カミラちゃんの悪巧み その6
だが、そういう時に限ってありえないことが起こるものだ。
バトルエリアで時が止まったままとはいえ、眠っているカミラちゃんをそのままにしておくわけにもいかず、そっと抱きかかえて、保健室に向かった。動けるのは学校内のどこかで戦っている立松寺とリィたちと自分とカミラちゃんだけだ。途中、体育倉庫へ向かいつつある美国ちゃんとすれ違ったが、彼女もただの背景であった。
保健室のベッドにカミラちゃんを寝かせ(服を着せてだが…)、バトルエリアが解かれるのを待つ。保健室の先生は、次の時間授業だから、とりあえずカミラちゃんを寝かせておける。その後のことは落ち着いて考えればいい。
ほどなくして、バトルエリアが解けた。討伐が終わったのだろう。こんなに早く終わったということは、撃ち漏らすことなく完全勝利だったのだろう。俺は手を合わせてあのキモイケメンの吸血鬼のために合掌した。カミラちゃんは嘆き悲しむだろうが、危険人物が消えることは悪い流れではない。
ガラッ…
保健室のドアが開いた。
数学教師の山下が入ってきたではないか。
生徒、特に女生徒からは嫌われている中年の男だが、明らかに雰囲気が違っていた。苦しそうに肩で息をして、足取りもフラフラで扉に捕まってやっと立っている状態だ。
「山下先生、どうしたんですか?具合悪いんですか?」
俺はカミラちゃんの寝ているベッドのカーテンを慌てて閉めたが、山下先生はするどい眼光でそれを見つけた。
「カ…カミラじゃないか!」
山下先生の声ではない。あのドミトルの声だ。フラフラながらもベッドに駆け寄り、カミラちゃんの手を取った。首筋に輝く14の数字を見て俺の方を怒りの形相で振り返った。目が真っ赤で口をゆがめている。
「いや、その、これは事故で…」
「貴様、私の妹をてごめにするとは…なんということだ。魔界過激派の中でも格式の高いツエッペリ伯爵家の令嬢が魔王の側室になるなんて…なんという屈辱」
「いや、てごめにされたのはどちらかと言うと俺の方で…あの?聞いてます」
「魔王でも暴虐の魔王ならともかく、一番ヘタレのこいつとは…」
(ヘタレとは失礼な…)
「あのお兄さん」
「バカ者!誰がお兄さんか!」
ドミトル(の声の山下先生)はそう言ったが、そもそもこの吸血鬼は、夏妃をモノにすると言っているから、そうなったら一応、夏妃の双子の弟となっている俺は、やはりこいつのことを「お兄さん」と呼ぶことになる。(そんなことはゴメンだが)
遠くの方でリィの声が聞こえてくる。
「この体でなければ、貴様を八つ裂きにしてやるところだが、今は逃走中の身。いずれ、貴様とは戦場で決着をつけてやる」
そういうと山下先生の体を借りたドミトルはその場で倒れた。赤い煙のかたまりが発生し、消えると小さなコウモリがパタパタと現れ、窓から外に出て行った。
リィがドアを激しく開けた。
「魔王様!ここにドミトルに憑依した人間が来なかった?」
「ああ、それだろ」
俺は指を指した。そこには中年のオヤジがだらしなく倒れているだけであった。
「畜生…逃げられたか…だが、あのダメージではしばらく復活はできまい」
リィはドミトルが去った窓を開けてそう言った。
「なんだよ、リィ。楽勝のような話をして結局逃げられたのか」
「いや、とどめを刺したはずであったが、そこに人間が現れたのだ。バトルフィールドで動ける人間が。ドミトルの奴、砕かれた魂の小片が全滅する瞬間にその人間に入り込んだ」
「どうしてバトルフィールドで山下先生が動けるんだよ」
リィは先生のポケットから赤い宝石のついたイヤリングを取り出した。ペアのそれを指でつまんで宝石をカチンと合わせた。キーン…という音が響く。朝、カミラちゃんから没収したイヤリングだ。
「これは魔法増幅具だ。魔法をかける者の魔力を増幅させる効果がある」
「なるほどね。それのせいで先生はのこのこ戦場に出ていったというわけか」
「まさに完璧な布陣だった。さすがは天智の魔王様だ。このリィ・アスモデウス、感動した。あれほどの作戦は簡単には立てられないものだ」
「ふーん、作戦ね」
「それに激熱の魔王様のあの左拳の一撃…こう胸にビビビ…ってくるものがあってな」
左拳を突出し、解説をしているリィ。
「そして、とどめは冷酷無比の暴虐の魔王様。さしものドミトル伯も不死ではいられぬ」
腕組みをして納得しているリィ。急に俺は何だか、悲しくなった。
(4魔王とは言っても俺だけ、未だ戦闘力のない一般人男子。側室だけは他の魔王より集めているのだが、これでは立松寺に「種馬の魔王」と言われても仕方がない)
「何だ、どうしたのだ?夏」
「いや、何でもない」
「ははあ~ん…。」
リィがいたずらっぽく片目を閉じた。こういう時はお姉さん風を吹かすのがこの悪魔姉さんのパターンだ。
「もしかして、焼きもちを焼いているのかな?」
「ば、バカ言うな」
俺はそっぽを向く。カミラちゃんが気持ちよさそうに寝ているのが見える。だが、背中にポニュンとし
た気持ちよい感触を感じた。リィがそっと寄り添ったのだ。
「心配するな。力はなくともお前は私の大事な魔王様だ。この気持ちはお仕えしているファナもカミラも同じだと思うぞ」
(リィ…)
最近、この女悪魔にいろいろな意味で慰められている自分に気づいた。