 美麗さんの顔が強張る。


「何を言っているのよ。それじゃまるで私が《傀儡人形殺人事件(マーダーオブマリオネット)》の犯人だと疑われているみたいじゃないの」


「だから、そうなんですって。事件を捜査している警察はそう考えているんですよ」


「あはは、下らないわね。何故私は疑われているのよ?」


「あなたが、画家だからですよ」

 

「は?」


「あなたはご存知のようですけど、この事件の死体は傀儡人形(マリオネット)のようにされていました。普通の人間は――あなたの言う凡人は、狂人の仕業だと思うんですよ。死体が芸術品のようにされていた。ならば犯人は狂気に駆られた芸術家なんじゃないか。そう思うんですよ」

 

「馬鹿じゃないの?! そんな飛躍した推理が、根拠のない推理で逮捕できるわけないじゃない! そんなの、真実な訳が――」


 慌て出す美麗さん。明らかに動揺している。


 僕は続ける。


「別に真実じゃなくていいんです。警察にとっては。狂人に理屈など存在しない、そんな言葉を並べますよ。彼らに必要なのは、真実じゃなくて、楽に理屈をつけられる手軽な着地点だけです」


「でも、私はアリバイだって訊かれてない! アリバイがあるのに、逮捕することは――」


「だったら、そのアリバイ証人を買収してしまえばいい。所詮、ここは《異端の流れ場》ですよ。警察は正確さなんかより、早急さを重視しますよ。《異端》で滅茶苦茶な事件は、滅茶苦茶な手順で解決するか、《異端》な人間が解決するしかないんですよ」


「だったらどうすればいいのよ?!」


 叫ぶ。――さっきまでの雰囲気は皆無。


「言ったじゃないですか。こんな事件を解決できるのは《異端》な人間だけですよ。――僕たちはこの事件を捜査しています。あなたの無実を証明できるかも――」


「いつよ?! いつのアリバイを教えればいいの?」


 必死の形相って、こういう顔を言うだろうな。


「今日の午前八時頃から九時頃までのアリバイですよ」


「その時間なら、神埜美(かみやみ)言羽(ことは)と話をしていたわ! あいつから絡んできたのよ。面倒だったけど付き合って正解だったわ。それに七時頃にもどこかの雑誌の記者から取材を受けてた」


「わかりました。まあ、七時の話はどうでもいいんですけどね」


「これで私の無実を証明してくれるんでしょう?」


「あ、そうそう。忘れてました」


「な、何よ?」

 



「今の話、嘘ですから」




「――は?」


 片羽美麗は惚けたような顔をする。


「だから、嘘ですよ。あなたが警察に疑われているってことも、無理矢理あなたを逮捕するってことも、全て嘘ですよ。警察は動いているようですが、容疑者の絞り混みもできていないと思います」


 全て、美麗さんからアリバイを聞き出すための嘘。大嘘。嘘八百。――さすがに警察の動きまで解るのは希代だけだろう。


 まあ、ここまで強引な嘘は久しぶりだったけど、勢いと真面目な口調が信憑性を付加させてくれたのだろう。淡々とまくし立てるのは、中々効果的らしい。


「まあ、聞きたいことは聞けましたし、僕らが捜査しているのは本当ですから。――じゃあ、もしかしたらまた会いに来ますよ」


 惚けたままの美麗さんに背を向ける。


 解ったこと。


 片羽美麗にはアリバイがあること。


 もう一つは、彼女のあの性格は表面上でしかないこと。


 さらに言うなら、僕はやっぱり嘘つきだ。


 さて、四人から話を聞いたことだし、希代の部屋に戻ろう。


 ――愛すべき希代の元へ帰ろう。


 あれ?


 これは嘘だろうか? 本心だろうか?

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