1話
無造作に置かれたバックパック。
「……ルカ、それを持って…いきなさい。…ここは…もうダメ…だ……ここを出て…役目を…果たしなさい」
それっきりお父さんは動かなくなった。
バックパックを確認する。
中には水と食料が詰め込まれていた。
「────」
泣いてはいられない。
握りしめた拳から力を抜く。
僕はバックパックを背負い込むと壁に打ち込まれたコの字型のタラップに手を掛ける。
これまで大人たちに口酸っぱく言われていた『ここを出てはいけない』と。
外の世界の情報は、いつも変わらず同じ虚空を映すディスプレイでしか知らない。
もちろん不安はあったが、でもそれ以上に好奇心があった。
タラップを登り切った先の金属製の扉についたハンドルを回す。
扉が開く。
眩い日差しを全身に浴びる。
こうして僕は生まれて初めて地上に出た。
──ところで、僕の役目ってなんなんだろう?
喉が渇いた。
最後に水を飲んだのはいつだっけ。
足が重い…。
──こんな事なら外になんて出るんじゃなかった。
そんな弱音が頭をよぎったが、必死に押し込んだ。
そうしているうちに足は上がらなくなり、ついに柔らかい砂の上に倒れ込む。
──ここで死んじゃうのかな…。
そう思った時にはもう視界は霞み、周りを囲む砂の景色に不似合いな白い影が映る。
そこで僕は意識を手放した。
「み、水っ!!」
飛び起きると辺りは暗くなっていた。
身体には薄い布が掛けられ、側には焚き火が揺れていた。
「お、起きたね。少年」
焚き火の向こうから白い影がこちらに歩み寄ってくる。
「さあ、水だ。慌てず飲むんだぞ」
そう言ってコップを差し出してきたのは、白い毛並みに覆われた犬のような人だった。
僕はコップをひったくるように受け取ると、急いで飲み干した。
犬のお姉さんはそれを見て笑っていた。
「落ち着いた?じゃあ自己紹介しようか」
僕が息を整えたのを確認して犬のお姉さんは微笑んだ。
「私はライカ、見ての通り犬の獣人」
ライカと名乗ったお姉さんはそう言うと僕にも自己紹介するよう促す。
「ルカっていいます。助けてくれてありがとうございま…」
名前と感謝を伝えているとライカの後ろから何かが砂煙を上げながら近づいてきた。
「目ヲ覚マシタノデスネ、オ怪我ハ御座イマセンカ?異常ナ箇所ハ?ア、申シ遅レマシタ私…」
「クロエ、捲し立てすぎ。ビックリしちゃってる」
ライカはクロエと呼ばれたロボットを片手で止める。
「こいつが私の連れのクロエ。私も詳しいことはよく知らないけど、なんか地上の調査してる。私はそれに付き合って旅してる」
ライカはクロエに向き直る。
「ルカだって名前」
「ルカ様!!アア、何処カラ来タノデスカ?御家族ハ?ア、私クロエト申シマス。所デ何故地上ヘ?」
クロエがライカの手から逃れ、再び捲し立てる。
「ごめん、これも調査みたいなものだと思って。答えてくれれば落ち着くと思うから」
ライカはそう言いながら手を合わせ、悪戯そうにウインクをした。
僕は次々に押し寄せる情報の波に、開いた口が塞がらなかった。
ライカは放心している僕に
「ルカ〜戻ってこ〜い」
と言いながら頬を軽くペチペチと叩く。
──にくきゅうがやわらかい。
僕はハッとして我に返る。
ライカはクロエでは話が進まないから自分が間に入ることを伝えると、質問を始めた。
「先ずは…あ〜、どこから来たの?」
僕は辺りを見渡す。
「ここはどこ?ずっと真っ直ぐ歩いてきたんだけど…」
「あ〜、そりゃわかんないか。安全そうな場所まで運んだからね」
「大丈夫デス。倒レテイタ場所ト方向ハ記録シテイマス」
クロエはどこか誇らしげに胸を張っているように見えた。
「じゃあ取り敢えず明日行ってみようか」
「あ、はい」
その後も幾つか質問された。
僕は、セクター内は僕を残して全滅したこと、残った食料を持って初めて外へ出たことを話した。
ライカは険しい表情を浮かべ、クロエはなんかうるさかった。
「もう寝よっか。クロエ、警戒よろしく」
ライカはそう言うと寝袋に入った。
クロエは静かに少し高い所へ移動した。
僕も最初に掛けられていた布を被ると、直ぐ目を閉じた。
焚き火の音は徐々に遠くなっていった。




