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ヤンデレ兄貴は始末に負えない

 やってきました文化祭。

 部誌の発行は百部。

 まあ弱小部活の刷りとしてはこんなものだろう。印刷室を利用させて貰ったので費用はほとんどかかっていないらしい。

 海哉学園文化祭は初日から結構な賑わいを見せている。

 外部の人間もかなり入ってくるので飲食系のエリアはほとんど肉づめ状態だ。

 そんな中、割と暇なエリアが文化部展示エリアだ。

 文芸部の部誌もこのエリアに置かせてもらっている。

 他にもマンガ研究部や、美術部などの展示がある。

 みんな暇そうにぼんやりと眺めてはうろうろしている。

 本気で感心している客はあまりいないようだ。

 まあ、アマチュア展示などこんなものだろう。

 ちょっとした息抜きスポットになってしまっている。

「ちょっと刷りすぎたかな~」

 文芸部誌の前で肩を竦める桜坂。

「いいんじゃない? どうせ無料配布なんだから百部くらいすぐに捌けるって」

「そうそう。タダなら持って帰ろうって人は結構いるしね」

 灯石兄弟が気楽に答える。

 まあその通りだ。

 タダで読めるものなら持って帰ってもいいだろうと考えるヤツは結構いる。

 こいつらの本はそれなりにレベルが高いからな。何だかんだで毎年ゼロになる。

 更に厄介なことに灯石達と八条はコミケでは結構人気のあるサークルらしく、外部の人間がその噂を聞きつけてわざわざ部誌をゲットしに来るらしい。物好きなことだ。

「藤咲ちゃんは今回結構頑張ったね。えらいぞ~」

 桜坂がよしよしと藤咲の頭を撫でてやる。

「いえ。まだ初心者なので先輩達には及びませんよ。次はもうちょっとレベルの高い作品に仕上がるよう頑張ります」

 おお。模範的な解答だ。さすが猫かぶりの天才。

「………………」

 考えていることがバレたのか、藤咲は俺を睨んでくる。

 ううむ。迂闊に考え事も出来ないのか俺は。

「八条先輩もありがとうございます。挿絵を描いてくださって」

「いいっていいって。文芸部員としては当然の仕事だしね」

 気楽に答えているが、八条の描いた挿絵の割合はやはりエロ本を秘蔵する兄よりもBL本を愛する妹の方が目立っていた。

 BL妹が巨人だとすればエロ本兄は小人的扱いだ。

 自分に正直すぎるのも色々どうかと思う。

「じゃあそろそろ解散しましょうか。無料配布だからここで陣取っている必要もないし。折角だからみんなで見て回りましょうよ」

「賛成」

「焼きそばチケット買ってあるよ。人数分」

「弟でかした! 私はアイスチケット人数分だよ!」

「部長最高!」

 文芸部の暗黙の了解。

 部員はそれぞれ人数分のチケットをそれぞれ用意すること。

 一人につき一種類ずつ。

 桜坂はアイス。

 灯石兄はケーキ。

 灯石弟は焼きそば。

 八条はクレープ。

 藤咲はうどん。

 これで少なくとも五種類は堪能できるわけだ。

「閑真センセーは?」

「俺はこれから仕事。みんなで回ってこい」

 そう言って俺はたこ焼きチケットを人数分渡してやった。

「閑真センセーごちになります!」

「へいへい。じゃあ楽しんでこいよ」

 みんな俺の分のチケットは一枚たりとも用意していない癖に俺がみんなのチケットを用意することは暗黙の了解みたいになってるなぁ。まあその程度をけちるつもりはないけど微妙に理不尽な気分になるのは仕方がない。

 俺はみんなと別れてから職員室へと向かう。

 生徒の自主運営をメインとする文化祭では教師の仕事はほとんどない。

 生徒の手に負えない事態が発生した場合には駆り出されるが、それ以外は基本的にのんびりして構わない。

だから俺ものんびりしていいのだが、だからといって生徒達と一緒に文化祭を回る気にはなれなかった。

 何故かって?

 そりゃあ疲れるからに決まっている。

 だってあいつらとだぞ?

 あの個性的過ぎる生徒達と半日も過ごしたら神経が参ってしまう。

 こんな日くらい職員室でのんびりしていても罰は当たるまい。

 まあ書類仕事がちょっとたまっているし、お茶でも飲みながら片づけていくのも悪くないだろう。

 そんな風に考えながら職員室へと向かっていると……

「………………」

「………………」

 嫌な人間に出会ってしまった。

 職員室まであと十メートルほど。

 五メートルほど先に立っているのが、

「瑠璃條一根……」

「………………」

 藤咲の兄、瑠璃條一根だった。

 そりゃあ藤咲の身内なんだから学園祭見物に来てもおかしくないだろうけど、何でよりにもよって俺の前に現れるかな。うぜえ。

 ううむ。ボディーガードは周りにいないようだし、ここはガン無視してしまおう。そうしよう。関わるととても面倒臭そうだ。

 というわけでスルー。

 ガン無視。

「待てコラ」

「………………」

 捕まった。

 すれ違い様に腕をガッチリと掴まれてしまう。

 不快になったのですぐに振り解く。

「何か用か?」

「お前、ここの教師だったのか?」

「お前に答える義理はないな」

「………………」

「用件がそれだけなら俺は行くぞ。お前に構っているほど暇じゃない」

 暇だけど。実際暇だけど。

 暇だとしてもこいつに時間を割いてやるほど俺はお人好しじゃない。

「一つだけ答えろ」

「………………」

 目上の人間に対する口の利き方がなっていないなぁ。

 他のヤツなら生意気だって思う程度だけどこいつが相手だと余計にムカつくぞ。

「お前、六花とはどういう関係だ?」

「教師と生徒。たまたま同じアパートに住んでいる隣人。そんなところだな」

「……本当にそれだけか?」

「何が言いたい?」

「本当にそれだけなら、六花があそこでお前を庇ったりするわけがないってことだ」

「………………」

「あれはオレのものだ。オレの為に生まれてきて、オレの為に子供を産む。だから他のヤツが手を出すのは許さない」

「……相変わらず不快なことを言うガキだな。藤咲はお前のものなんかじゃない。子供を産む義務があったとしても、生んでしまえばさっさと瑠璃條家とは縁を切ると言っていたぞ。当然だな。実の妹を性欲処理の道具としか考えていないようなヤツとはさっさとおさらばしたいに決まっている。藤咲がこの学園にやってきたのだってお前から逃げるためだ。ははは。大層な嫌われようじゃないか、ええ?」

「っ!」

 胸ぐらを掴まれる。

 頭に血が昇ったようだ。

 まあわざと挑発するような物言いをしたのだから当然だけど。

 こいつ一人ならどうってことない。

 俺はそのまま一根の腕を取って力ずくで引き剥がす。

「ぐっ!」

 かなり力を込めている所為だろう。一根が痛みで顔をしかめた。

「自分一人じゃ何も出来ない癖に態度だけは無駄にでかいな、クソガキ。いつものボディーガードはどうした? 怖いなら呼んでも構わないぞ。自分一人じゃ俺には敵いませんって大声で叫んでいるようなものだ」

「この……野郎……!」

 そのまま飛び掛かってきそうな一根を壁ぎわに叩きつける。

「ぐはっ!」

 かなり容赦なく叩きつけてやったので結構痛かったはずだ。ざまあみろ。

「精々ひとときの独占欲を満喫することだな。藤咲は絶対にお前のものにはならない。藤咲の人生は藤咲だけのものだ。いつかは自分が選んだ相手と一緒になる。お前はそれを止めることができない」

「……お前が……そうだって言うつもりか?」

「まさか。俺にも藤咲にもそんなつもりはない。ただあの子が自分で幸せになりたいって願うのなら出来るだけ手を貸してやりたいって思うだけだ。知らない仲じゃないからな」

「………………」

「藤咲に会いに来たんだろうが、今日はやめておけ。友達と楽しく文化祭を回っているところなんだ。妹の思い出作りをぶち壊す兄ほど最悪なものはないぞ」

「………………」

 俺は一根から手を離した。

「げ……」

 手を離して振り返ると、なんと藤咲が覗いていやがった。

「何でここに……?」

 桜坂達と楽しく飲食店巡りをしているはずじゃなかったのか。

「あの……桜坂先輩達が並んでいる間にちょっと心配になって……。一根の姿が見えたので、先生に何かするつもりなのかなって……」

「……ああ。大丈夫だ。もう話は終わった」

「なら、いいんですけど。怪我とかしてませんか?」

「してないしてない。ボディーガードがいないからな。あのガキ一人じゃ俺に危害を加えることは出来ないさ」

「……よかった」

 どうやら心配してくれたらしい。ちょっと嬉しい。

「ほら。もう戻ってやれ。桜坂達も心配してるだろうし。こいつの事はさっさと忘れて学園祭を楽しんでこい」

 ぽんぽんと藤咲の頭を撫でてやる。

「……はい。そうします」

 藤咲は少しだけ顔を綻ばせてから頷いた。そのまま踵を返す藤咲を見送ってから一根へと振り返る。

「と言うわけだ。邪魔してやるなよ」

「………………」

「……どうした?」

 一根は俯いたまま答えない。

 いや、こちらに聞こえないように何かを呟いている。

「なんだよ……あれは……」

「?」

「オレは……六花のあんな顔なんて知らない……」

「………………」

「あんな風に誰かを心配したり、笑ったりする六花なんて知らない……なんでだよ……あいつはオレのものだろう……なんでオレの前で、オレ以外の相手に……あんな顔するんだよ……」

 どうやら藤咲があんな風に笑うのを見たのは初めてのようだ。うわあ、勿体ない。こいつに見えないようにしていればよかった。

 藤咲って滅多に笑わないからな。俺だってあいつの笑顔を見られるのは珍しいくらいなのに。

「それだけお前が嫌いなんだろうよ。ざまあみろ」

「っ!」

 ちょっとムカつくので追い討ちをかけてみる。

「お前……許さない……」

「………………」

「絶対に……許さないぞ……」

「………………」

 ゆらりと立ち上がった一根は、そのままふらふらとした足取りでその場から立ち去った。

 ……何だかまた余計な厄介事を抱えてしまった気がする。

 近い内にまた何か仕掛けられるかもしれないなあ。

 などとぼやきながらヤンデレ兄貴の背中を眺めるのだった。


青春小説大賞に向けて公開スピードを速めました。

完結まで毎日連載です。

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