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転生聖女とループ勇者


「ほんとうに、いいんだな?」


 勇者は尋ねた。


「ああ。あいつを取り戻すためなら、何だってやる」


 騎士はそう答えた。


「これは禁術だ。失敗する可能性もある。代償を払わされる可能性もある。俺たちに、何が降りかかるか、誰にもわからない……」


 魔術師は言った。


 足元には巨大な魔法陣があり、三人はその上に立っている。

 周りを囲んでいる燭台の不可思議な緑の火に照らされ、全員の顔色がひどく悪く見えた。


「フィリアが救ったこの素晴らしい世界は、僕にとっては無価値だった。フィリアがいないからだ。失ってから気づいた僕は、大馬鹿ものだ。だからやり直す手段があるのなら、どんな代償だって払おう」


 剣を抜き、勇者は言う。それは世界を救う使命を負った、勇者らしからぬ言葉だった。

 騎士は頷き、その言葉に同意する。


 同意は果たされた。魔術師は杖を高く掲げる。


「時の神、魂の女神へこの肉体を捧ぐ。我らの主観的世界を贄として、記憶と魂を黎明へと遡行させたまえ!」


 緑の炎が燃え上がり、蝋燭を溶かす。日の差さない地下室に、暴風が吹き上がる。魔法陣は青く、強く、光り輝き……部屋全体を眩い光で包み込んだ。



◇◇



 今日は私……フィリアにとって、とても重要な日だ。


「随分と、念入りに支度をするのね?」


 朝、鏡台の前に腰かけたまま、私はメイドのクロエにそう尋ねた。


 聖女の娘として、厳かな場に出席する時にしか身に着けない髪飾りをクロエが出してきたので、さすがにそう聞かざるを得なかった。


「お聞きになっていないのですか?」

「何を?」


「偉大なる勇者の息子、ユリウス・ウィンゼル様が、仲間探しのため、本日訪ねてくるとかで……」

「……はい?」


 私は転生者だ。幼少期、聖女の力に目覚めた時に、私は前世の記憶を思い出した。


 そうして、この世界が、ファンタジーRPG「アンサタンファンタジア」の世界であり、私が勇者の仲間の一人である、聖女フィリア・セラエンデル であることに気が付いた。


「アンサタンファンタジア」は、勇者に選ばれたユリウスが、父の仇である魔王を倒すため、危険な冒険の旅に出る……という王道のファンタジー物語だ。


 そんな王道でありながら、誰を仲間にして、誰と敵対するのか、どこでどういう選択をするのか、些細な行動の一つ一つが、世界や物語の結末へ様々な影響をもたらすという、執念すら感じる作り込みのおかげで大ヒットしたゲームだった。


 私もそんなゲームを、寝る間も惜しんでプレイした記憶がある。寝る間を惜しんだところで、ゲームのほんの一部ですら遊びきれていないというのが実際のところだ。


 だから私がこの世界に転生したのだと分かったその日から、私は聖女の祈りの習慣や、聖力の訓練、基礎体力の訓練を熱心にやってきた。

 なぜなら、この先、何が起こるかさっぱりわからなかったからだ。場合によっては、登場人物の一人として悲劇的に死ぬことだって、当然ありえる。


 しかし……今日、この日、勇者ユリウスが、私を訪ねてくるはずがない。


「そんなの、おかしいわ。だって、彼はまだ……勇者になってすらいないじゃない!」


 主人公ユリウスが王から正式に勇者に選ばれるのは、十七歳の時のはず。

 その時、同じく聖女になったフィリアはユリウスに初めて出会い、他の仲間とともに旅に出る。フィリアはいわゆる「初期メンバー」ってやつ。


 しかし、私がまだ十三歳なのだから、彼はまだ十五歳のはず。そもそも王城で初めて出会うはずなのに、屋敷まで訪ねてくるだなんておかしい。


 私は少なくともユリウス達と出会うまでは、ゲーム通りに進むと思っていた。それを念頭に計画を立ててきたのに。計画が全部狂ってしまう。


「事前に仲間を見繕って準備しておきたいのでしょうか……確かに、用心深いお方ですね」

「駄目! 今日は絶対会えないわ。今日だけは駄目なの」

「でも、そろそろ約束の時間ですよ?」


 馬の蹄の音が微かに聞こえて、私は立ち上がって窓の外を見た。馬車だ。もう、屋敷に到着しようとしている。


「急いでお出迎えに行きましょう、お嬢様!」

「そんなことしている暇ないわ!」

「ちょっ、お嬢様!?」


 私はクロエが進もうとするのとは正反対の方向へ、廊下を駆け出した。


 そのままユリウスが到着しているのとは屋敷を挟んで反対側の、裏庭の方へと駆けだした。


「リオン? リオーン! どこにいるの?」


 リオンというのは、可愛い弟の名前だ。大人しく、女の子と見まがわれることもあるほどの美少年だが、たまに突飛な行動をして周りを驚かせる。


 よく、裏庭で遊んでいるから、今朝もまだそこにいるはず。そう思っていたが、見当たらない。


「嘘でしょう? もう出て行ってしまったの?」


 私は裏庭を探し回ったが、やはり、どこにもいない。

 だとすれば……この小さな門を通った先の、林だ。絶対そうだ。


 林に行くことは私もリオンも禁止されていたが、リオンは時折内緒でそこから抜け出して、木の実を拾ったり虫を採ったりして遊んでいた。


「仕方ない。ああもう、急いでいたせいで、杖を持ってこれなかった。本当、何なのよ、ユリウスの奴!」

「……フィリア?」

「へっ……?」


 その時、後ろから声がかかった。

 恐る恐る振り向く。


 そこには、腰に剣を携えた、若い青年が立っていた。

 黒い艶のあるさらっとした髪。優し気な瞳を覗くと、どこか懐かしく、橙の日向でうとうと寝そべっているような、太陽に守られているような不思議な気持ちになる。

  でもそんな目の奥には隠しきれない強い意志がある。スリムに見える身体は、痩せているわけではなく、鍛えられて引き締まっている。

 

 鎧もない、勇者らしからぬラフなシャツ姿だが、見間違えるはずはない。


「ユリウス……」

「フィリア!」


 気づけば、抱きしめられていた。


 動きはゆっくりだったし、何となく、ユリウスが何をしようとしているかもわかっていた。それが社交上、ひどく非常識なことも。

 でもユリウスが、なぜか泣き出しそうな表情をしていたから、それに気を取られて、私は動くことができなかった。


「会いたかった……」


 ユリウスは耳元で掠れた声でそう囁き、私を強く、強く抱きしめた。


 意味が……わからない。


 やっぱりわからない。いろいろ可能性を考えてみたけど、私達は初対面だ。それなのにいきなりこんな風に抱きしめられる理由がない。


「放して、ください……!」


 呆気に取られてつい受け入れてしまったけど、私はようやく理性を取り戻した。ユリウスの胸板をぐっと押して、身体を遠ざける。

 ユリウスはすんなりと離れて、何事も無かったかのように、胸に手を当てて挨拶した。


「失礼いたしました。勇者アランドール・ウィンゼルが子、ユリウスと申します。聖女メサリーナの娘であるあなたに、ご挨拶をと思い、はせ参じました」


 やはり、間違いなくユリウスだ。しかし……なんというか……

 思ったより、完成されすぎている。もちろん、変な言い方だという自覚はあるけど。


 今のユリウスは私の記憶している姿より若いはずなのに、抱きしめられてみれば、背も高く、腕や体つきもしっかりしていた。

 もちろん勇者候補なのだから当然なのだが、ちょっとやそっと訓練したというよりは、既に冒険に出て、物語も中盤に差し掛かる頃……くらいの、成長した姿に思えた。


 ゲーム序盤のユリウスは、もっと若々しくて、やる気に満ち溢れているのにどこか危なっかしい感じだったはずだ。

 そう言う意味では、今のユリウスはなんというか、見た目も所作も、妙にしっかりしすぎている。


「それにしては、失礼ではありませんか。私は今、大事な……っ、リオン!」


 言いかけた時、遠くから、リオンの悲鳴が聞こえた。


 そうだ。私はこんなことをしている場合では無かったのに。

 だって今日は、私の十四の誕生日の前日……リオンが死んでしまう日なのだから。


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